
睡眠時無呼吸症候群に対する治療薬の開発が進展しています。米国では昨年、イーライリリーの「ゼップバウンド」が初の治療薬として承認を取得。日本勢にも動きがあり、塩野義製薬が米スタートアップと合弁会社を設立して臨床試験を進めているほか、杏林製薬は独バイエルから新薬候補を導入して開発に乗り出しました。
患者数は国内2200万人、世界9億3600万人とも
睡眠時無呼吸症候群(SAS)は、睡眠中に何度も呼吸が止まったり(無呼吸)、浅くなったり(低呼吸)する疾患です。熟睡できず日中に強い眠気を催して日常生活に支障をきたすほか、脳卒中や心筋梗塞、高血圧といった疾患や突然死のリスクを高めます。
SASには「閉塞性睡眠時無呼吸(OSA)」と「中枢性睡眠時無呼吸(CSA)」の2つの種類があります。OSAは肥満などによって睡眠中に上気道が閉塞することで起こり、CSAは呼吸を制御する脳の呼吸中枢の働きが低下することで起こります。頻度はOSAのほうが高く、2019年に医学誌Lancet Respir Medに発表された報告によると、国内のOSAの推定潜在患者数は中等症から重症に限っても900万人、軽症まで含めると2200万人。世界では軽症以上で9億3600万人、中等症から重症で4億2500万人の患者がいると推定されています。
OSAの診断基準は、睡眠1時間あたり10秒以上の無呼吸・低呼吸が5回以上ある場合。睡眠1時間あたりの無呼吸・低呼吸の回数は「無呼吸低呼吸指数(AHI)」という指標で表され、AHIが5以上15未満で軽症、15以上30未満が中等症、30以上が重症とされます。
OSAの代表的な治療はCPAP療法(持続陽圧呼吸療法)です。専用装置から鼻に装着したマスクを介して加圧した空気を送り続けることで睡眠中の気道の閉塞を防ぎます。CPAP療法を受ける患者は年々増加しており、国内では2022年に約73万人に達しました。ただ、不快感などから脱落するケースも少なくなく、より負担が小さく利便性の高い治療の開発が求められています。
塩野義は米社と合弁、杏林はバイエルから導入
そうした中、2024年12月、米FDA(食品医薬品局)は米イーライリリーのGIP/GLP-1受容体作動薬「ゼップバウンド」(一般名・チルゼパチド)を「肥満症のある成人の中等度から重度のOSA」の治療薬として承認。ゼップバウンドは米国で23年に肥満症治療薬として承認されており、米国初のOSA治療薬として2つ目の適応を取得しました。
OSAを対象に行った臨床第3相(P3)試験には、米国や日本など9カ国・地域から患者469人が参加。気道陽圧(PAP療法)を受けていない患者を対象とした「試験1」と、PAP療法を受けている患者を対象とした「試験2」の2本で構成され、それぞれ実薬とプラセボを比較して安全性と有効性を検討しました。
その結果、睡眠1時間あたりの無呼吸回数は試験1で25回(プラセボは5回)、試験2で29回(プラセボは6回)減少。試験1で42%(プラセボは16%)、試験2では50%(プラセボは14%)の患者が、投与1年後にOSAが寛解または軽度で無症状の状態となりました。体重減少効果は試験1で18%(プラセボは2%)、試験2で20%(プラセボは2%)でした。
ゼップバウンドは、日本では昨年12月に肥満症治療薬としての承認を取得。近く発売が予定されています。
塩野義 開発中止の化合物、併用に活路
塩野義製薬は23年、米創薬スタートアップのアプニメッドと睡眠障害に対する治療薬の研究開発を行う折半出資の合弁会社「シオノギ・アプニメッド・スリープサイエンス(SASS)」を設立。昨年10月に米国でOSAに対する経口治療薬のP2試験を開始しました。
SASSで開発を進めているのは、塩野義が創製したP2X3受容体阻害薬「S-600918」(sivopixant)と別のもう1つの薬剤の併用療法。25年度の第4四半期(26年1~3月)にP2試験結果(速報)が出る予定です。塩野義は3年ほど前に、睡眠時無呼吸症候群を対象としたS-600918単剤の開発を中止しており、他剤との併用に活路を見出します。アプニメドはこれとは別に、舌下神経運動核に作用して上気道拡張筋の信号を増幅させることで睡眠中の気道虚脱を抑制する経口薬「AD109」のP3試験を実施中です。
杏林製薬は昨年12月、独バイエルからOSA治療薬候補「BAY2925976」とのそのバックアップ化合物の全世界での独占的製造・開発・販売権を取得するライセンス契約を結びました。同薬はADRA2C(アルファ2Cアドレナリン受容体)拮抗薬。中枢性に上気道虚脱を軽減することで無呼吸・低呼吸を改善すると考えられており、バイエルがP1試験を終了しています。