新型コロナウイルスワクチンの開発で海外に大きな後れをとった日本。政府が、国産ワクチンの開発・製造体制強化に向けた新たな戦略をまとめました。「周回遅れ」と批判される状況を挽回することができるのか。国の本気度が試されます。
「長期継続的に取り組む国家戦略」
政府は6月1日、国産ワクチンの開発・生産体制の強化に向けた新たな戦略を閣議決定しました。新型コロナウイルス対策で国産ワクチンの開発が遅れた反省を踏まえ、ワクチン開発・生産体制の強化を「長期継続的に取り組む国家戦略」と明記。閣議に先立って開かれた政府の健康・医療戦略推進本部で、菅義偉首相は「ワクチンを国内で開発・生産し、速やかに接種できる体制を確立しておくことは危機管理上、極めて重要だ」とし、「新戦略の下、関係閣僚が一丸となって取り組んでほしい」と指示しました。
新型コロナウイルスワクチンをめぐっては、米国や英国に加え、中国、ロシア、インドが国産化に成功。日本勢は4社が初期の臨床試験を行っている段階で、まだ実用化には至っていません。
今回のパンデミックであらためて重要性が浮き彫りとなったのは、「平時の備え」と「緊急時の機動性」です。新型コロナワクチンの開発競争をリードした米モデルナは、2013年に国防総省の国防高等研究計画局から2500万ドル、16年には保健省の生物医学先端研究開発局から最大1億2500万ドルの資金援助を受けてmRNAワクチン技術を開発。今回のパンデミックでは政府から約9億5500万ドルの追加資金を得て、いち早く実用化にこぎつけました。
ひるがえって日本は、感染症研究に配分される資金が少なく、感染症関連の論文数も米国や英国、中国を下回っています。緊急時の対応も迅速さを欠き、結果としてワクチン確保の遅れにつながりました。
顧みられなかった10年前の提言
こうした教訓をもとに策定された新戦略は、▽平時から先端ワクチンの研究開発を行う拠点の整備▽平時から有望な技術に戦略的に研究資金を配分する組織の新設▽臨床試験中核病院の機能拡充とアジア地域のネットワークの充実を通じた治験環境の整備▽緊急時にワクチン製造に転用できるバイオ医薬品製造設備の構築――などが柱。米国の緊急使用許可(EUA)のように緊急時に特別に使用を認める制度については、年内に方向性を出すとし、国による買い上げ制度についても検討することが盛り込まれました。
新戦略は「今回のパンデミックを契機に、ワクチン開発・生産を滞らせたすべての要因を明らかにし、解決に向けて国を挙げて取り組む必要がある」としていますが、ワクチン開発をめぐる課題が表出したのは今回が初めてではありません。
2010年6月、前年に発生した新型インフルエンザのパンデミック対策を総括した有識者会議は、国家安全保障の観点からワクチンの開発・生産体制を強化すべきと提言。有識者会議の報告書は「新型インフルエンザ発生時の危機管理対策は、発生後に対応すればいいものではない。発生前の段階からの準備、とりわけ感染症対策に関わる人員体制や予算の充実なくして、抜本的な改善は不可能だ」としていますが、こうした指摘は10年間、放置されたままでした。
健康・医療戦略を担当する井上信治・科学技術担当相は6月1日の記者会見で「今回こそ本当にやらなければならない」と協調しましたが、施策の具体化や予算の確保はこれからです。同じ失敗を繰り返さぬよう、中長期の視点に立った取り組みを続けられるか。国の覚悟が問われます。