(写真:ロイター)
[ニューヨーク ロイター]米メルクは6月6日、米国の「インフレ抑制法(IRA)」に盛り込まれた公的医療保険「メディケア」よる医薬品の価格交渉の中止を求めて米国政府を提訴した。同社は、価格交渉は合衆国憲法に違反すると主張している。
製薬業界は、価格交渉によって利益が失われ、画期的新薬の開発から手を引かざるを得なくなると訴えている。製薬企業がIRAに異議を申し立てるのは今回が初めてだ。
米国人は、ほかのどの国よりも処方箋医薬品に多くの費用を支払っている。バイデン政権による薬価制度改革は、65歳以上を対象とした公的医療保険メディケアに製薬会社との価格交渉を行う権限を与え、2031年までに年間250億ドルのコスト削減を目指すものだ。
コロンビア特別区連邦地裁に起こされたこの訴訟は、同法の下で製薬企業は市場価格を下回る水準で価格交渉を強いられることになると指摘。メルクは、これが公共のために取得された私有財産に対して政府が正当な補償を行うことを定めた憲法の規定に違反すると主張している。
米国政府は今年3月に価格交渉のロードマップを公表。業界のロビイストや弁護士らは、製薬企業が訴訟に踏み切る可能性に言及していた。
メルクは、メディケア・メディケイド・サービスセンター(CMS)との交渉は強制的なもので、任意を装って製薬企業を「政治的歌舞伎劇」に無理やり参加させようとしていると指摘。「これは交渉ではなく、強要に等しい」と訴えている。
さらに同社は、この法律によって製薬企業は価格が適正であることを認める契約書に署名しなければならなくなるとし、これが言論の自由の保護をうたった憲法の規定に違反すると主張している。
訴訟の相手は、米保健福祉省(HHS)とCMS、そしてザビエル・ベセラHHS長官とチキータ・ブルックス・ラシュールCMS長官だ。ホワイトハウスのカリーヌ・ジャンピエール報道官は6日の声明で「大手製薬企業は、同じ薬に対して他国の何倍もの金額を米国人に支払わせている」と指摘。「われわれは裁判での勝利を確信している。憲法には、メディケアによる価格交渉を妨げるものは何もない」と強調した。
HEAVY LIFT
弁護士でハーバード大医学部教授のアメート・サルパトワリ氏は、メルクの主張は脆弱だとの見解を示し、「政府はメルクに価格交渉を強制しているわけではない。政府は数年前から、高齢者や納税者のために、市場に出回っているごく一部の医薬品の価格について交渉する権利と責任を行使している」と指摘した。
カリフォルニア大法科大学院のロビン・フェルドマン教授は、メルクが裁判所を納得させるのは大変なことだとしつつ、この分野の問題は未解決で、訴訟は最高裁に持ち込まれる可能性が高いと語った。
ウェルズ・ファーゴのアナリスト、モヒト・バンサル氏はリサーチノートの中で、今回の提訴は製薬企業による多くの訴訟の先陣を切るもので、製薬企業はより手続き的な面からIRAへの異議を唱えることもできると指摘している。
メルクは、必要であれば最高裁まで争う構えを見せている。
歴史上初めてとなるメディケアの価格交渉プロセスは、CMSが最もコストの高い10品目を選定する今年9月にスタートする。第1弾の交渉で決まった新価格は2026年から適用され、その年に業界の売り上げを48億ドル削減する可能性がある。
メルクの主力品であるがん免疫療法薬「キイトルーダ」は、早ければ28年に価格交渉の対象になる可能性がある。同薬の売上高は昨年、200億ドルを超え、メルクの総売上高の3分の1以上を占めた。アナリストは26年には同薬の売上高が300億ドルを突破すると予想している。
(Michael Erman/Patrick Wingrove/Nandita Bose、編集:Edwina Gibbs/Nick Zieminski /Bill Berkrot、翻訳:AnswersNews)