パーキンソン病などの神経変性疾患の原因とされるタンパク質「αシヌクレイン」を標的とする新薬の開発が進んでいます。根本治療薬として期待される一方、先行して開発の進む新薬候補では治験で主要評価項目の未達が相次いでおり、開発の行方が注目されています。
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複数の抗体が臨床試験
αシヌクレインは、主に脳の神経細胞に発現するタンパク質です。特に神経細胞の軸索終末端に多く存在し、シナプス機能の調整や神経の可塑性に関与すると考えられていますが、その生理的機能ははっきりとはわかっていません。
パーキンソン病患者の脳内では、異常な構造をとったαシヌクレインが凝集・蓄積することがわかっており、これがドパミンを分泌する神経細胞を死に至らしめ、運動症状などを引き起こすと考えられています。αシヌクレインの異常構造と凝集によって引き起こされる疾患には、パーキンソン病のほかにレビー小体型認知症や多系統萎縮症などがあり、これらは総称して「シヌクレイノパチー」と呼ばれます。
パーキンソン病の治療には、減少したドパミンを補うL-ドパ製剤や、脳内でドパミンと同じように働くドパミン受容体作動薬などが使われますが、いずれも対症療法であり、根本的な治療法は存在しません。国内のパーキンソン病の患者数は10万人に100~150人ですが、60歳以上では10万人あたり1000人(100人に1人)と高齢者に多い疾患です。高齢化に伴って患者数は増加しており、根本治療の開発が求められています。
小野のS1P5受容体作動薬もP1
αシヌクレインを標的とした新薬は、パーキンソン病の進行を根本的に抑制する疾患修飾薬として期待されています。現在、αシヌクレインをターゲットとする抗体医薬や、αシヌクレインの蓄積を抑制するS1P5阻害薬、αシヌクレインmRNAを分解してαシヌクレインの合成を抑制する核酸医薬などが開発されていて、臨床試験に進んでいるものも複数あります。
抗αシヌクレイン抗体としては、スイス・ロシュとアイルランド・プロセナの「RG7935」(一般名・prasinezumab)やデンマーク・ルンドベックと同ジェンマブの「Lu AF82422」、武田薬品工業と英アストラゼネカの「TAK-341/MEDI1341」などが臨床試験を実施中。Lu AF82422は多系統萎縮症を対象に日本と米国で臨床第2相(P2)試験が行われており、TAK-341/MEDI1341は米国でアストラゼネカがパーキンソン病を対象としたP1試験を行っています。RG7935は海外でP2試験が行われており、国内では中外製薬がP1試験を実施中です。
小野薬品工業の「ONO-2808」は、脂質の一種であるスフィンゴシン1-リン酸の受容体の1つS1P5受容体の作動薬で、αシヌクレインの蓄積を抑制する効果が期待されています。現在、日本と欧州で神経変性疾患を対象にP1試験を行っていて、化合物のプロファイルを勘案しながらP2試験以降の対象疾患を選択していく方針です。
先行品はP2試験で主要評価項目未達
αシヌクレインをめぐっては今年8月、量子科学技術研究開発機構(量研)が、エーザイ、小野薬品、武田薬品の製薬3社と共同で、多系統萎縮症の生体脳でαシヌクレイン病変を画像化することに世界で初めて成功したと発表。αシヌクレインに結合する放射性薬剤を開発し、陽電子断層撮影法(PET)による高感度の可視化を実現したもので、量研は「診断技術の開発やαシヌクレイン病変を標的とした根本的治療薬の開発に大きく貢献すると期待される」としています。
一方、αシヌクレインを標的とする抗体医薬では、開発が先行していた2つの品目がP2試験で主要評価項目を達成できなかったことが報告されています。
米バイオジェンが開発していた抗シヌクレイン抗体cinpanemabは、早期パーキンソン病患者を対象に行ったP2試験で、プラセボに対して運動機能と非運動機能の有意な悪化抑制を示さず、投与72週時点の中間解析後に有効性の欠如を理由に試験を中止。バイオジェンは同薬の開発そのものも中止しました。ロシュのRG7935も同様に、早期パーキンソン病(多くは未治療患者)を対象としたP2試験で進行を遅らせる効果を示すことができませんでした。ただ、副次評価項目では運動機能の低下抑制を示唆する結果が得られており、診断3年以内で安定した治療を受けている患者を対象に運動機能の低下抑制を主要評価項目とするP2b試験に進んでいます。
抗体は終わったか
シヌクレイノパチーと同じように脳内の異常なタンパク質の蓄積が原因で起こるとされるアルツハイマー病では、アミロイドβ仮説が提唱されてからそれに基づく治療薬が大規模臨床試験で有効性を示すまでに長い時間を要しました。抗アミロイドβプロトフィブリル抗体レカネマブのP3試験に成功したエーザイの内藤晴夫CEO(最高経営責任者)は、同試験の結果を報告した記者会見で「レカネマブの試験成功によって、アルツハイマー病と同じように異常タンパク質の蓄積が原因と考えられるタウオパチーやシヌクレイノパチーの治療薬にも明るい展望が開ける」と期待を示しました。エーザイは2020年から英Wren Therapeuticsとαシヌクレインを標的とした新規低分子化合物の創出に向けた共同研究を行っています。
cinpanemabとprasinezumabのP2試験結果に関する論文が掲載された医学誌ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシンの8月4日号は、「パーキンソン病に対する抗体療法は終わったか?」とする論説を掲載。執筆した英ブリストル大のアラン・ホーン博士は「全体的なエビデンスは、早期パーキンソン病に対する抗体の道の終わりを示す可能性が高い」とする一方、「前駆期や特定の遺伝的形態で同じまたは類似した薬剤が成功する可能性や、凝集したαシヌクレインに影響を与える別のメカニズムの薬剤が有益である可能性を否定するものではない」と指摘し、「この分野をあきらめるべきではない」と強調しました。