小野薬品工業の免疫チェックポイント阻害薬(ICI)「オプジーボ」が日本で承認されて、7月で丸10年が経ちました。同薬を皮切りに国内では計8つのICIが相次いで登場し、20種類を超えるがんに適応を拡大。市場も大きく成長した一方、高額との批判から薬価制度に翻弄され続けた10年間でした。
世界初の抗PD-1抗体
「患者に新たな治療を提供でき、感謝の手紙をたくさんいただいた。一方で、何年にもわたって薬価を引き下げられ、身を切られるような思いのときもあった。アカデミアや競合他社との特許係争も経験した。良いことも苦労したことも両方あり、感慨深い10年という機会になった」
小野薬品の相良暁会長CEO(最高経営責任者)は7月下旬に開いたメディア向けのセミナーで、オプジーボの国内承認からの10年間をこう振り返りました。
オプジーボ承認10年の節目に開いたメディア向けセミナーに登壇した小野薬品工業の相良暁会長CEO
オプジーボが日本で承認を取得したのは2014年7月4日。同薬としては世界に先駆けての承認で、抗PD-1抗体としても「キイトルーダ」(米メルク)の米国承認より2カ月早く、世界初の承認となりました。「当時、オプジーボが日本で承認されるのと、キイトルーダが米国で承認されるのと、どちらが早いかという熾烈な競争をやっていた。厚生労働省も積極的に協力してくれて、『世界初の』という冠をつけることができた」と相良氏は話します。
8剤が相次ぎ承認
オプジーボの最初の承認は悪性黒色腫でしたが、その後、非小細胞肺がんや胃がんなど患者数の多いがんにも適応を拡大。現在は13のがん種を対象に承認を取得しており、小野薬品は国内で19万人が同薬による治療を受けたと推定しています。
オプジーボを皮切りに、国内ではこれまでに▽抗CTLA-4抗体「ヤーボイ」(ブリストル・マイヤーズスクイブ)▽キイトルーダ▽抗PD-L1抗体「テセントリク」(中外製薬)▽同「イミフィンジ」(アストラゼネカ)――など計8つのICIが承認。対象となるがん種もあわせて20以上に広がりました。
3製品が年間売上高1000億円超
製品数の増加や対象がん種の広がりとともに、ICIの市場も拡大しました。
IQVIAがまとめた2023年度の国内医療用医薬品売上高上位10製品には、1位にキイトルーダ(薬価ベース売上高1649億円)、2位にオプジーボ(1645億円)、5位にイミフィンジ(1207億円)と3つのICIがランクイン。これら3剤だけでこの年の国内抗がん剤市場(1兆9594億円)の23%を占めており、薬効別で最大の市場の中で一大市場を形成するに至っています。
小野薬品のメディア向けセミナーで講演した近畿大医学部内科学腫瘍内科部門の林秀敏主任教授は「ICIががん治療を大きく変えたのは間違いない。進行期の患者でも新たな希望が生まれた」と話しました。市場の拡大はそうした評価の表れでもありますが、一方で「高額だ」との批判がつきまとい、何度も薬価引き下げを強いられてきました。
薬価、発売時から80%以上下落
15年12月、オプジーボが非小細胞肺がんに適応拡大すると「1剤(の薬剤費)で国が滅びる」といった声があがるようになり、国会での議論に発展。17年2月には翌年の薬価改定を待たずに「緊急薬価改定」が行われ、オプジーボの薬価は半額に下げられました。その後も18年4月、18年11月、19年8月、21年8月と引き下げを受け、今年4月には市場拡大再算定のいわゆる「共連れルール」でまた引き下げ。同薬が共連れルールの適用を受けたのは21年に続いて2回目で、発売時と比べると薬価は82%も安くなりました。
ICIはさまざまながんに適応が広がるという特性上、共連れルールが適用されやすく、業界やICIを販売する企業は再三、改善を訴えてきました。24年度の薬価制度改革では、PD-1/PD-L1阻害薬など一部の薬剤を共連れルールの除外する見直しが行われましたが、適用は「24年度の最初の四半期再算定から」とされ、その前に共連れの対象となったオプジーボの薬価引き下げはそのまま実施されました。
「薬価引き下げには妥当とは思えないものもあった」と相良氏は振り返ります。ICIの登場は、イノベーションの評価と医療保険財政の両立という薬価制度の課題をあらためて浮き彫りにしました。
開発なお活発
がん治療の大きな柱となったICIですが、近畿大の林氏は「効くのは2割程度。完璧な薬ではなく、まだまだ改善の余地がある」と言います。手術、放射線治療、化学療法、分子標的薬とのさまざまな組み合わせが開発あるいはすでに承認されているほか、新たな免疫チェックポイント分子を標的とした薬剤の開発も進められています。
米ブリストル・マイヤーズスクイブは22年3月、米国でオプジーボと抗LAG-3抗体レラトリマブの配合剤「オプデュアラグ」の承認を取得。LAG-3は免疫チェックポイント分子の1種で、悪性黒色腫を対象に行われた臨床試験では、オプジーボ単剤療法と比べて無増悪生存期間を2倍以上に延長しました(オプデュアラグ群10.1カ月、オプジーボ群4.6カ月)。日本では同社と小野薬品が共同開発しており、悪性黒色腫と肝細胞がんを対象にP2試験が進行中です。
抗LAG-3抗体は米メルクなども開発。ほかにも、TIGITやTIM3といった免疫チェックポイントを標的とした薬剤を開発している企業もあり、二重特異性抗体で2つの異なる免疫チェックポイント分子を同時に狙うアプローチなども試みられています。PD-1/PD-L1やCTLA-4にも新たなプレイヤーが参入してきており、林氏は「(既存のICIが)効く患者は多いわけではないので、これからも開発が必要だし、新しい薬がどんどん開発されてくるだろう」と見通します。
迫る特許切れ
オプジーボの開発により、小野薬品の売上収益はこの10年で3.5倍に、営業利益は6倍に拡大しましたが、数年後には特許切れが迫っています。業績拡大を支えてきた屋台骨だけに打撃は避けられません。
そうした中、同社は6月、米デシフェラ・ファーマシューティカルズを約24億ドル(約3700億円)で買収。がん領域の製品とパイプラインを取り込んでオプジーボの売り上げ減を補うとともに、欧米での開発力・販売力を強化する狙いです。
小野薬品は「グローバルスペシャリティファーマ」を志向し、現在の中期経営計画(22~26年度)では「パイプライン強化とグローバル開発の加速」や「欧米自社販売の実現」などを成長戦略に掲げています。これまでも米国で自社創製のBTK阻害薬「ベレキシブル」の臨床試験を進めるなどしてきましたが、デシフェラ買収で取り組みを一段と加速させます。
オプジーボは小野薬品という会社のありようも大きく変えました。蓄えた体力でグローバル化を成し遂げることができるか。真価が問われるのはここからです。