ウルトラオーファンドラッグの開発に力を入れる米製薬会社ウルトラジェニクスの創業者でCEO(最高経営責任者)のエミール・D・カキス氏が先月来日し、東京都内で記者会見を開催。希少疾患に特化した同社のビジネスについて語りました。
テクノロジーで治療可能に「素晴らしいチャンス」
ウルトラジェニクスは、カキス氏が2010年に1人の従業員とともに200万ドルの資金で設立した企業です。医師でもあるカキス氏は、米ハーバーUCLA医療センターでムコ多糖症I型に対する酵素補充療法の開発に取り組み、1998年に米バイオマリン・ファーマシューティカルに入社。同社でオーファンドラッグの開発に携わったあと、超希少疾患の治療薬を開発するためにウルトラジェニクスを立ち上げました。
今年で創業から13年を迎えるウルトラジェニクスは、すでに5つの希少疾患に対して4つの治療薬の承認を取得。このうち日本では、ムコ多糖症VII型治療薬「メプセヴィ」(一般名・ベストロニダーゼ アルファ)が22年1月に承認されました。日本では導出先のアミカス・セラピューティクスが開発し、承認を取得しましたが、日本法人ウルトラジェニクス・ジャパンが設立されたことを受け、同年7月に製造販売承認を承継。ウルトラジェニクス・ジャパンは同年8月に同薬の販売を開始し、日本での活動を本格化させています。
さらにグローバルでは臨床段階で7つ、前臨床段階で2つの開発プロジェクトが進んでおり、サンフィリッポ症候群(ムコ多糖症III型)に対する遺伝子治療薬「UX111」や糖原病I型に対する同「DTX401」、オルニチントランスカルバミラーゼ欠損症に対する同「DTX301」が臨床第3相(P3)試験を実施中。これら遺伝子治療薬に加え、アンチセンスオリゴヌクレオチドやmRNA医薬品も臨床開発に進んでおり、モダリティも多彩です。
日本も同時申請を
カキス氏は来日にあわせて3月30日に東京都内で開いた記者会見で「これまで治療薬開発のために十分な研究がなされてこなかった疾患が、サイエンスの進歩によって新たなテクノロジーで治療できるようになった。これは素晴らしいチャンスだ」と強調しました。
日本では、メプセヴィに続く製品としてホモ接合体家族性高コレステロール血症治療薬エビナクマブ(海外製品名・Evkeeza)の承認を目指しており、今年5月に申請を行い、2024年に発売する方針。カキス氏は、X染色体連鎖性優性低リン血症/腫瘍性骨軟化症治療薬「クリースビータ」(一般名・ブロスマブ)の開発・商業化で協和キリンとパートナーを組んでいる関係で日本進出が遅れていたものの、その他のパイプラインの進展によって日本で製品を販売するチャンスが生まれたと指摘。「希少疾患患者の10%が日本にいると言われる。日本は重要だと考えており、将来的にはほかの地域との同時申請を達成したい」と話しました。
価格とアクセス「バランスを模索」
日本では近年、「ドラッグ・ラグ」が再び問題となっていますが、カキス氏は、希少疾病用医薬品に関する制度が整っていることから「日本進出の意思決定は比較的しやすかった」といいます。
ドラッグ・ラグの再燃をめぐっては、薬価制度の見直しによる日本市場の魅力の低下が要因との指摘もあるものの、カキス氏は「日本の薬価の環境は厳しくなっているが、(ウルトラジェニクスが事業展開している)欧州や中南米よりも厳しいということはない。日本ではメプセヴィの上市を10人で行った。リーンな戦略をつくり、コストを抑え込み、売り上げに合わせた形で成長していくことが重要だ」と指摘。台頭する多くの新興バイオ医薬品企業が米国市場にフォーカスする現状に対しては「われわれは企業として世界各国に患者がいることを知っている。われわれの薬剤にアクセスできない人が大勢いるのなら、それは企業として成功したことにはならない。もちろん米国だけでやった方が儲かるが、治療できるすべての人を治療しないというのは間違っている。アクセスを世界中に提供するのが責務であり、これは単にビジネスが成功するかどうかだけの問題ではない」と語気を強めました。
都内で会見した米ウルトラジェニクスのエミール・D・カキスCEO
オーファンドラッグはしばしば、その価格の高さが議論を呼んできました。カキス氏は、開発コストに見合った価格が必要だとしながらも「価格によってアクセスが問題になることはあってはならない」とし、「できることをすべて行い、治療コストによってアクセスできないということがないように努力していく。これがわれわれの企業としての哲学だ」と強調。米国では薬剤の無償提供や保険加入のサポートといった取り組みを行っていることを紹介しました。
開発品の半数が遺伝子治療「値付けは非常に深刻な課題」
価格に対する注目が特に集まりやすいのが遺伝子治療です。米国で昨年承認された血友病Bの遺伝子治療薬「Hemgenix」(米CSLベーリング)は1回あたり4億円を超える価格が設定され「世界一高い薬」として話題になりました。ウルトラジェニクスも遺伝子治療薬の開発に力を入れており、パイプラインの半分以上を占めています。
カキス氏は「遺伝子治療薬の値付けは非常に深刻な課題だ。非常に高額で、広く使おうと思っても使えない」とした上で、考えるべきことが2つあると指摘しました。
その1つは「遺伝子治療薬がなかった場合にどんなコストがかかり、遺伝子治療によって何を回避することができるのか」。もう1つはベクターの技術だといい、改善によって製造コストを下げることは可能だと強調。「今は市場に参入するために多くの投資をした会社が何とかそれを回収しようとしている状況だ。事業の健全性は考慮しなければならないが、次のステップを考えなければならない」と述べました。
医療保険財政の悪化や患者負担の増大を背景に、薬剤費に対する圧力は日本のみならず米国や欧州でも高まっています。カキス氏は「企業と医療制度が互いにサポートし合い、協調し、共生しなければならない。新薬には対価が伴うということを認識しなければならないし、企業は値付けとアクセスが機能するようにしなければならない。高すぎてアクセスができなければ、誰も治療されないし、誰の懐にもお金は入らない」とし、「バランスを探さなければならない」と訴えました。