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「日本の状況は良くないけど、患者がいることは変わらない」製薬業界を目指す学生の言葉|コラム:現場的にどうでしょう

更新日

黒坂宗久

AnswersNewsでコラムを書き始めて今月で丸1年たちました。前回までに10本の原稿を書いてきましたが、そのうち2本は「ドラッグ・ラグ」「ドラッグ・ロス」の問題を取り上げています。それだけこの問題は私にとって気がかりだということなんですが、以前にも書いた通り、この問題は「日本で新薬を開発してもらえない問題」「日本が新薬開発で後回しにされる問題」であり、さらに進むと「日本で使える薬がなくなる問題」となり「助かる命が助からない問題」へと続く深刻な問題だと思っています。

 

低下する日本事業の優先度

製薬企業には患者を助けるという使命があり、そのために新しい薬を世に出そうと日々活動しています。一方で、製薬企業は営利企業であり、研究開発にかかる莫大な費用を医薬品の売り上げでまかない、なおかつ利益を出さなければなりません。言わずもがなですが、医薬品を開発し、供給していくことは、慈善事業ではなくビジネスです。限られたリソースをより利益が期待できるところに投下しようと考えるのは当たり前で、投資に見合うリターンが期待できないとなれば日本の優先順位が下がるのも当然です。外資系企業ならまだしも、日本企業までもがそうした動きをとりつつある状況だということは、よくよく考えなくてはならいことだと思っています。

 

ところでみなさん、医薬産業政策研究所(政策研)の「政策研ニュース」に掲載されたレポート「ドラッグ・ラグ:事業投資優先度の影響―日本事業投資優先度の製薬企業サーベイ結果―」はご覧になりましたか?まだの方はぜひ読んでいただきたいのですが、レポートの冒頭に要約が示されていますので、ここでご紹介しておきます。

 

▽日本の医薬品市場がマイナス成長の環境下、国内・海外の両事業をもつ JPMA/PhRMA/EFPIA加盟企業のうち37社で、10社(27%)は2016年~21年の間で日本事業の優先度を低下していた。その要因として経済合理性が低いこと、中でも薬価・想定薬価が低いことが最も多く挙げられた(8社)。

▽海外承認新薬が増加している環境下、海外第三者からの新薬導入が2010年代半ばから増加していない企業が24社(57%)あり、その理由として低い投資対効果が多かった。その要因には想定薬価が低い、想定患者数が少ないが挙げられた。

▽海外では開発されている適応外薬や未承認薬が日本で開発されない理由としても、投資対効果が悪いことが挙げられ、日本事業の経済合理性に課題がある実態が示された。

▽日本市場動向、特に薬価に左右される収益性がドラッグ・ラグに影響する重要な要因であり、最新医薬品のアクセスと事業の経済合理性の両立が期待される。

 

さて、この結果をどう捉えるか。「7割以上の企業は日本の投資優先度を据え置いているから大丈夫」と受け止める人もいるでしょうし、「3割の企業はすでに日本市場と距離を置き始めていてヤバい」と感じる人もいるでしょう。私は後者です。これまで何度か書いてきましたが、仕事をしているとひしひしと感じるんです。日本での新薬開発の意欲がどんどんそがれていることを。

 

限界が近づいている

先のレポートはこう締めくくられています。「日本への最新医薬品のアクセス維持・確保を産業として担う以上、日本市場の成長が見込め、事業収益性が確保できること、グローバル市場動向に遜色ない市場構造であることを期待して止まない」。首がもげるほど頷きました。同時に、これだけいろんな人がいろんなところで何度も指摘しているのに良くならない(むしろ悪くなっている)状況に虚しさを感じました。

 

11月16日に開かれた中医協(中央社会保険医療協議会)の薬価専門部会でも、安定供給の確保を理由にした薬価の引き上げを牽制する声や、物価高騰への対応として薬価の引き下げを緩和するのは容認できないとの意見があったといいます。「国民負担の軽減」は理解できますが、使える薬がなくなるまで続けるつもりなのでしょうか。

 

政策研のレポート以外にも、古くから使われている医薬品の販売中止(10月にはMeijiSeikaファルマが販売数量の減少と薬価の下落を理由に「エクセラーゼ」の販売を中止すると発表し、SNSで話題になりました)や外資のリストラなど、今の日本の製薬業界が置かれた状況を象徴するようなニュースが続いています。各社とも必死に踏ん張ってきたように私は思うのですが、そろそろ限界に近づいているように映ります。

 

先日、製薬業界への就職を目指す学生さんを相手に、世界と日本の業界の状況をお話しする機会があったんですが、学生さんからのフィードバックにこんなものがありました。「日本の状況はあまり良くないと理解しましたが、患者さんがいるということに変わりはない」。志を持ってこの業界を目指す若者がいることに嬉しくなった反面、彼ら・彼女らがいざ製薬業界に入ったとき、希望を持って働ける環境があるかというと心もとない気がします。

 

少しでも状況を良くして次の世代にバトンを渡すのがわれわれ世代の役割なのだと思いつつ、政策や制度に大きく依存する業界だけに、壁は厚いなと感じた次第です。

 

※コラムの内容は個人の見解であり、所属企業を代表するものではありません。

 

黒坂宗久(くろさか・むねひさ)Ph.D.。Evaluate Japan/Consulting & Analytics/Senior Manager, APAC。免疫学の分野で博士号を取得後、米国国立がん研究所(NCI)や独立行政法人産業技術総合研究所、国内製薬企業で約10年間、研究に従事。現在はデータコンサルタントとして、主に製薬企業に対して戦略策定や事業性評価に必要なビジネス分析(マーケット情報、売上予測、NPV、成功確率や開発コストなど)を提供。Evaluate JapanのTwitterの「中の人」でもあり、個人でもSNSなどを通じて積極的に発信を行っている。
Twitter:@munehisa_k
note:https://note.com/kurosakalibrary

 

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