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創薬研究の「生産性向上」「効率化」とはどういうことなのか|コラム:現場的にどうでしょう

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ノブ

前回のコラムで、創薬における自社研究と外部リソースの活用について思うところを書いたところ、ありがたいことに様々なご意見をいただきました。私と同じような思いを抱いている方も多く、創薬研究の生産性向上や効率化というのは、やはり大きなテーマなのだとあらためて感じたところです。

 

いただいたご意見を踏まえて自分の書いた記事を読み返してみたのですが、そこでふと思ったのです。創薬研究の「生産性向上」や「効率化」とは一体どういうことなのだろうか、と。どちらももっともらしく使われる言葉ですが、イマイチ具体的ではありませんし、あるいはそもそも具体的に言い表すのが難しい言葉なのかもしれません。立場によっても違うのかもしれませんが、今回は創薬研究者の立場から研究の生産性向上や効率化という言葉について考えてみたいと思います。

 

生産性とは「アウトプット/インプット」?

まず手始めに「生産性」という言葉をウィキペディアで調べてみると、次のような説明がなされていました。

 

生産性=アウトプット/インプット

 

これは例えば、「投じた資金」と「得られた利益」の関係を考えるとわかりやすでしょう。ただ、創薬研究の生産性とはこんなに単純はことではないように思います。研究所を売却したり、研究者をリストラしたりして研究費を削減した企業が、その結果として数年後に利益率を大きく上げたとして、果たしてそれは「生産性が向上した」と言えるのでしょうか。

 

そこで考えたいのが、製薬企業は何のために存在するのかということです。(ここでは、お金を稼ぐという目的は一旦置いておいて)すべての企業は何らかの形で社会に貢献するために存在しているはずで、製薬企業には「健康の維持・増進や疾病の治療に貢献する」というわかりやすい存在意義があります。

 

「健康の維持・増進」「疾病の治療」と一言で言っても、そこに至るには長い時間を要するものも少なくありませんし(そもそも終わりがないものも多い)、ただでさえ人の一生が長くなっている現代で、人々の日常を支える医薬品がある日突然使えなくなるという事態は避けなければなりません。つまり、製薬企業は医薬品を提供し続けるために長期間、存続することが重要で、研究の生産性向上や効率化についてもそれを前提に考える必要があります。

 

存続すること=進歩する世界についていくこと

研究開発型の製薬企業が長い間存続するためには何が必要なのでしょうか?いろいろな要素があると思いますが、私が考えるのは、進歩する世の中にきちんとついていきながら、自分たちの立ち位置を確立していくことです。そのためには、会社の外の状況に常に気を配っておかなければなりません。

 

前回のコラムで述べた「強み」を考える上でも、ここが基本になります。近年の科学技術の進歩には目を見張るものがある一方、最先端だからと飛びついて競合他社と同じことをやっていても意味がありません。「世の中にはどんなものがすでに存在しているのか」「足りないものは何か」「ニーズはどこにあるのか」「自分たちにできそうなことは何か」「競合他社との1番の違いは何か」「他社と手を組むならどんな相手が必要か」「他社と組むとしたら自分たちは社内で何をするのか」……。そんなことを常に考える必要があります。

 

そうしたことを考えながら製薬企業が研究開発活動を行っていく上で指針となるのが「強み」です。強みがあるからこそ競合他社との差別化が可能になり、次に打つ手を考えることができます。

 

自社の強みと言える部分を他社に追いつかれないように育て、強みを生かして何かを生み出していく(製品やサービスの開発だけでなく、アセットを適切な価格で他社に売却することも含みます)。そのための適切な体制や仕組みを整えることこそが研究の効率化であり、生産性向上の本質なのではないかと考えています。

 

ただし、仕組みをつくるだけで生産性の向上や効率化が進むとは思っていません。何より大切なことは、仕組みをしっかり浸透させられるだけの意識や文化を作ることだと考えます。

 

文化をつくる

1つ具体例をご紹介します。米メルクではこれまで15年に渡り、個々のメディシナルケミストが持つ知識を共有し、拡散させるための文化の構築が検討されています。同社では、世界中のメンバーの知識を保管するための組織が運営されていて、あらゆる手法を用いて浸透を図る取り組みが行われているのです。詳しくはこちらの論文に書かれていますので、興味のある方は読んでみてください。

 

この取り組みについて私が最も感心したのは、便利な仕組みをつくったり、ハイテクなツールを導入したりしていることではなく、それらの活用を文化として根付かせることを目的としている点です。導入時は「すごく良い!」と思ったシステムも、社内(または部署内、チーム内)で認知され、使ってくれる人が増えなければ意味がありません。導入されたシステムやツールが、いつの間にか誰にも使われなくなり放置されているといったことは、どこ会社でも少なからずあるでしょう。

 

体制を変えるには時間がかかりますし、仕組みを文化として根付かせるのも大変なこと。効率化を志向する際、ポイントになるのはこうしたところです。「メルクがすごいことをやっているからウチでも!」と簡単にはいきません。そもそも体制を再現するのが困難ですし、メンバーの意識も日々変化していきますので、先の論文に書いてある通りにやったとしても上手くはいかないでしょう(個人的には、日本の製薬企業の規模ではメルクのようなやり方がフィットするところはないのではないかと思っています)。体制づくりや仕組みづくりを行う際は、会社の規模や目指す方向、メンバーの意識や技術レベルなど、自社にあった方法を選択する必要があります。

 

自社の強みを維持していくためには、どれくらいの頻度で新しい製品を世に送り出す必要があるのか。そのためにはどのようなメンバーに対してどのような環境を(ハードとソフトの両面で)整えていく必要があるのか。さらには、そうしたことを行うにあたってメンバーの意識をどういう方向に持っていく必要があるのか。そんなことを意識し、実行していくことが、自社の強みを生み育てられるオリジナルの文化をつくることなんだと思います。非常に難しいことですが、そうした理想を実現するためには、経営と現場の両方の視点がないと適切な答えを導き出すことはできないでしょう。

 

つまるところ、研究の生産性を向上さたり、効率を高めたりするということは、会社が目指す方向に対してメンバーが納得して働けるような環境を整え(これは経営と現場の両方の視点で考える必要がある)、それがきちんとワークする文化を浸透させ、社内外の状況に応じて更新し続けていくことなんだと思っています。

 

こう考えると、自社の生産性向上や効率化には何が必要なのか、どこからは必要ないのかを検討する際の基準が見えてきます。どこの会社でも共通して取り組んだほうがいい基本的なこともあるでしょうし、会社によってはフォーカスから外れたり、オーバースペックだったりで不要だというものもあるでしょう。

 

現場側の人間としても、華やかなメガファーマの環境を羨んでいるだけでは生産的ではありません。本当にその環境は必要なのか?構築したとして維持できるのか?有効活用できるのか?環境を整えるための活動は現実的なのか?そうした問いへの答えが「ノー」であった場合、納得できなければ自分はどうするべきなのか?一人ひとりが現実に即して考える必要があります。

 

全力で考える

研究の生産性向上・効率化には、どの会社にも当てはまる正解のようなものはありません。そして、生産性向上や効率化を実現するためには、職種や立場にかかわらず、会社に所属するメンバー全員が将来について深く考え、知恵を絞り、文化を根付かせていく必要があると思っています。

 

こうした活動は、目の前の仕事に比べると緊急性はありません。モノになりそうな新薬候補のほうがよっぽど緊急で、重要なことだと思うでしょう。ただ、緊急性が低いからといって放っておくと、いざやろうとした時にはすでに競合他社に置いていかれている、というような状況を生んでしまいかねない類の活動です。「偉い人が~」とか「現場の人間が~」ということではなく、皆さん一人ひとりが全力で真剣に考えるべきことなのです(以下の表は私の大好きな表で、今回のお話は右上の赤枠で囲んだ部分にあたります)。

 

緊急性高い/緊急性低い|重要度高い/重要度低い|やらないと重大な損失が発生する/自分や自組織の強み・成長の基盤となる|ほかの人に迷惑がかからない程度に/やらなくていい

 

研究の生産性向上や効率化は、非常に壮大なテーマです。近視眼的になることなく、自分にとって、組織にとって、会社にとって、何をしていくべきなのかを、ぜひ考えていただきたいと思います。

 

ノブ。国内某製薬企業の化学者。日々、創薬研究に取り組む傍らで、研究を効率化するための仕組みづくりにも奔走。Twitterやブログで研究者の生き方について考える活動を展開。
Twitter:@chemordie
ブログ:http://chemdie.net/

 

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