後発医薬品のさらなる使用促進に向け、厚生労働省が「2029年度末までに金額シェア65%」との新たな目標を打ち出しました。バイオシミラー(BS)の使用拡大が達成のカギを握りますが、後発品ほど普及は進んでいません。課題の1つとなっているのが安定供給。日本バイオシミラー協議会が3月18日に開いたフォーラムでは、行政・医療機関・産業の各セクターから関係者が集まり、供給上の課題を議論しました。
好んで海外に製造委託しているわけではない
BSは、後発品ほどではないにせよ、安定的な供給が確保できているとは言えない状況です。過去には関節リウマチ治療薬エタネルセプト(先行品名・エンブレル)、腎性貧血治療薬ダルベポエチン アルファ(ネスプ)、抗がん剤トラスツズマブ(ハーセプチン)などが旺盛な需要に対応しきれず出荷調整を経験。最近でも、富士製薬工業が昨年9月に承認を取得した乾癬治療薬ウステキヌマブ(ステラーラ)について同年11月の薬価収載を見送っています。海外提携先からの製剤輸入が間に合わないと判断したためです。
さらに今年1月には、第一三共がトラスツズマブの販売を中止すると発表。輸入元である米アムジェンの製造委託先が工場を閉鎖することになり、供給できなくなったことが理由としています。今月14日にも、持田製薬とニプロが販売する持続型G-CSF製剤ペグフィルグラスチム(ジーラスタ)が、想定を上回る需要に対応できないとして発売3カ月あまりで限定出荷に入りました。
国内製造 委託先の選択肢少なく
18日のフォーラムでは、司会役の川上純一・日本薬剤師会副会長が、供給不安が発生する要因として(1)需要予測が十分でない(2)海外サプライチェーンの寸断――を指摘。解決策の1つに国内製造の拡大を挙げ、これが実現すれば需要予測がより現実に近づき、サプライチェーン上のリスクも減らせるとの期待を示しました。
国内製造はかねてから、BSの安定供給に向けた最大の課題に位置付けられています。現在、国内で販売されているBSの多くが輸入品。オリジンは韓国や欧州の企業が中心で、世界の市場で販売されています。そのため、日本市場が相対的に縮小する中では供給の優先度を上げるのは難しく、想定外の需要が発生すると対応できない状況が続いています。
国内需要を満たせるだけの製造量を確保するには、CMO/CDMOの育成や体制強化が欠かせません。しかし、国内には数が少なく、製造を委託しようにも実績ある企業は多くありません。BSの開発を手掛けるキッズウェルバイオの坂部宗親生産本部長は「好んで海外の委託先を選んでいるわけではない」とし、国内に選択肢がないのが実情だと吐露。世界のバイオCMO/CDMO市場が2030年に1兆5000億円ほどに達すると言われる中、日本企業は立ち遅れが目立っており、そこには人材不足などさまざまな課題があります。
坂部氏は、CMO/CDMOだけでなく、開発を行うバイオベンチャーも考え方を変えなければならないと言います。「グローバルに展開していく中で日本にも供給するというスケール感がないと世界に追いつけない」とし、それには多大な資金が必要となることを認めた上で、研究開発だけでなく販売まで含めた事業規模の拡大を見据えるべきだと強調。1企業だけでは難しいため、共同での実施も視野に入れながら1つの産業として確立していくことが重要だとしました。
準備不十分な状態で発売しないで
供給不安のもう1つの要因として挙げられた需要予測の不確かさについては、亀田総合病院の舟越亮寛薬剤部長が「準備不十分な状態で販売しないでほしい」と企業側の姿勢を問題視。自社データの分析で疾患領域ごとの置き換え予測がある程度可能なのではないかと話しました。
川上氏も同様に、BSに切り替わりやすいかどうかは、疾患領域や医療環境で見通しが立つのではないかとの見方を示しました。抗がん剤や入院医療費が包括化されている中で使用される製品は浸透が早く、自己免疫疾患などデリケートな領域では先行品で経過が落ち着いていれば変更しにくいと例示。需要予測を立てる際には、こうした要素も取り入れるべきだとしました。
難しい需要予測
これに対し坂部氏は、「製造スケールは開発の途中で決まる」とし、需要の想定は販売開始のかなり前から行っていると説明します。開発途中の段階では、医療機関が実際にどの程度採用するかは未知数で、想定通りに切り替えが進むかも分かりません。結果として手堅く見積もることになり、需要が大きくなるとすべての注文に応じられず、販売できる医療機関が絞られることになります。
追加的に製造のスケールを上げようにも年単位の時間が必要になり、ただちに需要を満たすことはできません。低分子の後発品で行われている原薬のダブルソース化も、バイオ医薬品の場合は承認の取り直しが必要となるため、容易には踏み出せません。
そもそも日本でBS事業を展開するには、製造以外の面でも多くの課題に直面すると坂部氏は訴えます。経営に影響を与える要因としてまず挙げられるのが為替の変動。BSの開発には7~8年ほどかかりますが、昨今のように急激に円安が進むと大幅なコスト増を招きます。薬価改定もリスク要因で、キッズウェルバイオが13年に持田製薬を通じて発売したフィルグラスチムは、当時から薬価が3分の1ほどにまで下落しているといいます。デフレなら製造コストも抑えられますが、インフレの自体には採算的に厳しくなります。
AG、ビジネス上の困難に
市場競争では、バイオAG(オーソライズド・ジェネリック)の存在もあります。通常のBSでは太刀打ちできず、参入を躊躇させるなど「ビジネス上、困難を極める」(坂部氏)ことになります。
国内では、協和キリンが子会社を通じて19年8月に発売したダルベポエチンの例があり、同年10~12月期の売上高は先行品16億円に対してAG84億円と短期間で一気に置き換えが進みました。診療報酬が包括化されている透析医療で使われる製品であることも後押しとなりましたが、AGへの信頼感の高さを物語るケースでもありました。同薬にはその後、3社のBSが後追いで参入し、価格競争で一定の市場を奪いましたが、導入品でもありどこまで利益に貢献したかはわかりません。
まだ黎明期、強気の予測はしにくい
BSの普及には患者の不安を取り除くことも必要です。舟越氏は、偽薬で有害事象が現れるノセボ効果を例に「BSに切り替えた途端、不安による疾患への影響が出たことも報告されている」とのケースを紹介しました。川上氏は、患者が積極的に治療に参加できる環境をつくることが医療従事者として必要だとするとともに、製薬企業に対しても関連資材の提供などで後押しを要望。厚生労働省の販売情報提供活動ガイドラインが改訂され、科学的・客観的根拠があれば他社製品との比較情報が提供できるようになったこともプラスに働くとの見方を示しました。
厚労省医政局医薬産業振興・医療情報企画課の水谷忠由課長は、バイオシミラーの置かれた現状を俯瞰し、「ほとんどの製品を輸入に頼る中で、製造設備と人材の両方をどう確保するのか。BSは投資が巨額でリードタイムも長く時間がかかる。BSにすべて置き換えることが通常になれば、それを前提に需要予測ができるのかもしれないが、まだ黎明期の状態にある中では強気な予測はしにくい」と議論を総括。開発や製造に関わる企業は、国際展開を視野にバッファを持たせることが必要だと指摘しました。