2024年度の薬価制度改革に向けた議論がスタートしました。「ドラッグ・ラグ」「ドラッグ・ロス」が顕在化し、後発医薬品を中心に供給不安が長期化する中、製薬業界は次期薬価制度改革で何を求めているのか。主張をまとめました。
INDEX
直面する2つの課題
中央社会保険医療協議会(中医協)の薬価専門部会は7月5日、2024年4月に行われる次期薬価制度改革に向け、製薬業界団体から意見を聞きました。会合は予定の1時間半を50分ほどオーバーし、業界側の主張に対して活発な質疑応答が行われました。
24年度の薬価制度改革では、足元で顕在化する2つの課題に対して、薬価制度の面からどのような対応を行うかが大きなテーマとなります。課題の1つは「ドラッグ・ラグ」「ドラッグ・ロス」で、もう1つは後発医薬品を中心に長期化する医薬品の供給不安です。
日本製薬工業協会(製薬協)のシンクタンク、医薬産業研究所の調査によると、欧米で承認された新薬に占める国内未承認薬の割合は、2016年までの5年間が56%だったのに対し、2020年までの5年間では72%まで上昇。20年までの5年間に欧米では243品目の新薬が承認されましたが、このうち176品目が日本で承認されていません。
6月に閣議決定された今年の骨太の方針(経済財政運営と改革の基本方針)では、「保険収載時をはじめとするイノベーションの適切な評価などさらなる薬価上の措置」を行うことが明記され、業界側では制度改善への期待が高まっています。同月公表された厚生労働省の「医薬品の迅速・安定供給実現に向けた総合対策に関する有識者検討会」の報告書にも、
▽新規モダリティや革新的医薬品の新たな評価方法の検討
▽医療上特に必要な革新的医薬品の迅速な導入に向けた新たなインセンティブの検討
▽医療上特に必要な革新的医薬品の薬価を特許期間中維持する仕組みの強化の検討
――などが盛り込まれました。
一方、医薬品の安定供給をめぐっては、一部メーカーの不祥事に端を発した供給不安が長期化しています。日本製薬団体連合会(日薬連)の調査によると、昨年8月時点で全医薬品の28.2%にあたる4234品目が出荷停止・限定出荷となっており、21年8月の3143品目(全体の20.4%)から増加。出荷停止・限定出荷の約9割は後発医薬品です。
後発品の供給不安は、小規模なメーカーが多く、少量多品目生産で効率が悪いといった産業構造によるところが大きいものの、薬価の低さも1つの要因です。日本ジェネリック製薬協会によると後発品の半数以上で薬価に対する原価率が60%を超えており、80%を超える品目も3割あります。
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製薬協、2つの新制度を提案
これら2つの大きな課題を、薬価制度の面からどう改善していくのか。5日の中医協薬価専門部会で製薬業界は、革新的新薬を評価する新たな制度を提案するともに、薬価を下支えする仕組みを強化するよう求めました。
製薬協は、革新的な医薬品を国内に迅速に導入した場合の評価として「迅速導入評価制度」を、現在の新薬創出・適応外薬解消等促進加算にかわって薬価を維持する仕組みとして「患者アクセス促進・薬価維持制度」を提案。製薬協の上野裕明会長は、ドラッグ・ラグ/ロスの背景には薬事制度と薬価制度の問題があるとし、薬価制度上の問題を解決するには「2つの仕組みをセットで取り入れる必要がある」と指摘しました。
迅速導入評価制度の対象は、医療上特に必要とされる革新的医薬品を欧米での発売から一定期間内に日本で発売する場合などを想定。臨床的位置付けなども踏まえて柔軟に類似薬を選べるようにし、類似薬の外国価格の水準に劣らない価格を設定するとしています。欧州製薬団体連合会(EFPIA)も同様の制度の創設を要望しました。
もう1つの患者アクセス促進・薬価維持制度は、革新的新薬を市場実勢価格による改定の対象から除外することで薬価を維持する仕組み。現在の新薬創出加算には、企業の新薬開発への取り組みなどに応じて加算を減らすルールがあり、22年度薬価改定で同加算を受けた571品目のうち221品目(38.7%)で薬価が維持されませんでした。患者アクセス促進・薬価維持制度は、対象品目を実勢価改定から外すことで「シンプルに薬価を維持する」制度。製薬協とともにヒアリングに参加した米国研究製薬工業協会(PhRMA)やEFPIAも、特許期間中の新薬の薬価を維持するルールの導入を求めました。
日米欧の3団体はこのほか、有用性系加算の改善や市場拡大再算定の「共連れ」ルールの廃止などを要望。有用性系加算の改善では、製薬協が類似薬との間接比較を可能にするよう求めたほか、PhRMAは審査報告書に記載されていないデータも加算の評価対象に加えるべきだと主張しました。
業界の主張に委員らは
医薬品の安定供給に向けては、日本製薬団体連合会(日薬連)と日本ジェネリック製薬協会(GE薬協)が「基礎的医薬品」「不採算品再算定」「最低薬価」といった薬価を下支えする仕組みの充実を要望。日薬連は基礎的医薬品の対象拡大と不採算品再算定の柔軟な適用を求め、GE薬協は価格帯の集約について「適正な実勢価が適切に個別銘柄ごとに反映される制度にすべき」と訴えました。
こうした業界の主張を、薬価専門部会の委員らはどう受け止めたのか。骨太方針の記載や有識者検討会の報告書で追い風が吹いているとはいえ、意見陳述後の質疑応答はこの先の厳しい議論を予感させるものでした。
支払い側の松本真人委員(健康保険組合連合会理事)は「医療保険財政は今でも大変厳しいが、生産年齢人口の減少によって今後ますます厳しくなるということを議論の前提としてしっかり再認識していただきたい」とクギを刺し、市場拡大再算定の共連れルールの廃止について「再算定そのものの引き下げ幅、対象範囲の拡大とセットで議論すべき」と指摘。診療側の長島公之委員(日本医師会常任理事)は「ドラッグ・ラグ、ドラッグ・ロスがなぜ起こっているのか、どうすれば解決するのか、十分な分析がなされていない」とし、データに基づく議論を求めました。
安定供給をめぐっては、長島委員が「薬価の下支えを要望しているが、薬価が下がるのは安売りしているのも原因」と指摘。「安定供給は当たり前で、何か評価するものでもない」(森昌平委員=日本薬剤師会副会長)など厳しい意見も出ました。
薬価専門部会では今後、業界からの意見も踏まえて9月ごろにかけて課題の整理を行い、10月以降、再び業界ヒアリングを挟んで具体的な制度改革の検討が進む見通しです。改革の骨子がまとまる12月末まで、業界の将来を左右する議論が続きます。