製薬業界のプレイヤーとして存在感を高めるベンチャー。注目ベンチャーの経営者を訪ね、創業のきっかけや事業にかける想い、今後の展望などを語ってもらいます。
浅野智之(あさの・ともゆき)関西大工学部卒、同大大学院工学研究科修了。1996年に橋本化成(現ステラケミファ)に入社。ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)を新規事業として立ち上げ、2007年にステラファーマを設立。12年2月に代表取締役社長に就任し、2020年6月から現職。
上原幸樹(うえはら・こうき)大阪府立大農学部卒、同大大学院農学生命科学研究科修了。03年にステラケミファに入社。取締役研究開発部長、常務取締役開発本部長などを経て、20年6月に代表取締役社長に就任。 |
ステボロニン 国内2施設で順調に展開
――昨年5月、ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)に使用するホウ素薬剤「ステボロニン」を世界に先駆けて日本で発売しました。販売は順調ですか。
上原:現在、南東北BNCT研究センター(福島県郡山市)と大阪医科大学関西BNCT共同医療センター(大阪府高槻市)で治療が行われています。具体的な症例数は控えますが、新型コロナウイルスの感染拡大で心配していたものの、当初計画していたよりも順調に治療を受けていただいています。
――営業の体制は。
上原:ステボロニンの販売先は、今のところその2施設だけ。どちらかというと、頭頸部がんを診療する医師に「(2施設に)紹介していただけたらBNCTという治療法もあります」と伝える活動が中心です。
併用する加速器の販売をサポートする活動も行っています。ステボロニンと併用する機器として「BNCT 治療システム NeuCure」「BNCT 線量計算プログラム NeuCure ドーズエンジン」(住友重機械工業)があり、こちらの販売を支援しています。
浅野:BNCTの薬剤を扱っているのはわれわれだけ。装置が導入されれば、その装置でステボロニンを使用していただくことになります。その意味でBNCTは薬剤と装置の二人三脚の事業なので、われわれも薬だけでなく、加速器の勉強もしていかなければなりません。
加速器は、住友重機械工業のほかに国内外で2つのメーカーが開発を進めています。われわれはそのすべてに関わることになる立場なので、「加速器ごとの特性について教えてほしい」と医療機関からご相談いただくこともあります。加速器は導入資金がかかりますから。
――まずは広める活動に力を入れている。
浅野:BNCTは、ホウ素薬剤が入り込んだがん細胞に中性子線を当てて叩くという治療法です。ホウ素に中性子線がぶつかると核分裂が起こり、そのエネルギーでがん細胞を破壊します。
われわれが事業を始めたころは、BNCTは放射線治療を行っている医師にもほとんど知られていませんでしたが、今ではだいぶ知られてきたと感じています。
上原:ただ、MRから話を聞く限り、「頭頸部がんの治療法として保険適用された」ことがなかなか知られていない。これは、新型コロナの影響で学会がウェブ開催になってしまったことも大きく、その分、営業部で地道に活動を進めています。
原子力向けからスタート
――親会社のステラケミファが持つ「ホウ素同位体濃縮技術」をもとに事業化に着手したとのことですが、参入のきっかけは。
浅野:もともと、私は医薬品の「い」の字も知らず、ステラケミファで原子力発電プラントの核反応を制御するためのボロン(ホウ素)を開発していました。
BNCTを知ったのは、事業拡大のためボロンの新たな応用先を探していたとき。「ボロンを使ってがん治療をやっている」という話を聞いて、京都大の原子炉実験所(現・複合原子力科学研究所)に見に行ってみたのがきっかけです。
――それはいつごろでしょうか。
浅野:初めて見に行ったのが2000年ごろですね。ただ、その時点では二の足を踏みました。というのも、当時は原子炉でしかBNCTができなかったんです。よく効くとはいっても、原子炉がないとできないのなら一般医療にするのは難しい。だから、病院に置けるような中性子発生装置が実現したら本格的に始めようと考えました。
ちょうどそのころ、住友重機もBNCTの面白さに気付き、加速器開発の検討を始めた。「早く作ってくれんかな」と待っていたところ、6、7年くらいたってメドがついたと。非常に難しい技術なので、検討に検討を重ねたそうです。そうして、住友重機から正式に「できる」と連絡をもらったので、われわれも医薬品メーカーとしてスタートすべく、07年にステラケミファからスピンアウトしました。
――上原さんも当初から参画していたんですか。
浅野:原子炉実験所に行ったとき、ホウ素薬剤の開発と研究は大阪府立大で行っていて、私が共同研究を持ち込んだんです。そのとき研究室にいた学生が上原君でした。
上原:確か大学4年生でしたね。
「世界で唯一無二の企業に」
――異業種からの参入でしたが、どんな苦労がありましたか。
上原:それまでの研究で、効果が期待できることはわかっていました。ただ、GMPなどの厳格な規制を守りながら医薬品にしていくのには苦労しました。ノウハウがない中、技術を持っている製造委託先を見つけ、話をしながら製造体制を作り上げました。
化学メーカーである親会社は半導体関連をメインにしていて、製品開発のサイクルがすごく早いんです。半年や1年が普通。医薬品は1つ製品化するのに10年はかかりますから、そういった違いがある中で、最初はコンセンサスを得るのも容易ではなかった。
最終的には、当時の親会社会長が「なんとしてもやりたい」と考え、後押ししてくれました。トップに理解してもらえたのは大きかったですね。
――ここまでの手応えは。
上原:ずっと開発を担当してきたので、やはり、頭頸部がんでの承認につながった臨床第2相(P2)試験の結果が出てきたときには手応えを感じました。70%の患者さんで奏効し、23%くらいが完全奏効したとわかり、開発をやっていてよかったなと思いました。
頭頸部がんは顔の周りにできるので、見た目や機能障害を気にして手術を躊躇する患者さんも多い。BNCTでがんが縮み、見た目に影響なく手術ができたケースもあるそうです。そうした治療法を世の中に出せたのは、素直にうれしく思っています。
浅野:BNCTが注目されるようになり、装置の開発に企業が次々と参入してきていますが、われわれは医薬品のメーカーとして世界で唯一無二の企業になれると思っています。ボロンの技術は、他社がなかなか入ってこられない領域なんです。
きちんとデータを蓄積していけばBNCTも評価されていくでしょう。今後、どう発展させていこうかと考えています。
「応用の可能性は広い」
――再発悪性神経膠腫でもP2試験を行っていますが、今後の開発の展望について教えてください。
上原:具体的な進捗はお伝えできませんが、PMDA(医薬品医療機器総合機構)と協議を進めています。頭頸部がんとともに先駆け指定を受けていますので、承認まで持っていきたいです。
これとは別に、高悪性度再発髄膜腫を対象に大阪医科大が医師主導治験を行っています。また、CICSが開発した加速器を使い、国立がん研究センターが悪性黒色腫と血管肉腫を対象としたP1試験を実施中です。BNCTはメカニズム上、いろんながんに広く効果が期待できますので、今後も積極的に取り組んでいきたいと考えています。
中性子の照射前に治療効果や副作用を予測する方法として、新規のPET薬剤も開発しています。これを使えば、治療前に「薬剤ががん細胞に集まっているかどうか」「周囲の正常な組織に入り込んでいないか」を画像診断で確認できるので、治療の確度を高められると期待しています。
――新規製剤の開発も進めています。昨年1月には、東京工業大などと共同で、ポリビニルアルコールを添加した製剤を開発すると発表しました。
上原:ステボロニンはフェニルアラニンにホウ素を標識したもので、古くから研究されている化合物です。BNCTの普及を目指す上では、まず加速器を広めていかなければなりませんから、最速で開発できる薬剤としてステボロニンを選びました。
ステボロニンが承認された今、BNCTを広める土壌はできたと思っています。ここからは、より良い薬剤を開発していかなければならない。東工大と組んでいるのは、そのシーズのうちの1つです。
――海外展開についてはどう考えていますか。
浅野: BNCTは原子炉で臨床研究できるので、すでに研究の進んでいる台湾やフィンランドなどを中心に展開していこうと思っています。(市場として)大きいのはアメリカ。日本での承認を受けて、アメリカでもがんセンターが中心となって導入に向けて動いています。
――将来的に、BNCTはどれくらいの市場になると見込んでいますか。
浅野:BNCTの応用可能性を考えると、巨大な市場を築けるはず。薬剤としても、大型の抗がん剤と同じくらいの規模は期待できると思っています。
上原:BNCTは、陽子線治療や重粒子線治療と同じように、大型の加速器を導入してもらい、そこに対して薬剤を供給していくものです。ようやく日本で市場をつくり始めたところですので、まずは陽子線治療や重粒子線治療の患者規模を目標にしたいと考えています。といっても、これらの治療法から患者さんを奪うというわけではありません。
放射線治療は基本的に、生涯で1回しか受けられません。ヒトの耐容線量は決まっているので、仮に放射線治療の後に再発しても、もう一度行うのは難しい。ですが、BNCTはがんに選択的にエネルギー当てることができるので、もう一度行うことが可能になる。化学療法や外科的手術とも組み合わせ、これまでできなかったことができる治療法だと思っています。
そうした意味で、これまでの治療法とは独立した役割を担うのがBNCT。こうしたニッチなところを集めたら、巨大な市場もつくれるのではないかと思っています。
※※※
2021年1月15日、ステラファーマは東証に新規上場を申請しました。同社は、「適応拡大や海外展開を通じてBNCTを普及・発展をさせていきたい。そのためにも上場を成功させ、会社の知名度や信用度を向上させることで良い人材を確保するなど、活動を推進していく力を得たいと考えています」とコメントしています。
(聞き手・亀田真由、写真はステラファーマ提供)
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