(写真はいずれもロイター)
製薬業界で、大型のM&Aが再び活発化しています。コロナ禍では先行きの不透明感からM&Aを控える動きもありましたが、昨年12月以降、アムジェン、ファイザー、メルク(いずれも米国)が100億ドルを超える買収を発表。今年はすでに日本円で1兆円を超える買収が3件発表されています。
ファイザー、メルク、バイオジェンが1兆円超の買収
米バイオジェンは7月28日、神経疾患に対する治療薬を手掛ける米リアタ・ファーマシューティカルズを73億ドル(約1兆円)で買収すると発表しました。リアタが今年2月に米国で承認を取得したフリードライヒ運動失調症(希少な遺伝性神経疾患)の治療薬「SKYCLARYS」を取り込み、得意とする神経疾患と希少疾患の分野で製品ラインアップを強化する狙いです。
バイオジェンのクリストファー・ヴィーバッハーCEO(最高経営責任者)は「希少疾患の製品開発と商業化に関する広範な専門知識により、SKYCLARYSを世界中の患者に提供することができる」と強調。処方元の重複が想定される脊髄性筋萎縮症治療薬「スピンラザ」や筋萎縮性側索硬化症治療薬「QALSODYTM」との相乗効果が期待できるとしています。
バイオジェンは7月25日に1000人規模の人員削減を発表したばかり。売上高の半分を多発性硬化症治療薬に依存しており、新たな収益源の確保が課題となっていました。SKYCLARYSはブロックバスター化が見込まれています。
リリーは3件で1兆円超
バイオジェンによるリアタ買収は、製薬業界で今年3件目の1兆円超のM&Aとなります。3月には米ファイザーが同シージェンを430億ドルで買収すると発表。4月には同メルクが同プロメテウス・バイオサイエンシズを108億ドルで買収すると発表しました。
ファイザーが買収するシージェンは、がん領域で近年、新薬の投入が相次いでいる抗体薬物複合体(ADC)の開発に強みを持つ企業。メルクが買収するプロメテウスは、潰瘍性大腸炎などの自己免疫疾患に対する治療薬を開発しており、ロバート・デービスCEOは「買収はメルクのポートフォリオに多様性をもたらし、今後10年間にわたって成長を推進する持続可能なイノベーションエンジンを強化する上で重要な構成要素となる」とコメントしています。
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米イーライリリーは6月から7月にかけて3件のM&Aを相次いで発表。買収額は3件あわせて約78億ドルに上ります。3社はそれぞれ、自己免疫疾患、糖尿病。心血管・代謝疾患に対する治療薬の研究開発を手掛けており、リリーは買収を通じて注力領域を強化する狙いです。
日本勢にも動き
日本勢にも動きがあります。
武田薬品工業は今年2月、自己免疫疾患治療薬のTYK2阻害薬を開発する米ニンバス・ラクシュミを40億ドルで買収。獲得したTYK2阻害薬「TAK-279」は乾癬と乾癬性関節炎を対象に後期臨床第2相(P2b)試験の段階にあり、乾癬では2023年度中にP3試験を始める予定。全身性エリテマトーデスや炎症性腸疾患などほかの免疫介在性疾患での開発も視野に入れています。
アステラス製薬も7月、同社にとって過去最高となる59億ドルを投じた米アイベリック・バイオの買収を完了。アイベリックは地図上萎縮を伴う加齢黄斑変性を対象とした核酸医薬Avacincaptad Pegolを開発しており、同薬は今月19日に米FDA(食品医薬品局)による審査終了目標日を控えています。アステラスは発売間近の大型薬候補を手に入れることで27年に迫る抗がん剤「イクスタンジ」の特許切れによる売り上げ減少を補うとともに、力を入れる眼科領域の研究開発の強化につなげます。
そーせい、開発・販売機能取り込み
同じ7月には、バイオベンチャーのそーせいグループがスイス・イドルシアの日本・APAC(中国除くアジア太平洋地域)事業を650億円で買収したと発表。開発・販売機能を取り込むなどして製薬企業への進化を図ります。塩野義製薬も同月、薬剤耐性菌に対する抗菌薬の開発を手掛ける米キューペックス・バイオファーマの買収を完了しました。
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特許切れや新技術への対応を迫られる製薬企業にとって、M&Aは有望な新薬候補や技術を手に入れるための基本的な戦略であり、コロナ前は事業領域や規模の拡大を狙ったものも含めて数兆円規模の巨額買収が相次いでいました。そうした動きはコロナ禍で一時低調となっていましたが、経済活動が正常化し、再び積極姿勢に転じた形です。最近、M&Aに動いている欧米製薬企業には新型コロナワクチン・治療薬を手掛ける企業も多く、そこで上げた収益を将来の成長に向けた投資に回している側面もあります。