記者会見で薬価制度の見直しを訴えたMSDのカイル・タトル社長
研究開発投資には相応のリターンが必要だ――。MSDのカイル・タトル社長が、新薬開発の努力が報われない日本の薬価制度に不満を表明しました。主力のがん免疫療法薬「キイトルーダ」はこれまで19の適応を取得し、販売数量は増加しているものの、度重なる薬価の再算定により売り上げは伸び悩んでいます。
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800億円以上を投じて19の適応を取得
MSDのカイル・タトル社長は4月5日、毎年この時期に開催している定例の記者会見で、薬価の再算定ルールを見直すよう訴えました。同社の免疫チェックポイント阻害薬「キイトルーダ」の薬価は2017年2月の発売から21年8月にかけて、再算定によって4度、大幅な引き下げが行われ、薬価は発売時のおよそ半分にまで下がっています。
キイトルーダは米メルクの稼ぎ頭で、22年の世界売上高は前年比22%増の209億3700万ドル(約2兆8000億円)。一方、日本は6%増の1283億円で、グローバルの2桁成長路線からは取り残されています。
「相応のリターンあることが重要」
MSDはこれまで、キイトルーダについて日本国内で116の臨床試験を行い、19の適応症を取得。さらに8つの適応症で開発が進んでおり、現在、87の試験を国内で行っています。
タトル社長は記者会見で「17年以降、日本でのキイトルーダの開発に800億円以上を投資し、19の適応症を取得した。販売数量は伸びており、それだけ多くの患者に使われているということだが、薬価が大幅に下がっていて売り上げは伸びていない」と指摘。「われわれとしてはさらなる適応拡大に向けて多くの努力をしていきたいが、それには相応のリターンがあることが重要だ」と語りました。
合理性欠くルール
MSDが求めているのは、市場拡大再算定の見直し、中でも再算定対象品目の類似品の薬価もあわせて引き下げるいわゆる「共連れルール」の廃止です。キイトルーダは発売以降、4度の再算定を受けていますが、このうち2回が共連れによる引き下げでした。
MSDは2021年7月にも「薬価制度改革における課題」と題する記者会見を開き、共連れルールの再算定の見直しを訴えました。個別の企業が薬価の問題について会見を開いて主張を行うのは珍しく、異例の訴えとして話題を呼びました。
22年度の薬価制度改革では、共連れルールについて、類似品として引き下げを受けた医薬品は引き下げから4年間、1回に限って他品目の類似品から除外する見直しが行われました。タトル社長は4月5日の会見後、筆者の取材に対し「少しずつ前進しており、前向きにとらえている」と話しましたが、21年の会見で訴えた▽適応拡大が再算定を引き起こすリスクとなり得るため、適応拡大への投資が困難になる▽販売額が予想をどれだけ上回ったかで薬価の引き下げ率が決まり、適応拡大の医療上の価値は考慮されない▽売り上げの大きい主力製品が標的になりやすく、引き下げ率も大きいため経営に甚大な影響がある――といった問題の解決には至っていません。適応拡大が続くキイトルーダは今後も市場拡大再算定による薬価引き下げを受ける可能性があります。
「成長得られる市場に」
市場拡大再算定をめぐっては、米国研究製薬工業協会(PhRMA)も共連れルールの廃止と有用性のある適応拡大を行った場合に引き下げ率を緩和する仕組みの導入を求めており、厚生労働省の「医薬品の迅速・安定供給実現に向けた総合対策に関する有識者検討会」でも改善を求める意見が上がっています。
MSDの白沢博満上級副社長は記者会見で「共連れ再算定はどう見ても合理性がないし、研究開発投資をして適応追加したことをまったく評価しないで下げるというのは合理性を欠いている」と指摘。タトル社長は「現行ルールは罰、ディスインセンティブ」とし、24年度の薬価制度改革に向けて「今年の中医協(中央社会保険医療協議会)の議論が意義ある形で終結することを願う」と話しました。
タトル社長は記者会見後、筆者の取材に「日本を相応の成長が得られる市場環境にしていかないといけない。そうでないと、本社に日本への投資を求めることができなくなる」と強調しました。MSDは今後も主張を続け、薬価制度改革の議論をリードしていきたい考えです。