12月に入り、2023年もいよいよ終わりが近づいてきました。今年もたくさんの新しい薬が世に送り出されたわけですが、今回は1年を振り返るという意味で、創薬研究に携わる私が「これは!」と感じた構造を持つ新薬を紹介したいと思います。
「今年の新薬といえば?」と聞かれて多くの人が思い浮かべるのは、アルツハイマー病治療薬「レカネマブ」かもしれません。ほかにも、今年承認された新薬には多くの抗体医薬が含まれますが、ケミストである私の興味の対象はやはり化学合成によってつくられる薬です。これから紹介する薬もそこに絞っていますし、特に薬剤の化学構造に重きを置いていることをご承知おきください。作用機序はあまり重視していません。
最新の薬に古くから知られているあの構造が
PMDA(医薬品医療機器総合機構)と米FDA(食品医薬品局)のウェブサイトをもとに日本と米国で今年承認された新薬の構造式をざっと見ていると、ふと感じたことがありました。まずは下の表をご覧ください。
成分も異なり、用途もさまざまなこれらの薬。しかし、化学構造式をじっくりながめてみると…なんだか共通点が見えてきますね。
どの化合物も、中心に3つの六角形と1つの五角形(omaveloxoloneは六角形が5つ)が連続した構造(縮環構造)を持っています。立体化学や置換基、酸化度、二重結合の位置は異なりますが、これら6つの構造はすべてステロイド類縁体と呼ばれる一連の化合物群です。ステロイドは人間の体内でもホルモンとして分泌され、成長や生体リズムのコントロールに作用しているものが数多く知られています。
類似した中心構造を持つ6つの化合物ですが、最初の表で示した通り、置換基や立体化学が異なることで人体に与える影響はさまざまです。わずかな違いでも作用が変わり、副作用や選択性の問題につながります。創薬研究者は、このようにほんのちょっとの違いに日々、頭を悩ませているのです。
ステロイドは古くから知られている構造です。恥ずかしい話ではありますが、これだけ多くのステロイド類縁体が最新の医薬品として登場していることに驚きました。古くからある構造にも、まだまだ有用な薬のタネが眠っているということを再認識させられました。
膨大な検討が想像できる複雑な分子
薬の分子をデザイン・合成するのは、主にメディシナルケミストや計算化学者の仕事ですが、「これは膨大な量の検討を行ったのだろうな」と容易に想像できる構造がありました。8月に日本で承認された年2回投与の多剤耐性HIV-1感染症治療薬「シュンレンカ」(成分名・レナカパビルナトリウム)です。
一般的に、薬の分子の構造は、構成するパーツが少ないほど検討すべき試験や合成すべき類似検体が少なくなります。これは「ここに特別なパーツを入れても薬効に良い影響がない」と判断された結果を反映していることが多いからで、言い換えると「その部分の構造は深く検討しなくてもいい」ということと同じだからです。
その前提に立って、シュンレンカの有効成分であるレナカパビルナトリウムの構造式を見てみましょう。
この分子にたどり着くまで、一体どれだけの検討を行ったのでしょうか?構成するパーツが多く、そのためかなり大きな分子になっています。似たようなパーツとの比較検討をするとなると、それぞれの部位で山のような組み合わせ検討が必要になりそうで、膨大な検討と考察、それに基づく議論があったと容易に想像できます。
そして、この化合物を担当したケミストの方々には聞きたいことがたくさんあります。詳しくは書きませんが、「なぜあそこにあの置換基入を?!」「◯◯の問題はないんですか?もしかしてわざとやってます??」みたいなハラハラドキドキがてんこ盛りの分子です。
学会で発表があったらさぞかし盛り上がるだろうなという、ネタ満載の構造でした。
まるで試薬?
大きな分子でテンションが上りすぎましたので、次は非常にシンプルな分子をご紹介しましょう。米国で5月に承認されたドライアイ治療薬「Miebo」です。成分名はperfluorhexyloctaneで、ケミストなら構造式がすぐ思い浮かぶかもしれません。
これまで見てきた化合物の化学構造とは異なり、環構造はおろか、窒素原子や酸素原子すらありません。そのかわり、大量に導入されたフッ素に目が行きます。この構造式を見て「試薬じゃん…」と感じたので私だけではないでしょう。
この薬は、涙の蒸発を防ぐことでドライアイに効果を発揮すると考えられていますが、作用機序は「不明」とされています。ここまで全体に占めるフッ素の割合が高いものを、よくわからないけれどなんだか効く、という状況で使用していることが面白いですね。
非常に単純な化学構造であり、それゆえに人体の奥深さを感じさせてくれる薬でした。
番外編:今年論文発表された経口投与可能なペプチド
ここまで、今年承認された新薬を構造式を交えながら紹介してきましたが、最後に1つ番外編です。今年、hit化合物から臨床候補化合物までの合成検討に関する論文が発表された抗がん剤「LUNA18」です。この化合物は現在、臨床試験を行っており、まだ承認はされていません。
ここまで大きな分子を緻密に構造最適化したことも驚きですが、この巨大な分子がマウス、ラット、イヌ、サルを使った試験で経口投与され、高いバイオアベイラビリティ(21~47%)を示したことが報告されています。この化合物は環状ペプチドであり、発現のためのmRNAライブラリ基盤、計算化学、構造生物学といった基盤となる技術の緻密な連携とともに、メディシナルケミストの合成力、正確にアッセイできる評価メンバーの安定性、プロセスケミストの技術力を感じます。あっぱれです。
創薬化学の進歩から目が離せない
今年承認された新薬の構造式とにらめっこしながら原稿を書きましたが、非常に勉強になりました。今回はあまり触れることができませんでしたが、最近の新薬の中には、ケミストが合成したものでも低分子の枠を外れるような、いわゆる「bRO5(beyond Rule of five)」の化合物が目立つようになってきているように感じます。10年前には考えられなかったような大きな分子がどんどん新薬になっています。それは、1つの分子に複数の機能を持たせることを意識しているかのようです。
ケミストによって化学合成される分子がまだまだ可能性を持つことを感じることができ、私も元気をもらいました。これからも創薬化学の進歩から目が離せません。
ノブ。国内某製薬企業の化学者。日々、創薬研究に取り組む傍らで、研究を効率化するための仕組みづくりにも奔走。Twitterやブログで研究者の生き方について考える活動を展開。 Twitter:@chemordie ブログ:http://chemdie.net/ |