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「とにかくイノベーティブな組織にしたい」…アステラス・安川CEO「組織健全性目標」を掲げた経営計画に込めた思想

更新日

亀田真由

2021~25年年度の経営計画で、新たに「組織健全性目標」を掲げたアステラス製薬。安川健司社長CEOが、そこに込めた思想を語りました。

 

「イノベーションを妨げるものは何か」

アステラス製薬は昨年5月に発表した「経営計画2021」で、▽抗がん剤「XTANDI」と重点戦略製品で25年度に売り上げ1.2兆円以上▽フォーカスエリア・プロジェクトから30年度に売り上げ5000億円以上▽25年度にコア営業利益率30%以上――を通じて25年度に株式時価総額を7兆円以上に引き上げることを「成果目標」に定め、そのベースとして、アステラスが15年から掲げるビジョン「変化する医療の最先端に立ち 科学の進歩を患者さんの『価値』に変える」の実現に向けた指針・優先事項である「戦略目標」と、組織のポテンシャルを引き出すための「組織健全性目標」を設定しています。

 

同社は、これら3つの目標は相互に補完し合うものだとしていますが、このうち今回の経営計画で初めて設定されたのが組織健全性目標です。資料では「イノベーションの促進、人材の活躍、コラボレーションの浸透が相まって、意欲的な目標の実現を目指す企業文化を醸成し、アステラスの実行力を格段に上げていく」と説明されていますが、具体的にはどういうことで、そこにはどんな考えが背景にあるのか。6月末、安川社長CEOがメディアのグループインタビューに応じ、目標設定の経緯と取り組みについて語りました。

 

浮かび上がった6つの課題

「君たちに9カ月の時間をあげよう。使命はただ1つ。世界中のいろんなポジションの人に会って、何がアステラスのイノベーションを妨げているのか、徹底して聞いて来てほしい」

 

経営計画2021を発表するおよそ1年前。安川氏は、研究、開発、技術の各本部から現場で活躍する精鋭を1人ずつ本社に呼び出し、こう告げました。

 

「2018年に社長を拝命したわけですが、(社内から)いろんな声が聞こえてくるわけです。他部門に対する文句だったり、あるいは部門ではなく個人への文句だったり。マイノリティの意見なのか、メジャーな意見なのか、それとも愚痴の類なのか、放っといちゃいけない問題なのか、受け身で聞いていても判断できない」

 

安川氏は、かねてからこうした社内の「雑音」が気になっていたと振り返ります。安川氏自身は「アステラス製薬はひたすら新薬で勝負をしている。イノベーションが連続して起きなければ新薬をつくることはできない、そういうことを大切に経営していきたい」と思っているにもかかわらず、聞こえてくるのは雑音ばかり。ならば、新たな経営計画を策定するタイミングで徹底的に調べてみようと、3本部から選んだ日本人2人と米国人1人に特命を授けました。

 

3人は地道に社内の関係者にインタビューを行い、問題点をヒアリング。結果、20項目ほどの課題が挙がりました。「20もやりきれないので、今は放っておいてもいいよっていうのは捨てて、根っこが同じものをくっつけていった」(安川氏)。そうして、アステラスのイノベーションを壊し、遅らせている課題として浮かび上がってきたのが
(1)失敗を恐れすぎる
(2)目標の立て方がコンサバ(保守的)すぎる
(3)人事に対する不公平感
(4)部門のサイロ化
(5)各部門と全社でプライオリティが異なる(=部門の目標のために働いている)
(6)システムやITが古いまま
――という6項目。「『次の経営計画の中では、これらを根絶する』という宣言をまず行った」と安川氏は振り返ります。

 

目標設定は部門横断的に、ボーナスは部門指標廃止

安川氏がこれらの課題の根底にあるものの1つと目を付けたのが、同社が長きにわたって採用していた目標設定方法と報酬体系です。

 

「(これまでは)毎年春に部門ごとに目標を立てていた。ボトムアップで上がってきたものを、われわれ経営陣が『もうちょっと頑張れるだろ』って何回か押し返して決める。その1年後、目標に到達したかどうかでボーナスを決める。

 

こんなことを15年もやっていると、人間ですから、だんだん馬なりにやっていても達成できる目標が設定されるようになってしまう。こんなことを続けていたら、いつかアステラスは劣後しちゃうよね、もっとアグレッシブにいかないとね、と。以前から危機感を持っていました」

 

「部門のサイロ化」や「各部門と全社のプライオリティのズレ」は、こうした部門ごとの目標設定によって引き起こされたものだといいます。

 

「(部門の目標に)書いてあることを成し遂げると部門がいっぱいボーナスをもらえるから、そこにばっかり(目が)いっちゃうんです。たとえば開発プロジェクトだって、開発本部だけがやっているわけじゃない。開発も研究も技術も入って、開発の後期には営業も入ってきて、一大チームを組んでやるわけですから。本当はプロジェクトを前に進めたり、プロジェクトの潜在的な価値を引き出したりするために働かなきゃいけないのに、部門に落ちた目標を達成することばっかりになっちゃう。

 

だから、目標の立て方をクロスファンクショナルにしましょう、と。部門横断的に目標を立てるようにした。あわせて、ボーナスの構成も全社指標と個人指標の2つに絞った。

 

これまではそこに部門指標も入っていて、結構(割合も)大きかった。それは過去に『今年営業はすごく売れたのに研究が進まなかった。だけどそんなのは俺たちの知ったこっちゃねえ、ボーナスをいっぱい出せ』とか『今年は全然売れなかったけど研究はすごかった。俺たちにいっぱいボーナスを出せ』という文句があって、それを聞いちゃったから。

 

でも、これをやっている限りサイロ化は進んでしまう。結局、営業がよく売れたのは研究と開発が頑張って、技術がちゃんと作ったからだし、研究が成果を出せたのは、営業が稼いで来て研究費を使えたからでしょう。だからもう、さっきみたいな愚痴は言っても聞かない、ってボーナスの指標を絞りました」

 

グレードとサラリーも統一

ボーナスの指標だけでなく、サラリーの体系にも切り込みました。地域や所属組織に関わらず、全世界で同じ責任なら同じグレードになるよう給与体系を整備。背景となったのは、先の精鋭3人による調査で明らかになった人事への不公平感です。

 

「つい最近まで最も大きな部隊だった営業は、従来、地域独立型でした。各地域ごとに一国一城の主がいて、人事制度も報酬体系も地域ごとに違っていた。だから、同じ『グレード20』でも、責任の範囲も給与体系もてんでばらばら。グローバル化する中で、『あいつは俺と同じような仕事をしているのに偉そうなタイトルがついてる』って文句が出てきて、そのうち給料もバレちゃって。しかも『アステラスは合併以来、適所適材だ、報酬も人を見て決めませんと言ってるのに、やってることが違うじゃないか』という不公平感も出てきた」

 

こうした声を踏まえ、税金や物価などは考慮しつつも、部長クラス以上でグローバル共通の報酬構造を構築。地域による報酬格差の縮小にも取り組んでいることも明かしました。

 

イノベーティブな組織になるための方程式

「とにかくアステラスをイノベーティブな組織にしたかった」と言う安川氏。グループインタビューでは、改革を行うにあたって専門家の知見として参考にしたという3冊の本を紹介しました。▽「LOONSHOTS〈ルーンショット〉 クレイジーを最高のイノベーションにする」(サフィ・バーコール著)▽「The Fearless Organization(恐れのない組織)」(エイミー・C・エドモンドソン著)▽「Multiplier(メンバーの才能を開花させる技法)」(リズ・ワイズマン著)――です。

 

特に「ネタ本」と言うのが、物理学者のバーコール氏が書いた「LOONSHOTS」。同書で紹介されている「イノベーションを起こすための方程式」を自社にフィットするよう考えたといいます。「ルーンショット」は著者の造語で「誰からも相手にされず、頭がおかしいと思われるが、業界や世界を変えることのできるアイデアやプロジェクト」のこと。同書は、ルーンショットをうまく育てて実用化できる、イノベーティブな組織のあり方を説いています。

 

「よく、バイオテックはイノベーティブで、大企業になるとイノベーションが起こりにくいと言われていますが、これはバイオテックが偉いわけじゃなくて、バイオテックの組織が小さいから。大人数だとどうしても軍隊的になって、命令が上から来て、ジュニアの人は自分で考えることなく命令に従う、そんな社会になってしまう。

 

だいたい150人くらいの組織になると、今の人類の知識や知性では放っておくとポリティカルになってしまう。でも、きちんとした対策を打てば150人以上の組織でもイノベーティブな集団になれる。この本にはそう書いてあります」

 

【イノベーションを生むための方程式】M≈ES2F÷G/M…マジックナンバー。組織がイノベーティブでいられるしきい値(典型的な集団ではおよそ150となる)|E:/エクイティ比率/…/エクイティ(プロジェクトの成果に基づいた報酬)の比率/S:/マネジメントスパン/…/直属の部下の数/F:/組織適合レベル/…/「担当プロジェクトとスキルの適合度」と「政治力が昇進に及ぼす影響」の比率/G:/給与アップ率/…/昇進で給与がどれくらいアップするか|※「LOONSHOTS〈ルーンショット〉/クレイジーを最高のイノベーションにする」(サフィ・バーコール著)をもとに作成

 

上の図は、同書で紹介されている「イノベーションを起こすための方程式」です。安川氏は、分子にあたる「エクイティ比率(E)」「マネジメントスパン(S)」「組織適合レベル(F)」に注目したと話します。

 

「E(プロジェクトの成果に基づいた報酬)は、ボーナスが全社指標でもらえること。会社の価値が上がれば自分も出世する。(価値向上に)貢献したら出世する。サラリーも、グレードも上がる。これを徹底する。

 

Fは、時期を含めた適所適材のこと。年功序列は一切なし。空きポストには世界中から優れた人を探して充てなきゃいけない。そのために、人事のシステムも作り直しました。従業員の情報が地域ごとにバラバラに存在していたのを、グローバルで同じシステムを使って全世界から適切な人材を検索できるようにした。グローバルジョブポスティング制度も運用しています」

 

リーダー研修に力

一方、Sはマネジメントスパン(直属の部下の数)を指し、イノベーティブでないポリティカルな組織では、マネジメントスパンが小さいがために組織の階層が深くなっているとされています。アステラスも従来、アメリカを中心に階層が深くなっていたといいます。

 

「調べてみたら、部下が1人しかいないミドルボスが何百人もいたんです。そうすると、ジュニアの人がアイデアを思いついても、意思決定までに何回も相談して合意を取り付けないといけない。時間がかかるし、途中のミドルボスが止めちゃったら、そこでおしまい。こういうのを徹底的にやめようと、今は最大6層をめどにフラット化を進めています。

 

営業も、「支店」「営業所」「グループ」と階層が相当深かったんです。2年前に支店はやめて、今年の春には営業所も廃止しました。それは、長期収載品もやめちゃいましたし、2000年代に発売したセレコックスなどの特許が切れて、グローバルでポートフォリオが統一されてきたから。イクスタンジにしろ、ゾスパタにしろパドセブにしろ、グローバルで戦略を立てて、国別に味付けして販売戦略を立てるようになった。プロダクトで考えるようになったので、地域に拠点を置く意味はなくなり、むしろ本社と現場がダイレクトにやりとりをしてPDCAサイクルを回せるようにしたかったんです」

 

昨年から力を入れているリーダー向け研修は、すでに約3000人が受講したといいます。

 

「ミドルボスが部下のアイデアをはねつけるとか、部門の目標ばかりを見て新しいことにチャレンジしない、となると全然改革にならない。全世界のリーダーと名のつく者全員に対して、去年から徹底的にリーダーシップ研修を行っています。

 

ボスの仕事っていうのは、何かものを決めることじゃない。ものを決めるのはプロジェクトチームにやらせること。ボスの一番大きな責任は、部下の教育なんです。過去に立てた目標に対してできたかどうかを言うだけじゃなくて、一人ひとりが将来のキャリアプランをつくるのを手伝ってあげて、『将来こういう仕事に就くなら、こういうケイパビリティ、コンピテンシーを身に着けないといけないね。去年の成績から言うと、ここが足りないから、今年はこんな仕事をしてごらんなさい』としてあげるのが教育。そういうことができる人が、アステラスの求めるリーダーです」

 

「全部終わるには数年かかる」

目標設定・評価の仕組み、報酬体系、組織構造といったハード面の改革とともに取り組んでいるのが「失敗を恐れず挑戦する文化」の醸成です。

 

「今までの主流と違うことを言っても村八分にならないことは、イノベーションを進めていく基本です。こういう文化を目指しているというのは、トップマネジメントから全社に繰り返し言うようにしています。結局、リーダー研修もこれを浸透させるためのものです。

 

経営陣が高い業績目標を求めた時、『私の国にはもう人もお金もありません。カツカツです』って、そういうことばかり言う人がいる。それは変でしょう、と。それは、あなたが右腕だと思っているようなごく一部の部下だけを見て、彼らにやらせようとしているからだ、と。一部の、10%の人しか信用せず、残りの90%の人的資源は『おれの命令通りのことをやっていればいい』と放ったらかしにするのはだめです。部下の才能を開花させれば、もっと高い業績を残せるはずなんです。残念ながらまだ『やってみせます』と言える部長は少数ですね」

 

経営計画で組織健全性目標を掲げ、強い危機感の下、組織改革に取り組むアステラス。安川氏は、その効果をどう測るかは検討中としながらも、改革、特に文化の醸成には数年かかると見通しました。

 

「全部が終わるには数年かかるでしょう。でも、これがうまく行けば、研究成果も開発のスピードも全部上がるはずで、最終的にはパフォーマンスに効いてくると思っています」

 

AnswersNews編集部が製薬企業をレポート

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