製薬企業は、自社の研究を通じて新薬を生み出す創薬ど真ん中の活動を行っている一方で、他社から開発中の新薬候補や上市済みの製品を導入(インライセンス)する活動も活発に行っています。
個人的に印象に残っているのは、2019年3月末に発表された第一三共とアストラゼネカの提携です。その中身は、第一三共の抗体薬物複合体「エンハーツ」を両社共同で開発・商業化するというもので、第一三共は対価として最大69億ドルを受け取る大型の契約でした。第一製薬由来のペイロードと三共由来の抗体が合併を機に組み合わさってこの薬が誕生したことを知り、当時、私は大変感動したのを覚えています。
この提携では、海外の製薬企業が日本のアセットをインライセンスしたわけですが、日本企業はどんな開発品に触手を伸ばしているのだろうか、とふと思うわけです。例えば、日本企業と米国企業のインライセンスに共通点や相違点はあるのだろうか、などと考えてしまうわけです。仕事でもプロジェクトとして受注することもありますが、ディール分析って面白いんです。分析結果を見ながらあれこれ想像をめぐらせたり、逆に妄想を裏付けられるかデータを眺めてみたり…。
日本は細胞治療、米国は遺伝子治療
2月に本欄に掲載された「低分子はまだまだオワコンではないと言える理由」では、Evaluateのデータを使って▽低分子▽抗体▽ペプチド・タンパク(中分子を含む)▽ワクチン▽次世代モダリティ――の5つのカテゴリで売上高や開発品目数を比較し、低分子はこの先も現役であり続けると書きました。今回は、同じカテゴリ分類で製品のライセンスに焦点を当てたデータを分析し、日米で傾向に違いがあるのかを考えてみたいと思います。分析は、2010年1月以降に締結されたディールのうち、買い手側の企業の本社所在地が日本または米国のものを対象に行いました。
全体像を見てみると、インライセンス数は米国が日本の約4倍、インライセンス金額は米国が約7倍と、ずれも日米で厳然とした大きな差がありました。
モダリティごとに見てみると、最も多いのは日米ともに低分子で、全体に占める割合はどちらも60%ほど。2番手は米国が次世代モダリティであるのに対し、日本は抗体となっています。直近の2018~21年に絞って見てみると、米国は低分子が50%を下回りましたが、日本は依然として50%以上をキープしています。米国では抗体と次世代モダリティが増加していますが、日本では次世代モダリティだけが顕著に増えています
次世代モダリティを細かく見てみると、日米間で大きな違いがあることがわかります。日本は細胞治療が約40%と最も多く、核酸医薬、遺伝子治療、遺伝子改変細胞治療がそれぞれ20%程度となっているのに対し、米国では細胞治療が20%を下回っていて、核酸医薬、遺伝子治療、遺伝子改変細胞治療がそれぞれ約25%となっています。ゲノム編集を除けば、日本企業が最も多くインライセンスしている細胞治療が米国では最も少なく、米国は遺伝子治療に比較的多くなっており、次世代モダリティと一口に言っても日米で力の入れ具合にくっきりと違いがあるのがわかると思います。
日本は5年遅れで米国を追いかけている?
経時的に見てみると、さらに面白いことがわかります。2010~13年、14~17年、18~21年と4年ごとに区切って変化を追っていくと、日本では細胞治療が大きく減少し、ほかのモダリティへのシフトが見られます。一方、米国では2010年当時から細胞治療は少なく、遺伝子治療の割合が顕著に増加しているのが特徴です。日本の18~21年のグラフは、米国の10~13年あるいは14~17年と似ており、少なくとも5年遅れて米国を追いかけているようにも見えます。
これら良いとか悪いとかいうことではなく、ここでお伝えしたいのは、こうした分析をすることで今何が起こっているのか、これから何が起こりそうかを知ることができるということです。先にも書きましたが、米国では近年、抗体のインライセンスが増えており、抗体の領域で何か新しい流れが出てきそうだということを予感させます。日米の抗体のライセンス動向をフェーズ別に見てみると、気になる違いがあることがわかりました。それはまた機会があればご紹介したいと思います。
※コラムの内容は個人の見解であり、所属企業を代表するものではありません。
黒坂宗久(くろさか・むねひさ)Ph.D.。Evaluate Japan/Consulting & Analytics/Senior Manager, APAC。免疫学の分野で博士号を取得後、米国国立がん研究所(NCI)や独立行政法人産業技術総合研究所、国内製薬企業で約10年間、研究に従事。現在はデータコンサルタントとして、主に製薬企業に対して戦略策定や事業性評価に必要なビジネス分析(マーケット情報、売上予測、NPV、成功確率や開発コストなど)を提供。Evaluate JapanのTwitterの「中の人」でもあり、個人でもSNSなどを通じて積極的に発信を行っている。 Twitter:@munehisa_k note:https://note.com/kurosakalibrary |