アステラス製薬が約5年前から取り組むAI創薬が成果を上げ始めています。AIを使って創出した化合物が今年9月に臨床試験を開始。独自のAIプラットフォームとロボット技術を活用することで、通常2年かかるリード最適化を7カ月に短縮しました。今でこそ、低分子創薬に関わる同社のメディシナルケミストはほぼ全員AIを使っているといいますが、そこに至るまでには苦労もありました。研究担当の志鷹義嗣CScO(Chief Scientific Officer)らが同社のAI創薬の裏側を語ります。
通常2年の最適化を7カ月に短縮
アステラス製薬の志鷹義嗣CScOは、先月同社が開いたAI創薬に関するメディア向け説明会で、AIを使って創出したSTING阻害薬「ASP5502」が今年9月、臨床第1相(P1)試験に入ったことを明らかにしました。対象疾患は原発性シェーグレン症候群で、試験は米国で行われています。
ASP5502の創出は、茨城県つくば市の同社研究所での成果。AIとロボットを活用することで「自社平均で2年を要していた最適化を7カ月で完了した」(志鷹氏)と言います。製剤設計にも専用のAIを展開しており、短期間で臨床入りを果たしました。
「AI創薬の試みは他社でも行われているが、製薬企業がAIとロボットを活用する仕組みを開発し、創出した化合物が臨床段階まで進んだケースはまだ少ないだろう」。志鷹氏はこう強調します。
6万通りの化合物をデザインし、特性を予測
ASP5502創出の過程では、リード化合物取得から臨床入り化合物決定までのDMTAサイクル(DMTA=Design、Make、Test、Analyze)にAIを活用しました。独自に開発した「医薬品デザインAI」や「医薬品特性(ADMET)予測AI」が、研究者の指示を受けて約6万通りの化合物をデザインし、特性を予測。ランキング形式で表示された結果を研究者が吟味し、「研究者が思いつかなかった、かつ、これはと思う約20個の化合物を選択した」(志鷹氏)。
選ばれた約20個の化合物は、自動合成ロボットを使って合成し、検証を行いました。最終的に創出された化合物は、リード化合物と比べて薬理活性が約10倍に向上。ADMET特性も良好だったと言います。
化合物の合成だけでなく、Test(評価)工程にもロボットを導入している。高い正確性が求められる細胞アッセイの作業を再現できる「匠の腕」となる双腕ロボット「Maholo(まほろ)」と、薬効評価を従来比100~1000倍規模で実験できる「匠の眼」を持つロボットを活用。
志鷹氏は一連の流れを「人とAIの協働」と表現。豊富な知識とノウハウを持つメディシナルケミストをAIがサポートし、幅広い可能性を検討できたと話します。「社内のメドケムには、AIを使いながら化合物をデザインする作戦を立ててほしいと伝えている」とし、「今後、低分子化合物のプログラムでAIが関わっていないものはどんどん減っていく」と話しました。
「作っただけでは使ってもらえない」
アステラスがAI創薬を本格的にスタートしたのはおよそ5年前。バリューチェーン全体のDXの取り組みの1つとして進めてきており、創薬研究では疾患理解からターゲット探索、ヒット化合物同定、リード最適化、前臨床試験まで、すべてのプロセスにAIを組み込んでいます。
AIの利用促進を目指して2020年から構築してきたのが、研究者がウェブ上で利用できる統合プラットフォームです。これまで研究者が蓄積してきた実験データをもとに、「ADMET予測AI」「薬理活性予測AI」「オフターゲット予測AI」「化合物構造生成システム」などを独自に開発し、導入してきました。
しかし、プラットフォームを用意しただけでは利用は広がりませんでした。「最初はAIへの拒否反応や使い勝手の悪さがあり、利用されないことも多かった」と、志鷹氏は振り返ります。
アステラスの志鷹喜嗣CScO(左)と角山和久氏
そこで「研究者は自分が思いついたものを作りたいから、研究者が壁打ちに使えるような仕組みを構築した」(デジタルX リサーチX ヘッドの角山和久氏)ものの、「それでも使ってもらえなかった」(同氏)。研究者が経験や勘をもとに化合物をデザインすると、AIが数十秒でその化合物の特性を予測して回答する仕組みを構築しましたが、利用は進みませんでした。
利用が大きく広がるきっかけとなったのが、実験結果の一覧を自動でパワーポイントにまとめる仕組みです。「社内会議に必要で、すべての研究者が何度も行う作業。エクセルやデータベースからさまざまなデータを引っ張ってくる必要があり、時間がかかっていた。これを簡便にしたことで『便利なツールがあるらしい』とアクセスが増加した」と角山氏。同じプラットフォーム上にあるAIの機能にも関心が寄せられるようになり、それを機にAIの利用が進んだといいます。角山氏は「『使って良かった』とならなければ広まらない。AIを研究者の間に浸透させるところまでやっていて、加えてロボットも入れているのがアステラスの強み」と強調します。
標的タンパク質分解誘導薬などにも展開
創薬モダリティが多様化する中、アステラスは自社で扱う標的タンパク質分解誘導薬(TPD)、抗体、抗体薬物複合体(ADC)、遺伝子治療などへのAI創薬の展開を進めています。
たとえばTPDでは、▽複合体形成のシミュレーションAI▽TPDの3次元構造生成AI▽細胞膜透過能(物性)予測AI――を開発。3次元構造の予測では、拡散モデル(Diffusion model)と呼ばれる生成AIを活用しており、分子サイズの大きいTPDでも短時間での計算を可能にしました。これらのAIには、TPDのリードパイプラインである「ASP3082」や「ASP4396」(ともにKRAS D12G変異体標的のTPD)で蓄積したデータを活用しています。
AIスパコンへの投資も加速。同社は三井物産とNVIDIAが展開するスーパーコンピュータによる創薬AI支援サービス「Tokyo-1」を23年から利用しており、これまでに低分子の結合親和性予測や3次元構造予測、抗体AI学習などで計算速度が大幅に向上したといいます。志鷹氏は「創薬仮説生成AIなど、アステラス独自でのAI開発も可能になった」とし、活用をさらに進めて行く考え。このほか、海外拠点でもロボットの導入を進めており、拠点間でデジタルプロトコルを共有することでデータの均一化も図っていく方針です。
こうした取り組みに不可欠なのが人材です。アステラスは、業界外を含めてAIやロボット、実験の自動化に関する専門性を持つ人材の採用に力を入れるとともに、社内のデジタルリテラシー底上げに取り組んでいます。志鷹氏は「創薬と数学の両方に長けた人材は限られる。社内で創薬に強い人材を鍛えることも行うが、数学に強い人材の採用も進めている」と言い、「彼らに創薬を教える、あるいはバイオロジストや化学者とアジャイルなチームを組んで働くようになっていくだろう」と話しました。