
2月下旬から3月上旬にかけて、高額療養費制度の見直しをめぐる動きが大きなニュースとして報じられました。
事の経緯を整理しておくと、政府が高額療養費の自己負担上限額を今年8月から段階的に引き上げることを決めたのは昨年12月末。これに対して患者団体などは引き上げを見直すよう求めましたが、当初、政府は引き上げは予定通り行う姿勢を崩しませんでした。
事態が少しだけ動いたのは2月17日。石破茂首相は、長期の治療が必要な患者の負担を据え置く方向で修正する意向を表明。さらに同月28日には、来年8月の引き上げは予定通り行う一方、それ意向の引き上げについては患者らの意見を踏まえて再検討すると国会で述べました。
さらに事態が動いたのが3月7日です。首相はこの日、官邸で患者団体の代表者らと初めて面会。それまで頑として譲らなかった今年8月の引き上げを含め、全面的に引き上げを見送ることを決めました。
言うまでもなく、高額療養費制度は医療のセーフティネットとしてものすごく重要な制度です。その見直しは、今、病気と闘っている人だけでなく、この国に住むすべての人に影響します。重い病気にかかったり、大きなケガをしたりする可能性は誰にだってあるわけですから。
引き上げが全面的に見送られたのは良かったなと思う一方、患者らの反発をよそに引き上げを強行しようとした当初の姿勢やその後の迷走を振り返ると、手放しで喜べるものでもないでしょう。8月の引き上げを「物価上昇分だ」と言った首相の国会答弁もありました。一連の対応には筋が通っていないところも多く、モヤモヤした気持ちが残っています。
Introductionを大切にした丁寧な対応をしてほしい
私は1月のコラムで、中間年改定や創薬支援基金(当初は資金を製薬企業から強制的に徴収することが取り沙汰されていましたが、その後、任意の寄付という形になりました)を取り上げましたが、薬価のことも高額療養費のことも同じような問題だなと感じています。
1月のコラムでは「医療費の増大、そして社会保険料の負担増は大きな課題です。限られたお金をどこにどうやって使うのか、優先順位の議論をしなければなりません。透明性があり、論理的かつ合理的で、エビデンスに基づいた政策決定がますます重要になってくると思います」と書きました。
優先順位の議論は避けて通れませんし、それには前提となる課題認識やデータなど、議論の土台となるエビデンスが欠かせません。高額療養費制度の一件を眺めていて思うのは、その説明や開示が圧倒的に不足しいているということです。
昔の話になりますが、研究者をしていたころ、論文を書く時はIntroductionを個人的に大切にしていました。Introductionは、自分の研究テーマやその周辺の現状と課題を整理し、自分の仮説を書くところで、私にとっては自分自身の考えをしっかりと見直し、説明する大切な場所だったからです。
高額療養費制度のように命や生活に直結する重要な政策なら、なおさらIntroductionを大事にした丁寧な対応をしてほしいと思うのです。皆さんは今回の件、どう感じましたか?
※コラムの内容は個人の見解であり、所属企業を代表するものではありません。
黒坂宗久(くろさか・むねひさ)Ph.D.。アステラス製薬アドボカシー部所属。免疫学の分野で博士号を取得後、約10年間研究に従事(米国立がん研究所、産業技術総合研究所、国内製薬企業)した後、 Clarivate AnalyticsとEvaluateで約10年間、主に製薬企業に対して戦略策定や事業性評価に必要なビジネス分析(マーケット情報、売上予測、NPV、成功確率、開発コストなど)を提供。2023年6月から現職。SNSなどでも積極的に発信を行っている。 X:@munehisa_k note:https://note.com/kurosakalibrary |