指定難病のIgA腎症に対する新薬の開発が活発化しています。米国では2021年以降、2つの新薬が承認され、日本でも複数の新薬候補が臨床開発の最終段階に入っています。ほかの腎疾患や希少疾患への展開に対する期待もあり、IgA腎症治療薬を開発している企業をターゲットとしたM&Aも相次いでいます。
確立された治療法なく
IgA腎症は、血液中の異常なIgA(免疫グロブリンの一種)とそれに関連した免疫複合体が腎臓の糸球体(血液をろ過して尿をつくる組織)に沈着することで炎症が起き、蛋白尿や血尿が出る疾患です。発症や重症化の機序にはまだわかっていないことも多く、日本では指定難病に指定されています。
初期は無症状ですが、徐々に腎機能が低下し、進行すると高血圧を合併したり、腎不全に伴う症状が出てきたりします。成人の場合、発症から10年で15~20%、20年で40%弱が透析や移植が必要となる末期腎不全に至るとされ、IgA腎症を含む慢性糸球体腎炎は透析導入患者の原疾患で2番目に多くなっています。
IgA腎症は日本を含むアジア太平洋地域に多く、北米や欧米には比較的少ないと言われています。日本の場合、発症率は10万人あたり年間3.9~4.5人と推定されており、国内には約3万3000人の患者がいると推計されています。
IgA腎症の治療には▽レニン-アンジオテンシン系(RAS)阻害薬▽副腎皮質ステロイド▽口蓋扁桃摘出――などがありますが、確立された治療法はないのが現状で、大きなアンメットメディカルニーズが存在しています。
欧米で承認の2新薬、日本でもP3
こうした状況の中、米国では2021年12月、副腎皮質ステロイドの1つであるブデソニドの標的放出型カプセル剤「TARPEYO」がIgA腎症治療薬として迅速承認を取得。スウェーデンのカリディタス・セラピューティクスが開発したもので、小腸の回腸で有効成分を溶出させることで回腸からのIgA産生を抑制し、効果を発揮します。RAS阻害薬への上乗せを評価した臨床第3相(P3)試験では、同薬のみの治療と比較して腎機能の低下を50%抑制しており、この結果に基づいて23年12月に完全承認されました。
さらに23年2月には、米トラヴィア・セラピューティクスのエンドセリン・アンジオテンシン受容体拮抗薬「FILSPARI」(一般名・sparsentan)が迅速承認されました。IgA腎症の進行に重要な役割を果たす2つの経路を標的とした薬剤で、TARPEYOとは異なる非免疫療法です。ARBイルベサルタンと直接比較したP3試験結果で腎機能の低下を抑制し、今年3月に完全承認を申請しました。
日本では、TARPEYOの権利を持つヴィアトリス製薬が7月に国内P3試験を開始。FILSPARIは、トラヴィアから日本とアジアでの開発・商業化権を取得したレナリスファーマが国内P3試験の治験届提出を済ませており、年内の初回患者登録を予定しています。レナリスファーマは、海外企業から腎疾患治療薬候補を導入し、日本とアジアで開発する企業として23年に設立されました。
大塚製薬は、18年に買収した米ビステラ由来のAPRIL中和抗体sibeprenlimabのグローバルP3試験を実施中。APRILはB細胞の分化に関わる増殖誘導リガンドで、B細胞のIgA産生細胞へのクラススイッチ誘導に関与し、IgA腎症の病因で重要な役割を果たしていると考えられています。sibeprenlimabはこの作用を抑えることで異常なIgAの産生を抑制する薬剤。大塚は、▽4週1回投与の皮下注▽免疫を過度に抑制しない――といった点で有力な治療選択肢になると期待しており、ピーク時にグローバルで1000億円を超える売り上げを見込んでいます。
ノバルティス、買収でパイプライン強化
スイス・ノバルティスは昨年、米チヌーク・セラピューティクスを最大35億ドルで買収し、▽エンドセリン受容体A拮抗薬atrasentan▽抗APRIL抗体zigakibart――の2つのIgA腎症治療薬候補を獲得。もともと開発を進めていた補体D因子阻害薬イプタコパンを含めて3つの新薬候補をP3段階に揃え、一躍この分野の主役に躍り出ました。
atrasentanはP3試験で蛋白尿の有意な減少が示され、米国では年内の申請を予定。イプタコパンは発作性夜間ヘモグロビン尿症治療薬「ファビハルタ」としてすでに承認されており、適応拡大に向けた開発が進みます。両剤ともほかの希少腎疾患でも開発中で、ノバルティス注力する腎領域の拡大を狙います。
米バーテックス・ファーマシューティカルズは今年4月、B細胞活性化因子であるBAFFと増殖誘導リガンドAPRILのデュアル拮抗薬povetaciceptを開発する米アルパイン・イミューン・サイエンシズを49億ドルで買収すると発表。同薬は今年後半にIgA腎症を対象としたP3試験に入る予定で、バーテックスは他疾患への展開も期待しています。
旭化成も今年5月、TARPEYOを開発したカリディタスを118億デンマーククローナ(約1739億円)で買収すると発表しました。旭化成は米子会社で腎移植後に使う免疫抑制剤を販売しており、買収を通じて腎領域を強化。TARPEYOはピーク時に5億ドル超の売り上げが期待できるとしています。