がん患者の生活の質(QOL)を維持・改善するのに重要な役割を果たす「がんサポーティブケア」。治療薬の開発も活発化しており、今年4月には初のがん悪液質治療薬「エドルミズ」が発売されました。がん悪液質は生命予後にも悪影響を及ぼすとされ、専門家は治療薬の登場に期待を寄せています。
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予後にも影響する悪液質
治療薬の進歩などを背景に、がん患者の生存率は多くのがん種で年々上昇しています。より長期の生存が得られるようになっている中、重要性を増しているのが、生活の質(QOL)の維持・改善に大きな役割を果たすサポーティブケア(支持療法)です。サポーティブケアは、QOLのみならず生命予後にも影響を与えるとされ、京都府立医科大の高山浩一教授(呼吸器内科)は「がん治療を進めていくには、がんそのものに対する治療だけでは難しい場合がある。支持療法とがん治療は車の両輪で、支持療法が進めばがん治療もやりやすくなる」と指摘します。
そうしたサポーティブケアに用いる薬剤として、今年4月に発売されたのが、小野薬品工業のがん悪液質治療薬「エドルミズ」(一般名・アナモレリン塩酸塩)です。適応は、非小細胞肺がん、胃がん、膵がん、大腸がんにおけるがん悪液質。ピーク時の年間投与患者数は12万人と予測されています。
体重減少や食欲不振を特徴とする代謝異常症候群
がん悪液質とは、がんに伴う体重減少や食欲不振を特徴とする複合的な代謝異常症候群。海外の研究によると、消化器がんや肺がんでは半分以上の患者ががん悪液質を合併しているとされます。がん悪液質は患者のQOLや生命予後に大きな影響を及ぼしますが、これまでがん悪液質の治療薬として承認された薬剤はありませんでした。
がん悪液質の原因の1つとして考えられているのが、がんに対する生体反応として起こる炎症反応です。慢性的な炎症が代謝異常を引き起こし、骨格筋の減少を伴う体重減少や食欲不振を招くと考えられています。がん悪液質によって衰弱が進むと、抗がん剤などによる治療も難しくなるため、早期の治療介入が重要です。
「臨床家の注目は上がっている」
エドルミズは、グレリン様作用薬と呼ばれる作用機序を持つ経口薬。グレリンは、主に胃から分泌される内在性ペプチドで、受容体に結合すると、体重、筋肉量、食欲、代謝を調節する複数の経路を刺激します。エドルミズはこれと同様の働きをすることで、がん悪液質患者の体重と筋肉量を増加させ、食欲を亢進させます。
肺がんのがん悪液質患者を対象に国内で行われた臨床試験では、脂肪を除いた体重量がエドルミズ投与群で平均1.38kg増加した一方、プラセボ群では平均0.17kg減少。消化器がんのがん悪液質患者を対象に行われた臨床試験では、被験者の63%に体重の維持・増加が認められ、食欲の改善も見られました。
京都府立医大の高山教授は「がん悪液質はこれまで介入が難しかった。治療薬が登場したことで、がん悪液質が治療の対象であるという認識が広がり、臨床家の注目が上がっている」とし、治療の進展に期待を寄せています。
筋力増加までは認められず
一方で課題もあります。肺がんのがん悪液質患者を対象とした臨床試験では、骨格筋の増加は認められたものの、筋力の有意な増加は見られませんでした。筋力を維持・向上させるには、筋肉に負荷をかける運動療法を行う必要があります。また、エドルミズの対象となるのは、肺がん、胃がん、膵がん、大腸がんに限られ、それ以外のがんにおける悪液質には使うことができません。急激な体重減少は、頭頸部がんや婦人科がんでも起こりやすく、こうしたがん種への適応拡大を求める声もあります。
とはいえ、初の治療薬が登場したことには大きな意義があります。「悪液質の治療によって、がん治療を続けられる患者が増えるのではないかと期待している。これまで治療を中断せざるを得なかった患者が治療を継続できるようになれば、それが予後の改善につながっていく可能性がある」と高山教授は話します。