従業員が持つ能力や知識を資本としてとらえ、企業価値を生み出す投資対象と位置付ける「人的資本」。2023年3月期から上場企業に有価証券報告書(有報)での開示が義務付けられ、製薬企業でも対応した動きが広がっています。12月期決算の製薬4社にとっては今年が有報での初の開示となり、女性の登用や男女間の賃金格差といった情報の記載が見られました。
中外、最重要課題に「次世代経営人材の確保」
12月期決算の4社は、大塚ホールディングス(HD)、中外製薬、協和キリン、鳥居薬品。それぞれ、人材育成の戦略、女性の活躍推進、多様性などに言及しており、財務情報だけでは読み取れない企業の価値が浮かび上がります。
中外は、人的資本の向上に向けた主な施策と目標について、23年の実績を開示。▽重要キーポジションに対する後継者候補の準備率(23年実績256%)▽高度専門人材の充足率(69%)▽マネジメントポジションへのチャレンジ率(33%)▽1人あたり人材開発投資額(25万6000円=中外単体)――などを明らかにしました。
中外は人的資本に関する最重要課題として、提携先であるスイス・ロシュとの関係を維持・発展させることができる次世代経営人材の確保を挙げています。大塚HDは「人的資本」という言葉は使っていないものの、「世界を舞台に戦略を実行できる人材が不可欠」などとし、グローバルリーダーの必要性に言及しました。
女性管理職比率 中外19.2%、協和キリン14.8%
人材の価値を最大限に引き出すことで中長期的な企業価値向上につなげる「人的資本経営」の重要な要素の1つが、女性の活躍推進です。その代表的な指標である「女性管理職比率」は、「男女間の賃金格差」や「男性の育児休業取得率」とともに、すでに女性活躍推進法に基づいて情報公開が求められていますが、人的資本に関する情報として有報でも開示が義務付けられました(一部例外あり)。4社の状況を見ると、女性管理職比率は中外が19.2%で最も高く、協和キリンが14.8%で続いています。
有報の記載を詳しく見てみると、中外は女性の活躍推進について「性別に関わらず当たり前にビジネス上の重要な意思決定に参画し活躍できる状態を目指し、30年末に女性マネジャー比率を社員比率と同水準とする」という目標を掲げています。同社は、経済産業省と東京証券取引所が女性活躍推進に優れた上場企業を選ぶ「なでしこ銘柄」に、制度創設から13年で7度選定されています。
協和キリンは優先課題として「21年度末で29%のグローバル女性リーダー比率を30年度末までに40%とする」とし、日本国内での女性管理職比率は「25年度末に18%以上」とする方針を示しています。
帝国データバンクが昨年7月に実施した調査によると、女性管理職の比率は全業種で9.8%と過去最高でしたが、いまだに1割に届かないのが現状です。中外や協和キリンは平均を大きく上回っていますが、政府の「女性版骨太の方針2023」がプライム市場に上場する企業に求めた「30年までに30%以上」とする目標とはまだ差があります。
女性役員比率については、4社がほぼ同じ割合です。中外と協和キリンはともに男性10人に対し女性4人で、その比率は28.6%。大塚HDは12人対5人で29.4%です。3社とも役員のうち2人は監査役。内閣府男女共同参画局の資料によると、女性役員数は12年から22年の10年間で5.8倍に増加しましたが、その比率は9.1%にとどまっています(22年7月末時点)。女性役員がいない企業(プライム市場上場)もまだ2割近くありますが、年々、減少傾向にあります。
男女の賃金格差は2割程度
男女間の賃金格差は、男性を100とした割合で70%台後半~80%となっています。事業会社で最も差が小さかったのは鳥居の80.1%でした。中外は78.7%ですが「基本的に処遇は男女同一であり、賃金差異は職務、等級、年齢構成の違いによるもの」と説明。職務等級制度によりポジションで賃金が決まる管理職に限れば93.8%に縮小し、部長職以上ではほぼ100%となっています。
協和キリンは75.3%となり、前年から0.5ポイント改善。格差については、賃金水準が異なる職群・等級ごとの人数分布が男女で異なることを理由に挙げています。大塚HDは92.3%で、子会社の大塚製薬は78.1%、大鵬薬品工業は75.0%でした。
近年、認識が高まってきた男性の育児休業は、企業によって取得率の算出方法が異なります。男性の家事・育児への参画を推進する協和キリンは105.9%としていますが、これは出生時育児休暇も含むとともに23年度以前の出産に対して取得するケースも含めているため。中外は育児休業法の規定に基づき87.6%と算出。取得日数は21.4日で、今後、男性の育児休職の長期取得に向けた目標を設定する方針です。鳥居も同じ基準で64.5%。大塚HDは100%ですが、大塚製薬は43.1%、大鵬薬品工業は52.9%とやや低い傾向にあります。
23年3月期を対象にした東京商工リサーチの調査によると、全業種の平均男性育休取得率は52.2%。業種別では、金融・保険業が82.7%と最高で、最も低いのは卸売業の42.1%となっています。
デジタル人材確保でも記述
デジタル人材の採用・育成も人的資本経営に欠かせない課題です。「デジタルビジョン2030」を掲げる協和キリンは「『データ循環型バリューチェーンの転換』を支えるデジタル人材の獲得・強化」をうたい、データサイエンティストの育成やデジタルリテラシー教育の底上げを実施していることを記載。中外は「データサイエンティストをはじめとするデジタル人財やサイエンス人財など戦略遂行上の要となる高度専門人財の獲得・育成・充足に注力」しているとしています。
労働人口減少に対応し、賃金を上昇させるには生産性の向上が必要です。しかし、日本の国民総生産(GDP)に対する人材育成投資額は、欧米に比べ大きく劣るのが現状。人的資本の充実は労働生産性と密接にかかわるため、従業員をコストではなく投資と捉える意識はより高まると見られています。