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「遺伝子治療ってどうなの?」と思っている人へ|コラム:現場的にどうでしょう

更新日

黒坂宗久

先月末、アステラス製薬がポンペ病を対象に開発している遺伝子治療薬「AT845」が、重篤な有害事象により米FDA(食品医薬品局)から臨床試験の差し止めを指示されたと報じられました。遺伝子治療薬をめぐってはネガティブなニュースも少なくなく、アステラスの件で遺伝子治療薬にマイナスの印象を持った人もいるのかもしれません。

 

実は先月、ある外資系証券会社のイベントで機関投資家向けに遺伝子治療薬について講演する機会がありました。時宜を得ているかなと思いますので、今回は講演でお話しした内容をシェアしたいと思います。

 

講演では、弊社Evaluateが保有しているデータをもとに、遺伝子治療薬をめぐる現状と課題についてお話ししました(講演でお話しした内容はこちらの動画でもご覧いただけます)。Evaluateのデータベースでは、主要な次世代モダリティを▽細胞治療▽遺伝子改変細胞治療(CAR-T細胞療法など)▽遺伝子治療▽核酸医薬▽ゲノム編集――5つに分け、1製品につき1つのモダリティを付与して分類しています。広義の遺伝子治療には遺伝子改変細胞治療やゲノム編集も含まれることは承知していますが、今回は弊社分類での遺伝子治療(特定の遺伝子をヒトの体内に直接投与する治療)に焦点を当てたものになりますので、その点はご留意ください。

 

【次世代モダリティの開発品目数】(Filled/Phase/III/Phase/II/Phase/I/Pre-clinical/Research/project)ゲノム編集/0/2/5/8/87/114|核酸医薬/48/49/165/97/410/342|遺伝子治療薬/29/40/193/63/507/349|遺伝改変細胞治療/27/24/162/311/452/286|細胞治療/140/65/264/175/520/426|出所:Evaluate Pharma® 2022年5月

 

上のグラフは、現在アクティブな医薬品をモダリティ別・開発段階別に集計したものです。遺伝子治療薬は5つの次世代モダリティの中で3番目に品目数が多く、その7割はアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを使っています。遺伝子治療薬では、研究段階と非臨床段階の品目数は細胞治療に肉薄している一方、フェーズ1試験の段階にある品目が少ないのが特徴的です。

 

遺伝子治療薬は、神経疾患、眼科疾患、ライソゾーム病などの希少疾患といった領域に開発品の7割が集中しています。遺伝子治療の開発を行っている企業は世界に430社近くあり、5つの次世代モダリティの中では2番目の多さです。その6割は米国企業で、日本企業は1割もありません。

 

2022年から28年にかけての売り上げ予測を見てみると、遺伝子治療薬は28年に遺伝子改変細胞治療に継ぐ規模になると予測されています。年平均の成長率は唯一50%を超えており、市場的には最も期待が高いと言って過言ではありません。

 

【次世代モダリティの売上予測】(Sales/(million$)/2022/2028/2022-2028/CAGR)遺伝子改変細胞療法/2714.111463/29244.50853/48.6%|遺伝子治療/1818.76869/23913.8919/53.6%|核酸医薬/4185.956032/22563.42248/32.4%|細胞治療/1170.447091/11571.61093/46.5%|ゲノム編集/0/6979.710743/na|出所:Evaluate Pharma® 2022年5月

 

冒頭の「AT845」のケーズに限らず、遺伝子治療薬では2020年から21年にかけて臨床試験で死亡例を含む重篤な有害事象の発生が相次ぎました。これを受けてFDAは21年9月、AAVを用いた遺伝子治療薬の毒性リスクについて議論する諮問委員会を開催。ここでの振り返りにより、遺伝子治療薬をめぐる種々の課題が浮き彫りとなりました。

 

遺伝子長の限界や発現量の少なさといったこともありますが、遺伝子治療薬の課題について私自身は次のように理解しています。

 

大量生産技術が確立しているとは言えず、目的遺伝子が入っていない空のカプシドが含まれるという品質上の課題があるため、治療効果を発揮させるには大量投与が必要となり、結果として抗原としてのウイルスへの暴露が高まり、有害事象につながっている。

 

こうした課題への打ち手としては、製造技術や品質の向上、ウイルス改変や遺伝子送達方法の工夫などが挙げられるでしょう。

 

ただ、こうした課題があるにも関わらず、M&Aやライセンスなど遺伝子治療薬関連のディールは件数も金額も減ってはおらず、企業の間で期待値が下がっているわけではなさそうです。今回、講演をするにあたっていろいろと分析してみてわかったことは、種々の課題は各社が遺伝子治療薬の研究開発に挑んできたからこそ見えてきたものであり、今はそれを乗り越えて本格的な実用化へと進みつつある時期だということです。

 

臨床試験差し止めといったニュースに触れると、遺伝子治療薬に対してネガティブな印象を持ってしまう人も多いかもしれません。これは投資家にも共通する感覚だとは想像しますが、講演後のあと参加者からいただいたフィードバックには「遺伝子治療に対して前向きにとらえ直すきっかけになった」といった声もありました。当たり前のことではありますが、センセーショナルな情報に惑わされず、可能な限り情報を集め、自分の頭で考えることはとても重要だと再確認する機会となりました。

 

※コラムの内容は個人の見解であり、所属企業を代表するものではありません。

 

黒坂宗久(くろさか・むねひさ)Ph.D.。Evaluate Japan/Consulting & Analytics/Senior Manager, APAC。免疫学の分野で博士号を取得後、米国国立がん研究所(NCI)や独立行政法人産業技術総合研究所、国内製薬企業で約10年間、研究に従事。現在はデータコンサルタントとして、主に製薬企業に対して戦略策定や事業性評価に必要なビジネス分析(マーケット情報、売上予測、NPV、成功確率や開発コストなど)を提供。Evaluate JapanのTwitterの「中の人」でもあり、個人でもSNSなどを通じて積極的に発信を行っている。
Twitter:@munehisa_k
note:https://note.com/kurosakalibrary

 

AnswersNews編集部が製薬企業をレポート

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