今、世界で最も価値の高い新薬の研究開発プロジェクトは――。英調査会社エバリュエートが7月に公表した製薬業界動向レポートによると、今年6月時点の正味現在価値が最も高かったのは、米イーライリリーが2型糖尿病などを対象に開発しているGIP/GLP-1受容体作動薬Tirzepatide。2位は米ノババックスの新型コロナウイルスワクチンで、日本企業からは第一三共の抗TROP2 ADC「DS-1062」が唯一トップ10にランクインしました。
トップは米リリーの糖尿病治療薬
エバリュエートの製薬業界動向レポート「ワールドプレビュー」に収録されている「最も価値の高い研究開発プロジェクト」ランキングは、研究から申請段階にある新薬開発プロジェクトについて、証券アナリストのコンセンサスによる売上高予測をベースに、正味現在価値(NPV。プロジェクトによって将来もたらされるキャッシュフローの現在価値から投資額を引いた額)を算出し、ランキングしたもの。7月に公表された2021年版では、今年6月2日時点でのNPVをもとにランキングしています。
その結果、現在、世界で最も価値の高い研究開発プロジェクトとなったのは、米イーライリリーのGIP/GLP-1受容体作動薬Tirzepatide(開発コード・LY3298176)で、正味現在価値は221億800万ドル(約2兆4098億円)。現在、2型糖尿病、肥満、慢性心不全(左室駆出率が保たれた心不全=HFpEF)の3適応で臨床第3相(P3)試験が、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)の適応でP2試験が行われています。2026年の世界売上高は48億200万ドル(約5234億円)と予測されており、日本では肥満と糖尿病が開発後期、NASHが開発中期の段階にあります。
2位はノババックスのコロナワクチン
2番目に価値が高かったのは、米ノババックスの新型コロナウイルスワクチン「NVX-CoV2373」(開発コード)で、正味現在価値は127億3200万ドル(約1兆3878億円)、26年の世界売上高は71億2200万ドル(約7763億円)と予測。新型コロナワクチンでは、米ファイザー/独ビオンテック、米モデルナ、英アストラゼネカが先行し、ノババックスはこれらを追う立場ですが、アナリストのコンセンサスではこれら4つのワクチンのうちノババックスのものだけが唯一、26年まで売り上げを伸ばし続けるとみられています。同社のワクチンは組換えタンパクワクチンで、製造コストが比較的安く、冷蔵での保存が可能なため、低・中所得国を中心に広く普及すると考えられるからです。
ノババックスは年内に米FDA(食品医薬品局)に緊急使用許可を申請する見通しで、日本では製造・販売を担う武田薬品工業が来年初頭の供給開始を目指しています。
3番目に価値が高かったのは、イーライリリーのアルツハイマー病治療薬Donanemab(開発コード・LY3002813)。正味現在価値は123億8100万ドル(約1兆3495億円)で、26年の世界売上高予測は19億ドル(約2071億円)。抗アミロイドβ抗体の同薬は、早期アルツハイマー病患者を対象に行ったP2試験で良好な結果を発表しており、今年後半に迅速承認を求めて米国で申請する予定です。
第一三共のADC 日本企業創製で唯一トップ10に
これら3プロジェクトに続く4位と5位は、米ブリストル・マイヤーズスクイブが乾癬など幅広い自己免疫疾患で開発を進めているTyk2阻害薬「BMS-986165」(一般名・deucravacitinib)と、ベルギー・アルジェニクスが重症筋無力症の治療薬として申請中の抗FcRn抗体Efgartigimod(一般名)。このほか、国内では協和キリンが開発している米リアタ・ファーマシューティカルズのNrf2活性化薬Bardoxolone Methyl(開発コード・RTA402)や、スイス・ロシュの抗TIGIT抗体Tiragolumab(開発コード・RG6058)などもランクインしています。
日本企業が創製した新薬候補では、第一三共の抗TROP2抗体薬物複合体「DS-1062」(一般名・Datopotamab Deruxtecan)が唯一、上位10プロジェクトに名を連ねました。正味現在価値は61億4000万ドル(約6693億円)、26年の世界売上高は12億1200万ドル(約1321億円)と予測。非小細胞肺がんでP3試験、トリプルネガティブ乳がんでP1/2b試験を行っており、2025年度までの承認取得を目指しています。
価値の高い上位10プロジェクトに唯一、複数の開発品をランクインさせたイーライリリーは、売上高に占める研究開発費の割合が世界の製薬大手で最も高い部類に入ります。同社の2020年の研究開発費は60億8600万ドルで、売上高に対する比率は24.8%。AnswersNewsのまとめによるとイーライリリーの研究開発費率は、米バイオジェン(29.7%)、米メルク(28.2%)、ブリストル(26.2%)に次いで高い水準となっています。
世界の研究開発費 年平均4%増加
製薬企業の研究開発投資は今後も膨らみ続ける見通しで、エバリュエートは全世界の医薬品研究開発費が20~26年にかけて年平均4.2%増加すると予測。26年には、トップのロシュ(140億ドル)や2位の米ジョンソン・エンド・ジョンソン(122億ドル)など5社が医薬品の研究開発に年間100億ドル以上を投じることになるとみられ、上位10社のほとんどは研究開発費の伸びが世界の平均を上回ると予測されています。
一方、全世界の処方箋薬の総売上高は21~26年度に年平均6.4%成長し、研究開発費の伸びを2ポイント以上、上回る見通し。26年の処方箋薬売上高は、米アッヴィが593億ドルでトップとなり、2位ロシュ(583億ドル)、3位スイス・ノバルティス(573億ドル)となる予想です。アッヴィは主力の自己免疫疾患治療薬「ヒュミラ」が23年に米国で独占権を失うものの、同「リンヴォック」「スキリージ」が伸び、同社を世界一に押し上げるとみられます。
26年に世界で最も売れると予想される医薬品は、メルクの免疫チェックポイント阻害薬「キイトルーダ」。世界売上高は269億2300万ドルに達し、2位の同「オプジーボ」(149億3300万ドル)に大差をつける見込みです。