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圧倒的な小型化と低価格化で「X線を陽子線に置き換える」ビードットメディカル・古川卓司社長|ベンチャー巡訪記

更新日

亀田真由

製薬業界のプレイヤーとして存在感を高めるベンチャー。注目ベンチャーの経営者を訪ね、創業のきっかけや事業にかける想い、今後の展望などを語ってもらいます。

 

古川卓司(ふるかわ・たくじ)千葉大大学院修了。2004年に放射線医学総合研究所に研究員として着任。先進粒子線治療システム開発のグループリーダーを経て、17年にビードットメディカルを創業。20年から立教大理学研究科客員教授。

 

装置が巨大で、イニシャルコストが高い

――陽子線治療の装置を開発しています。まず、どのような治療か教えてください。

ビードットメディカルは、2017年に創業した放射線医学総合研究所(放医研)発のベンチャー企業です。放医研で培った技術とノウハウを活用し、これまでの常識を覆す「超小型陽子線治療装置」を開発しています。

 

がん治療で根治を目指せるのは外科手術と放射線治療です。日本ではそれほどプレゼンスはありませんが、欧米ではがん治療の50~60%が放射線治療。われわれは、通院で受けられる放射線治療の中でも、特に優れた治療法である陽子線治療を広めていきたいという思いで事業を進めています。

 

陽子線治療は、現在主流のX線治療と比べ、がんだけにダメージを集中させることができるという特長があります。X線では体表面に線量のピークが来てしまう一方、陽子線は体表面ではなく、特定の深さで線量を最大にすることができる。深さをコントロールできるので、正常細胞の破壊を最小限に抑えられ、副作用を軽減できます。臨床成績を見ても、生存率は陽子線の方が優れています。たとえば、膵臓がんではX線治療の生存率は20%ですが、陽子線治療は50%。臨床の医師の間でも「これからは陽子線の時代が来る」と言われています。

 

しかし、実際に陽子線治療を受けている患者さんは一握り。国内で行われる放射線治療のうち1%にとどまります。ほとんどの患者さんがX線治療を受けているのは、日本国内に陽子線治療を受けられる場所が18施設しかないからです。潜在的な患者さんが最も多いであろう東京都には1台もなく、治療を断念したという小児がん患者の声も聞いています。

 

――それはなぜでしょうか。

陽子線治療を普及するには装置を病院に導入していく必要があります。しかし、治療装置が巨大でイニシャルコストが高く、導入のハードルが非常に高いのが現状です。X線も陽子線も、機械が患者さんの周囲を回転しながら放射線を照射していくのは同じですが、陽子線装置の大きさはX線に比べて3倍。高さは3階建ての建物と同じくらいで、重さは200トンもあります。そこでわれわれは、陽子線装置の圧倒的な小型化と低価格化を目指しています。

 

X線の装置と同程度まで小型化

――どのように小型化を達成したのですか。

われわれの開発した機械は、X線の装置と同程度まで小型化できています。従来の陽子線治療装置と比べると、高さは3分の1、重さは10分の1です。

 

X線治療装置/従来の陽子線治療装置/ビービットメディカル陽子線治療装置/従来比約1/3の装置小型化を実現
射線治療装置の大きさ(同社提供)

 

陽子線の分野では、ここ20年くらい装置の小型化競争が繰り広げられていますが、他社の場合、従来の装置をそのまま小型化するケースが多く、根本的な改良には至っていません。その多くは、がんへの線量集中性を高めるために、大きな機械を回転させてさまざまな方向から陽子線を照射する「回転ガントリー」という技術を採用しています。これが、装置が巨大になってしまう原因です。

 

われわれは、ガントリーを360度回転させることなく、電磁石を使って陽子線を曲げることで多方向からの集中照射を可能にしました。これがわれわれのコアのアイデアです。

 

――小型化によってコストはどれくらい削減できるのでしょうか。

X線装置と同程度まで小型化したことで、医療機関でX線装置を置いていた設備を活用することが可能になります。

 

従来の陽子線治療装置は専用の大きな施設が必要で、放射線を遮断するため厚さ2mのコンクリート壁を備えた3階建ての高さの建物をつくらなければなりません。装置と建屋で約50億円の費用がかかってしまう上、維持管理費も大きく、導入後の収益確保は困難です。

 

一方、われわれの装置なら、病院がX線装置用に作った部屋に装置を導入できますから、バックヤードの整備を含めても20億円ほどまで導入費用を抑えることができます。5~15億円のX線装置に比べると高いですが、装置を更新する際に選択肢として考えられるので、陽子線治療の普及を後押しすると考えています。

 

――現在は原理実証試験中とのことですが、実臨床ではいつごろ使えるようになる見込みでしょうか。

大阪大の協力を得て、原理実証試験に向けて準備を進めています。後発医療機器として従来の陽子線装置と同等の物理的・電気的な性能を有しているかを確認する試験で、あわせて安全性も確認でき次第、薬事申請を行う見通しです。順調にいけば年内には承認されると考えていますが、病院での工事にはそれなりの期間が必要ですから、実臨床での使用は来年になるのではないかと思います。

 

「1人の患者さんだけでなく、社会に貢献したい」

――開発中の装置には、古川さんが放医研時代に開発した「呼吸同期スキャニング照射」という技術を活用しているそうですね。

10年ほど前に放医研で開発した技術です。塗り絵のように腫瘍の形に合わせて細いビームを照射していく「スキャニング照射」という技術を、肺がんや肝臓がん、食道がんなど、呼吸による移動を伴うがんに応用できるようにしたものです。われわれが開発している装置にもこの技術を取り入れています。

 

――当時は重粒子線を使っていたそうですが、陽子線で開発を進めているのはなぜですか。

陽子線治療と重粒子線治療は、基盤となる技術が極めて近く、同じ粒子線治療に分類されます。ただ、重粒子線の装置は今の陽子線装置の3倍の大きさがあり、値段もそれくらい違います。それだけ資金があれば、病院を建てることだってできてしまう。重粒子線治療を否定する気持ちはありませんが、いくら良い治療法でも、普及しなければ社会に変化をもたらすことはできません。

 

呼吸同期スキャニング照射を使って、それまでは治療できなかった肺がんや膵臓がんの患者さんを重粒子線で治療できたときは「開発してよかった」と感じました。でも、1人だけ助けても仕方ありません。毎年がんに罹患する人は100万人いるのに、放医研で100人治療するだけじゃだめだと思いました。陽子線を選んだのは、より社会に貢献したいという想いからです。

 

――「ユーザー置き去りの技術志向にならない」とも掲げています。

そうですね。僕はこれまでのキャリアの中で、大手電機メーカーと一緒に放射線治療の装置を開発してきました。その中で笑い話みたいなトラブルもいろいろ経験して、もやもやしたものを抱える中で、「もっと患者さんにできることがあるんじゃないか」と考えたんです。自分ならもっとできるはず。そう思ってビードットメディカルを立ち上げました。

 

世界のすべてのX線装置を置き換えたい

――販売目標を教えてください。

今、全国にX線装置は1000台あります。多くの医療機関では10年に1回くらいの頻度で買い替えますから、そのうち5~10%の病院に導入してもらえれば、10年で50~100台を置き換えることができる。

 

日本よりも放射線治療がポピュラーな米国や欧州は大きなマーケットだと考えていますし、中国なども含めて全世界で展開していきたい。2031年までに全世界で350~700台を販売するのが目標です。

 

将来的にはX線で治療しているすべての患者さんに陽子線治療を届けたいと思っています。今世界には1万4000台のX線装置がありますから、そのすべてを置き換えるには、少なく見積もっても20年、場合によっては30年仕事になる。今は「24年度に売上高100億円とIPO(新規上場)」というのを1つのマイルストンにしていますが、究極的にわれわれが目指しているのはX線装置の置き換えです。

 

――さらなる小型化も目指しているそうですね。

バックヤードと呼ぶ治療室以外の部分にはさまざまな部品が必要で、まだまだ場所を取る。X線装置との置き換えを達成するには、装置そのものだけでなく、バックヤードの小型化、低価格化もやっていかなければならないと思っています。

 

ただ、ビジネスを考えるとそこはさほど急務ではないとも考えています。というのも、陽子線治療はX線治療に比べて保険点数が高い。X線の装置に比べるとわれわれの装置は高いですが、「これからは陽子線治療の時代」という治療そのものへの期待もありますので、いますぐにバックヤードの小型化を行わなければならないわけではないと思っています。

 

もちろん、医療費の課題は重々理解していますので、いつまでもそのままにするつもりもありません。われわれは何度かNEDOやAMEDの事業に採択されていますが、審査の段階で「良い医療をすべての国民に提供したいけど、これ以上医療費が膨らむのも見過ごせない」という彼らの考えを感じることもあります。

 

粒子線治療の推進は、骨太の方針でも掲げられています。この4月からは治療の対象が拡大しますし、われわれがつくるまでもなく、陽子線治療の流れはできつつある。僕らはそれに乗っていただけ。後年、そんな風に振り返ることになるんじゃないかと思っています。

 

(聞き手・亀田真由)

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