武田薬品工業のデング熱ワクチン「QDENGA」が8月、インドネシアで承認されました。ピーク時に最大16億ドルの売り上げを見込む同ワクチンを手に、高成長が期待されるワクチン世界市場に参入します。
感染歴を問わず使用できる初のデング熱ワクチン
武田薬品工業は8月23日、デング熱ワクチン「QDENGA」がインドネシアで承認を取得したと発表しました。武田にとって海外でワクチンを販売するのは今回が初めて。アジアや中南米を中心に年間3億9000万人(推定)が感染するデング熱のワクチン市場に参入します。
デング熱は、蚊(ネッタイシマカやヒトスジシマカ)が媒介するウイルス性疾患で、発熱や頭痛、筋肉痛といったインフルエンザ様の症状が特徴。予後は良好とされますが、まれに出血を伴い重症に至ることがあります。今回、QDENGが承認されたインドネシアはデング熱の流行国の1つ。東南アジアの感染者の半数が集中しており、今年上半期だけでも6万3000人が感染し、600人近くが死亡したと報告されています。
デングウイルスには4つの血清型があり、QDENGAはそのすべてをカバーする4価弱毒生ワクチン。接種対象は6~45歳で、過去の感染歴にかかわらず接種でき、感染歴を調べる接種前の血清反応検査も必要ありません。
デング熱に対しては、仏サノフィの4価弱毒生ワクチン「Dengvaxia」が2015年にメキシコで承認。中南米やインドネシアでも使用が認められています。当初は感染歴の有無を問わず接種されていましたが、6年間の長期臨床試験で感染歴がない人がワクチン接種後に感染すると重症化する可能性が高いことが17年に判明。それ以降は、接種前の検査で感染歴が認められない場合は接種を控えることが勧奨されています。
武田の今年6月の発表によれば、同社のQDENGAは、約2万人を対象とした臨床第3相(P3)試験で、4年半にわたってデングウイルス感染症による入院を血清反応陽性者で85.9%、陰性者で79.3%抑制。発症は陽性者で64.2%、陰性者で53.5%抑えました。重要な安全性リスクや疾患増強のエビデンスは認められなかったといいます。
ワクチン市場は28年に930億ドル
QDENGAは欧州連合(EU)でも申請中で、EMA(欧州医薬品庁)の「EU-M4all」制度を通じてEU域外の流行国での承認に向けた審査も進行中。これまでの臨床試験で得られている長期データをもとに、年度内の承認を目指しています。米国でも22年度中の申請を予定。武田は16年から総額250億円以上を投じてドイツ工場にデング熱ワクチン製造施設の整備を進めており、年間5000万回分以上の生産能力を構築するとしています。
英調査会社VacZine Analyticsによれば、デング熱ワクチンの市場規模は2029年までに年間15~20億ドルに達するとみられ、武田はQDENGAのピーク時売り上げを7~16億ドルと予測。同ワクチンを手始めとして、武田は海外メガファーマがひしめく世界のワクチン市場に切り込んでいくことになります。
世界のワクチン市場はこれまで、米ファイザー、米メルク、英グラクソ・スミスクライン(GSK)、仏サノフィの4社が大部分を占めてきました。新型コロナウイルス感染症によって勢力図も変化しており、2021年は米モデルナが17%までシェアを伸ばしています。
武田は2012年にワクチンビジネス部(現グローバルワクチンビジネスユニット)を設立し、ワクチン開発ベンチャーの米リゴサイト・ファーマシューティカルズを買収。デング熱ワクチンのQDENGAは、翌年の米インビラージェン買収で獲得した製品です。パイプラインには現在、P1の段階にジカウイルスワクチン「TAK-426」を抱えています。一方、リゴサイト買収で獲得したノロウイルスに対するVLP(ウイルス様粒子)ワクチンは昨年、米投資ファンドのフレージャー・ヘルスケア・パートナーズと立ち上げた新会社に切り出しており、同社がP2試験を実施中。武田としては、デング熱に加え、ジカウイルス、新型インフルエンザに重点的に取り組む姿勢を示しています。
米J&Jや田辺三菱も勢力拡大を目指す
世界のワクチン市場全体は拡大傾向にあります。英エバリュエートによれば、2020年に358億1900万ドルだった世界市場は、28年に929億4600万ドルに達する見込み。新型コロワクチンによって市場は21年、22年と1000億ドルを超えますが、その後は一旦落ち着き、28年にかけて拡大していく見通しです。
武田以外の主要プレイヤーも新規ワクチンの開発を進めており、GSKのロタウイルスワクチン「SB444563」と髄膜炎菌ワクチン「GSK3536820A」、米ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)のエボラウイルスワクチン「VAC52150」などが申請中。肺炎球菌やRSウイルス、インフルエンザウイルスに対しても複数の企業が開発の後期段階に候補品を抱えています。このほか、デング熱に対しては、ブラジルのブタンタン研究所が「TV003/TV005」のP3試験を進めており、米国や欧州、日本などでは米メルクが権利をもっています。
国内企業では、田辺三菱製薬がカナダ子会社のメディカゴを通じてインフルエンザワクチン「MT-8972」のP2試験を実施中。KMバイオロジクスが海外でデング熱ワクチン「KD-382」のP1試験を行っているほか、ノーベルファーマが阪大微生物病研究所などとともにマラリアワクチン「NPC-SE36」のP1b試験を西アフリカのブルキナファソで進めています。