加齢に伴う疾患に対する医薬品の研究開発が活発化しています。老化のプロセスに介入することで疾患を治療する薬剤の開発が進められており、5年以内にアンチエイジング薬が実用化されるとの予測も。日本では、アステラス製薬がミトコンドリア疾患を含む加齢性疾患を対象に創薬研究を行っているバイオベンチャーを買収したほか、オートファジーの応用を目指すバイオベンチャーも登場しました。
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老化のプロセスに介入
人の老化プロセスに介入することで病気を治療する薬が5年以内に登場するかもしれない――。米誌MITテクノロジーレビューが、今年の「10 Breakthrough Technologies」の1つにアンチエイジング薬を選びました。
同誌は「現在開発中のアンチアイジング薬はまだ人を長生きさせることはできないが、老化のプロセスを遅らせたり、逆転させたりすることで、特定の疾患を治療することを目指している」とし、こうした薬剤が5年以内に実用化されると予測。ユニティ・バイオテクノロジーやアルカヘストといった米国の複数のバイオベンチャーや研究機関が、加齢に関連する疾患を対象に研究開発を進めているといいます。
国内の製薬企業でも動きがあり、アステラス製薬は今年4月、ミトコンドリア疾患を含む加齢性疾患を対象に創薬研究を行っている英バイオベンチャーのNanna(ナンナ)を約16億円で買収。大正製薬は同月、自社創製した低酸素誘導因子プロリン水酸化酵素(HIF-PH)阻害薬「TS-143」を、加齢性疾患を対象に米バイオベンチャーのBioAge Labsに導出しました。
大正製薬が提携したBioAge は、疾患転帰や健康寿命などの情報が紐付いたバイオバンクデータを活用し、AI(人工知能)を使って加齢性疾患に対する治療薬を開発しているバイオテクノロジー企業。HIF-PH阻害薬はすでに腎性貧血治療薬として実用化されていますが、同社の解析によると、低酸素誘導因子-1(HIF-1)の分子経路は健康寿命に関連しており、TS-143はHIF経路を活性化することで造血、解糖、糖取り込み、血管新生、筋肉再生を促し、加齢に伴う疾患への効果を示す可能性があるといいます。
一方のアステラスは、買収を通じて重点領域であるミトコンドリア関連疾患の研究を加速させます。ミトコンドリア病はミトコンドリア機能不全に起因する疾患。ナンナが持つ新規スクリーニング技術を使い、損傷したミトコンドリアを選択的に分解・除去するオートファジー(ミトコンドリアの場合マイトファジーと呼ぶ)分野での研究を進めます。
オートファジー活用目指すベンチャー
オートファジーは、多くの疾患の病態と関わるバイオロジーですが、アルツハイマー病やパーキンソン病といった神経変性疾患の予防・治療をはじめ、健康長寿への応用が期待されている分野です。2016年、東京工業大の大隈良典栄誉教授がその仕組みを解明した功績でノーベル生理学・医学賞を受賞し、大きな注目を集めました。
オートファジーは、(1)細胞内で、細胞小器官オートファゴソームを使って細胞中の物質を無作為に収集し、(2)リソソームと融合させ、消化酵素により収集物をアミノ酸などに分解し、(3)アミノ酸を用いて新しくタンパク質(またはエネルギー)を作る――という一連の現象で、生体内での細胞のリサイクル機能を担っています。細胞の健康維持に必要不可欠な仕組みですが、加齢とともにその機能は低下することが知られています。
昨年6月には、オートファジーの社会実装を目指す大阪大発ベンチャーAutoPhagyGO(APGO)が誕生。オートファジーを活性化して老化を防ぐ生活習慣・健康食品や、化粧品、さらには健康寿命を延ばす医薬品の開発に取り組んでおり、複数の企業と共同研究や委託研究を行っています。
APGOが目指すのはオープンイノベーションのプラットフォームです。企業との共同研究で得られたノウハウをベースに産業活用の基盤を作り、企業間マッチングを促進。事業化で得られた資金は大学での基礎・臨床研究に充て、研究と産業化の両面からオートファジー分野の活性化を狙います。
高齢化が進む中、健康寿命の延伸は関心の高いトピックスです。厚生労働省は昨年、高齢者人口がピークを迎えると見られる2040年を照準に「健康寿命延伸プラン」を作成し、「健康寿命を3年以上延伸し、75歳以上とする」ことを目標に掲げました。APGOはここへ貢献することを目指しています。
創薬に応用
オートファジーは、細胞の新陳代謝のほかに有害物質を除去する役割も担っており、▽ウイルスなどの病原体▽疾患の原因となる異常タンパク質▽炎症を引き起こす壊れた細胞小器官――などを選択的に分解する機能も明らかになっています。
これを応用し、異常タンパク質や損傷したリソソーム、ミトコンドリアなどを除去する能力を活性化する薬剤の創出を目指す動きも見られます。適応疾患は、神経変性疾患や腎疾患、ライソゾーム病など。また、HIVやコロナウイルスなど一部のウイルスはオートファジーを妨害すると知られており、作用を解明できれば創薬につながると期待されています。
APGOも創薬に取り組んでおり、24年7月までに2つの創薬パイプラインで臨床試験の開始を目指しています。今年7月には、化学品メーカーのMORESCO(モレスコ)と新規低分子化合物を共同研究開発する契約を締結。同社が特殊合成潤滑油の開発で培った合成技術・精製技術を使い、オートファジー活性を制御する医薬品の開発を始めました。
オートファジー研究は、大隈教授によるメカニズムの解明を契機に、この10年で急速に進展してきた分野。しかし、日本は研究を牽引するトップランナーであるにもかかわらず、社会実装の面では米国や中国に遅れをとっています。APGOの技術顧問・吉森保阪大栄誉教授は7月に行われた同社の事業戦略発表会で、オートファジーの研究・産業化を振興するコンソーシアムを立ち上げる構想を語りました。産学の連携で巻き返すことができるのか、今後の進展が期待されます。
(亀田真由)