中長期の医薬品産業政策の指針となる「医薬品産業ビジョン」が8年ぶりに改訂されました。向こう5~10年を視野に、医薬品産業の目指す方向を「革新的創薬」と「医薬品の品質確保・安定供給」と明記。医薬品産業を取り巻く環境の変化を踏まえ、「革新的創薬」「後発医薬品」「医薬品流通」「経済安全保障」の4点にフォーカスした産業政策を展開していくとしています。
「革新的創薬」「後発品」「流通」「経済安全保障」に焦点
厚生労働省は9月13日、医薬品産業政策の中長期的な方向性を示す「医薬品産業ビジョン2021」を公表しました。従来のビジョンは2013年に策定されたもので、今回は8年ぶりの見直しとなります。
新ビジョンでは、向こう5~10年で目指す医薬品産業政策の方向として、▽世界有数の創薬先進国として、革新的創薬による我が国の健康寿命の延伸に寄与するとともに、医学研究や産業技術力の向上を通じ、産業・経済の発展に寄与すること▽医薬品の品質確保・安定供給を通じて、国民が安心して良質な医療を受けられる社会を次世代へと引き継いでいくこと――と明記。これらを実現するには「投資に見合った適切な対価の回収の見込みが重要である」と強調しています。
8年で環境は大きく変化
旧ビジョンの策定から8年間で、医薬品産業を取り巻く環境は大きく変化しました。世界市場を見渡すと、売り上げ上位の品目はバイオ医薬品が中心となり、再生医療や細胞・遺伝子治療などモダリティが多様化。医療の個別化が進み、開発の難易度は上昇している一方、治療用アプリなど医薬品の枠を超えた治療手段を模索する動きも活発化してきました。
国内市場に目を転じれば、2年に1度だった薬価改定は今年度から毎年行わるようになり、再算定のルールは厳格化。後発医薬品の使用割合はこの10年で2倍になりました。一方、後発品企業を中心に不正製造が相次ぎ、サプライチェーンがグローバルに広がる中で特定の国に原薬の供給を依存するリスクも顕在化しています。新型コロナウイルスのパンデミックでは国産ワクチンの開発で世界に後れをとり、日本の医薬品産業の競争力低下を懸念する声が高まりました。
こうした環境変化の下、新ビジョンでは「革新的創薬」「後発医薬品」「医薬品流通」の3分野にフォーカスし、「経済安全保障」の視点を加えつつ産業政策を進めていくと明記。「従来は製薬企業であればすべからく産業政策の対象としてきたが、国として割くことができるリソースには限りがある」とし、ターゲットを絞って政策を展開していく方針を示しました。
革新的創薬「エコシステム」を重視 後発品は「供給責任を強化」
ここからは、新ビジョンで掲げられた▽革新的創薬▽後発品▽医薬品流通▽経済安全保障――の4つの政策領域について、それぞれ施策の方向性を見ていきます。
革新的創薬
革新的創薬では、エコシステムによるイノベーション創出の取り組みに重点が置かれています。「特定領域に特化した技術を有する企業やアカデミアの存在感が増し、世界的にも水平分業が進んでいる」とし、アカデミアやベンチャー企業との連携確保はこれからの革新的新薬開発の必須条件と指摘。ベンチャー企業やアカデミアを重要な支援対象と位置付け、多様な主体が交流するオープンイノベーションコミュニティの整備を政府主導で進めていくことを盛り込みました。
研究開発の難易度が高まり、投資リスクが増大していることを踏まえ、公的な研究開発資金を呼び水として民間資金の流入を活性化する方針も明記。感染症治療や難病・希少疾患治療薬などについては、研究段階から上市後を見据えた伴走支援を行っていくとしたほか、ゲノム・オミックス・データやリアルワールドデータの活用を進めるため、国がその環境を整備していく必要性にも言及しています。
後発医薬品
後発品については、使用割合が約8割に達する中、「後発品企業は、品質担保に関する責任の重さを改めて認識するとともに、医療現場に継続して安定的に供給することの重要性を再認識すべき」とし、価格競争に陥りがちなビジネスモデルが限界を迎えていることを指摘。安定供給に関する責任の法的な位置付けを検討するとともに、供給や品質に対する取り組みについて情報開示を進め、医療機関が価格以外の要素で採用する後発品を選ぶような環境を作っていく必要があるとしています。
近年、後発品企業で品質管理・製造管理の不備が相次いで発覚していることを受け、製造する品目数や量に見合った管理体制が確保されているかを承認段階とその後の定期的なGMP適合調査で確認することも明記。共同開発については「規制緩和のあり方について、規格揃えのあり方とあわせて見直し検討を行う」としています。
医薬品流通
医薬品流通では、卸の存在意義を強調するとともに、長年の商慣行によって効率化・適正化が進んでいない点を課題として指摘。国としても、単品単価取引の促進など流通改善に向けた支援を行っていく方針を示しました。
医療上の必要性が高く、安定的な確保が求められる医薬品については、欠品情報を把握するために流通在庫や出荷状況を収集する緊急時の仕組みを官民で検討することを盛り込み、需給が逼迫した場合に国が流通を管理する方策についても、法的な位置付けを含めて検討することも明記しました。
今回の新型コロナウイルスの感染拡大のような事態に備え、ワクチンや治療薬の配送の仕組みを事前に検討しておくことにも言及しています。
経済安全保障
経済安全保障の観点では、サプライチェーンの強靭化とワクチン・感染症治療薬産業の育成が柱。サプライチェーンの強靭化に向けては、在庫の積み増しや調達先の分散などを企業に求めていくとともに、薬価制度上の対応や、いわゆる「プル型インセンティブ」を検討するとしています。
ワクチン・感染症治療薬産業の育成では、投資回収が見込みづらいことや事業性が低いことなどを課題として指摘。緊急時に特別に使用を認める制度や、国による買い上げ制度を検討することを盛り込んでいます。
新ビジョンでは、「官民でKPIの設定・把握を行いながら、医薬品産業の現状や展望、求められる改革や支援などについて実務的に確認・議論していくことが重要」としています。KPIとしては、▽グローバル売上高上位100品目に占める日本起源医薬品の数▽グローバル売上高上位品目の日本市場での上市順位と上市までのタイムラグ▽日本企業の海外売上高▽日本の医薬品分野での技術導出▽製薬企業の研究開発費▽アカデミア・ベンチャー発のシーズの導出数――などが想定されており、今後、「官民対話」の実務者ワーキンググループで検討していく考えです。
新ビジョンは、「革新的創薬」と「品質確保・安定供給」を実現するには、「投資に見合った適切な対価の回収の見込みが重要」としていますが、その具体的な形である薬価をめぐっては、政策に対する業界の反発も強まっています。日本の医薬品産業の競争力強化に向けては、両者が認識をともにし、共通のゴールへと進んでいくことが重要です。