政府は、緊急時にワクチンや治療薬を迅速に承認する制度の創設を盛り込んだ医薬品医療機器等法の改正案について、今国会での成立を目指しています。厚生労働省の審議会がまとめた制度概要をもとに、緊急承認制度のポイントを整理しました。
遅れたコロナワクチンの実用化
緊急承認制度は、感染症の流行など緊急時にワクチンや治療薬をいち早く薬事承認する制度。検証的臨床試験を完了させる時間的猶予がない場合、安全性の確認を前提に、有効性が推定されれば承認することが可能になります。3月1日に閣議決定された医薬品医療機器等法(薬機法)改正案に盛り込まれ、政府は今国会での成立を目指しています。
同様の制度としては、米国の「緊急使用許可制度(EUA)」、欧州連合(EU)の「条件付き販売承認制度(CMA)」などがあり、新型コロナウイルス感染症に対するワクチンや治療薬の早期実用化に大きな役割を果たしました。一方、日本には、日本と同水準の承認制度がある国で流通している医薬品について、手続きを簡素化することで迅速に承認する「特例承認制度」があり、新型コロナワクチン・治療薬は主に同制度の下で通常より短期間で承認されてきました。
ただ、特例承認は通常の承認と同様に有効性を確認することが必要で、大規模臨床試験の結果をもとに欧米で使用が認められたワクチン・治療薬であっても、日本人を対象とした臨床試験を追加で行わなければなりません。このため、日本では新型コロナワクチンの実用化が欧米に比べて2~5カ月遅れました。そもそも特例承認は、海外で流通している医薬品を対象としているため、日本企業が世界に先駆けて日本で開発したものには適用することができません。
日本には、薬事承認を迅速化するための仕組みとして、特例承認のほかに「条件付き承認制度」がありますが、同制度は希少疾病用医薬品(オーファンドラッグ)などを対象としたもので、緊急時を想定したものではありません。このため、GMP調査や国家検定の免除といった審査を迅速化するための特例措置は適用の対象外です。
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こうした課題に対応するために創設されるのが、今回の薬機法改正案に盛り込まれた緊急承認制度です。
2年以内に有効性確認できなければ承認取り消し
緊急承認制度では、安全性を通常の承認と同等の水準で確認することを前提に、入手可能な臨床試験結果から有効性が推定できれば、検証的臨床試験を完了していなくても承認することができるようになります。
米国のEUAは、検証的臨床試験のデータを十分に揃える時間的猶予がない場合でも、限られたデータから有効性が推定され、ベネフィットがリスクを上回ると判断できれば、使用を許可することができ、緊急承認制度はこのEUAの考え方を参考にしています。
発動の要件は「国民の生命および健康に重大な影響を与えるおそれがある疾病の蔓延その他の健康被害の拡大を防止するために緊急に使用されることが必要な医薬品等であり、ほかに代替手段が存在しないこと」と定められており、具体的には感染症のアウトブレイクのほか、原子力事故、放射能汚染、バイオテロなどを想定。代替手段が存在しない状況としては、承認済みの医薬品では緊急時の医療上の必要性を満たせない場合に加え、承認済みの医薬品が存在するものの、供給面からほかの選択肢が必要な場合などが含まれます。
今回の緊急承認制度では、医薬品だけでなく、医療機器や再生医療等製品も対象。承認からおおむね2年の期限内に有効性が確認できなければ、承認は取り消されます。
緊急承認制度が創設されれば、海外の大規模臨床試験で効果が認められたワクチンについて、国内臨床試験を行わずとも承認できるようになったり、臨床第2相(P2)試験のデータやP3試験の初期のデータで治療薬を承認できるようになったり、といったことが想定されます。特例承認のように海外で流通していることを要件としないため、世界に先行して日本で開発が行われるワクチン・治療薬も承認できるようになります。
一方、医薬品開発では、少数の臨床試験で有効性が示唆されたとしても、後の大規模試験で覆ることが少なくありません。「有効性の推定」をどう判断していくかが大きなポイントになりそうで、運用には慎重さも求められます。緊急時の治療薬・ワクチンの早期実用化に向けては、承認制度上の対応に加え、十分な規模の治験を迅速に行える環境整備なども並行して進めていくことが重要です。
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