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「サプライチェーンを構築し、腸内細菌叢移植療法を早く患者に届ける」メタジェンセラピューティクス・中原拓CEO/石川大CMO|ベンチャー巡訪記

更新日

亀田真由

製薬業界のプレイヤーとして存在感を高めるベンチャー。注目ベンチャーの経営者を訪ね、創業のきっかけや事業にかける想い、今後の展望などを語ってもらいます。

 

中原拓(なかはら・たく)バイオインフォマティクス研究者としてキャリアを開始。自身が関わった研究で2008年に北海道大発ベンチャーを製薬企業と創業し、バイオインフォマティクス責任者を務めた。内資大手消費財企業、ベンチャーキャピタルを経て20年にメタジェンセラピューティクスを創業。Ph.D、MBA。

石川大(いしかわ・だい)順天堂大大学院医学研究科修了。米ケースウエスタンリザーブ大で免疫メカニズムと腸内細菌-免疫関係について研究し、14年から順天堂大で潰瘍性大腸炎に対する腸内細菌叢移植療法を開始。16年から同大医学部消化器内科准教授、腸内細菌療法の臨床研究責任者を務める。17年からメタジェンCMO。20年からメタジェンセラピューティクスCMO。医師、医学博士。

 

便を移植して腸内環境をガラッと変える

――FMT(腸内細菌叢移植)の実用化に取り組んでいます。まず、どんな治療法か教えてください。

石川:FMTは「便移植療法」とも呼ばれる、「健康な人の腸内細菌を移植して、患者さんの腸内環境をガラッと変える」というドラスティックな治療法です。潰瘍性大腸炎を対象に、順天堂大の私の研究チームで2014年から臨床研究を行っています。中原と私が率いるメタジェンセラピューティクスは、FMTの実用化に向けたサプライチェーンの構築を担っています。

 

潰瘍性大腸炎は指数的に患者数が増加している病気の1つで、国内の推定患者数は約22万人。国の指定難病で、既存の治療では完治できないと言われています。私は順天堂大で消化器内科医としてこの疾患を専門にしていますが、既存治療がうまくいかず下痢や血便といった症状で長く悩む患者さんや、疾患が原因で学校生活や就職がうまくいかない患者さんを診療しています。一過性の症状改善である「寛解」ではなく、「根本的な治療法はないのか」と考える中でたどり着いたのがFMTです。

 

もともとFMTは、抗菌薬の服用で起こる腸炎「クロストリジウム・ディフィシル感染症」に奏功することが知られていました。一方で、炎症性腸疾患の多い欧米の研究から、腸内細菌の乱れと潰瘍性大腸炎が深く関係していることも明らかになってきていた。実際は、腸内環境の乱れが病気につながったのか、病気になったから乱れたのかはわからなかったのですが、基礎研究の知見と、いくつかの海外の臨床研究の報告に背を押される形でFMTの臨床研究を始めました。研究を行う中で非常に効果の出る患者さんも多くいたことから、根本治療につながるのではないかという期待をもって研究を続けてきました。

 

――移植はどのように行うのでしょうか。

石川:われわれの方法では、まず患者さんに3種類の抗生物質を2週間服用してもらい、腸内細菌を一掃します。その後、健康なドナーの便から抽出した腸内細菌叢溶液(便溶液)を大腸内視鏡を使って大腸の奥へ投与する。生きた腸内細菌を患者さんの体内に住み着かせることで、腸内環境を変えようというアプローチです。

 

免疫を抑制するような副作用はなく、大腸検査と同等の投与方法となるので、大きな負担はありません。懸念されるのは感染症のリスクですが、スクリーニングで安全にでき、これまでの臨床研究では大きな有害事象は出ていません。

 

「献血事業の便バージョン」

――FMTの実用化を目指す中で、MTGxは何をしているのでしょうか。

中原:MGTxは「FMTの社会実装」と「マイクロバイオーム創薬(MB創薬)」を事業の柱にしていますが、FMTの事業は、簡単に言うと「献血事業の便バージョン」です。

 

順天堂大で臨床研究を開始した14年から7年間、ドナーから集めた便の処理、安全性チェック、内視鏡での投与というすべての工程を石川1人でやってきました。そんな状況でしたから、これまでに順天堂でFMTの研究に参加したのは200人程度にとどまります。

 

かたや海外に目を向けると、米国や中国、オーストラリアには便溶液を用意するサプライチェーン組織があり、そのおかげで数万件というオーダーでFMTを実施できている。MGTxとしてはまず、このサプライチェーンを整備するポジションを狙っています。

 

――サプライチェーン構築に向けた取り組みは。

中原:オペレーショナルには、規制をクリアしながら(1)ドナー集め(2)便の抽出・処理(3)安全性の確認(4)医療現場への流通――というバリューチェーンをつくり上げることに取り組んでいます。

 

ドナー集めには2つのチャレンジがあります。1つは、感染症リスクなどを調べるスクリーニングプロセスに間違いがないようにすること。もう1つは、健康な人をどう集めるか。献血と違い、便ドナーは相当健康な人でないといけません。米国で、100人応募があってドナーになれるのは2~3人程度。日本人はもう少し健康であってほしいと思いますが、それでも基準は厳しい。便ドナーの募集があることを広く知ってもらい、多くの人に協力してもらえる流れをつくっていきたいと思っています。

 

もう1つの大きな課題であるレギュラトリーフレームでは、厚生労働省をはじめとする関係官庁と議論を進めています。彼らは非常にサポーティブですが、何しろこれまでにない製品ですので、誰も歩いたことのない道を進まなければならない。そこはバイオベンチャーであるわれわれの使命だと思っています。

 

「FMTを活用したリバーストランスレーショナル創薬」

――MB創薬についても教えてください。

中原:マイクロバイオーム(=細菌叢)創薬は、グローバルで伸びている分野です。生菌そのもの(生菌製剤)もあれば、MBをコントロールするためのプレバイオティクスやプロバイオティクスなど、いろんなアプローチがあります。

 

ハイプカーブでいえば、最も期待が高かったのが2018年くらい。いまは幻滅期が落ち着いてきたところで、今年半ばには第1号として米セレス・セラピューティクスがクロストリジウム・ディフィシル感染症に対する生菌製剤を申請するとみられています。炎症性腸疾患(IBD)でも数社が臨床試験を進めていますし、がん免疫療法との関連も注目の的です。MB創薬を活用すれば免疫チェックポイント阻害薬の効果を引き上げることができるのではないかと期待されています。プレイヤーは海外ベンチャーが中心ですが、武田薬品工業がスイス企業と共同研究を行うなど、大手企業も参入しています。

 

こうした競合下で、われわれは「FMTを活用したリバーストランスレーショナル創薬」というコンセプトを考えました。たとえば、石川がこれまでの研究で発見した「IBDによく効く菌」を製剤化するとか、FMTにはそういうチャンスが眠っているんですね。

 

このリバーストランスレーショナル創薬のコンセプトは、AMED(日本医療研究開発機構)の事業にも昨年採択されました。まずは、炎症性腸疾患に対するシーズ創出を目指し、順天堂大と協働していきます。

 

――パイプラインもすでにいくつか持っています。

中原:モダリティとしては低分子と生菌製剤があり、IBD、アレルギー疾患、ウイルス感染症の3つの疾患で、それぞれ研究プログラムを進めています。研究のメインドライバーは大学との共同研究です。

 

「逆風の中で進めてきた」

――MGTxはメタジェンの関連会社として2020年に設立されました。中原さんがCEOとして起業した経緯を教えてください。

中原:メタジェンは、CEOの福田真嗣・慶応義塾大特任教授とCTOの山田拓司・東京工業大准教授が2015年に山形県鶴岡市に設立したベンチャーです。2人はMGTxの共同創業者でもあり、「メタボロゲノミクス」という、マイクロバイオームの遺伝子解析(メタゲノム解析)とメタボロミクス(代謝物解析)を駆使してバイオロジーを紐解く学問領域でトップの研究者です。

 

私がMBの可能性に触れたのは、米国での起業経験を経て、帰国後にベンチャーキャピタルに勤めていた時です。ちょうどMB創薬がぐっと伸びていたタイミングで、投資サイドとしてポテンシャルを感じました。その後、メタジェンと出会って福田、山田、石川という最高のチームが日本でMBサイエンスをやっていると知った。ここに自分のベンチャー経験、投資家としての経験を当てはめてみたらもっと可能性が広がるのではと思ったのがきっかけです。

 

――石川さんは、MGTx設立より前の17年にメタジェンにCMO(チーフメディカルオフィサー)として参画しています。

石川:先ほど話したように、僕は14年にFMTの臨床研究を始めたんですが、誤解をおそれずに言うと、かなり逆風の中でやっていたんですね。「便なんて、大丈夫?」みたいな。メディアでの取り上げられ方も「不思議な治療」みたいな感じで、ちょっとキワモノ的な扱いでした。

 

治療を受けた患者さんの結果を紹介医に説明したり、研究成果をまとめた論文や学会発表が海外で賞をもらったり、そういう中で専門の先生方に理解してもらえるようになってきました。僕としては、FMTの効果も重要ですが、開始当時から一貫して腸内細菌サイエンスとしてFMT研究に取り組んでいた。それを早くから理解してくれたのが福田と山田だったんです。

 

FMTの実用化を目指す僕の原動力はやはり、患者さんを治したいという思いです。メタジェンは「病気ゼロ」を目指し、病気の予防や食品など多岐にわたる事業を手掛けていますが、一番ストレートなのは治療。常に治療への最短距離を考えているので、中原が先頭を切ってMGTxを立ち上げるなら、乗らないわけはなかったんです。

 

既存の医薬品のバリューアップにも期待

――今後の展望を聞かせてください。

中原:FMTの社会実装は、できるだけ早く、ちゃんとした治療を患者さんに届けるのをプライオリティに置いています。

 

石川:潰瘍性大腸炎に対しては、私が順天堂大で特定臨床研究を進めている最中ですが、先進医療の開始を目指しています。最終的には保険償還を狙っていて、そこからMGTxと広く社会に届ける活動をしていきたい。潰瘍性大腸炎で実用化したあとは、クローン病などほかの疾患への適応拡大も目指します。

 

中原:創薬はより長い時間軸で考えています。さまざまな企業と連携しながら、生菌製剤を作るための技術などを蓄えていきたい。FMTと創薬の2つの事業を進める中で、日本人の腸内環境のデータをビルドしていくことも極めて重要と考えています。

 

中長期的には、FMTをプラットフォーム技術として製薬会社に提供することも考えています。協業で新たな菌やそのMOAを解明できれば、将来の可能性にもつながります。MB創薬が免疫チェックポイント阻害薬の効果を引き上げる可能性があるという話をしましたが、腸内細菌と組み合わせることで製薬企業のパイプラインのバリューアップにつながるチャンスもあるのではないかと期待しています。

 

石川:これはひとつの夢ですが、僕はMGTxと大学が連携することで、将来的には「腸内細菌診療科」みたいに、従来の臓器別診療科を横断した研究につなげることもできるんじゃないかと思っています。僕自身、消化器内科医として働いていますが、そういった枠組みができればアレルギー疾患やがんもひっくるめて治療できる。順天堂大も19年から産学連携に力を入れていますので、一緒に組めたら一気にFMTの可能性が広がるのではないかと思っています。

 

(聞き手・亀田真由)

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