がん免疫療法のひとつである「がんワクチン療法」の開発が活発化しています。現在は米国で1製品が承認されているのみですが、日本企業では塩野義製薬や大日本住友製薬がペプチドワクチンの臨床試験を実施中。個別化ワクチンの開発も進んでおり、電機大手のNECは自社のAI(人工知能)を使って開発したワクチンの臨床試験を開始しました。
承認は米国で1製品のみ
がんワクチン療法は、免疫チェックポイント阻害薬に代表される「がん免疫療法」のひとつ。がん抗原や抗原提示細胞を投与し、患者の免疫応答を誘導して免疫系を活性化する治療法です。
がんワクチンには、ペプチドワクチンや核酸ワクチン、細胞ワクチンなどがあり、ターゲットとなる抗原もMAGE、gp100、WT1、NY-ESOなどの発現頻度の高いものが同定されています。ここ数年は、ネオアンチゲンと呼ばれる、がん細胞で起こった遺伝子変異によって新たに生成されるがん特異的抗原をターゲットとするワクチンの開発も進展。一方で、有効性が示せずに開発中止となるケースも相次いでおり、免疫応答を増強するアジュバントの研究も盛んです。
現在、世界で承認されているがんワクチンは、米デンドレオンが開発した前立腺がんに対する樹状細胞ワクチン「Provenge」(一般名・sipuleucel-T)のみ。日本で承認されたものはまだありません。Provengeは2010年に米国で、13年には欧州で承認を取得しましたが、欧州での承認は15年にデンドレオンが商業上の理由で取り下げました。デンドレオンは17年に中国・サンパワーグループの傘下に入り、中国や東南アジアへの展開を目指しています。
塩野義はP3、大日本住友はP2
がんワクチンの開発は日本企業でも活発化しており、アステラス製薬や大日本住友製薬、塩野義製薬、大鵬薬品工業などが臨床試験を進めています。
日本企業が開発しているがんワクチンの中で最も開発が進んでいるのは、塩野義製薬の「S-588410」です。同剤はオンコセラピー・サイエンスからの導入品で、がん精巣抗原(DEPDC1、MPHOSPH1、URLC10、CDCA1、KOC1)に由来する5種類のHLA-A*24:02拘束性ペプチドから作られたがんペプチドワクチン。食道がんを対象とした国内臨床第3相(P3)試験と、膀胱がんを対象とした日欧P2試験を行っています。
大日本住友製薬も、WT1を標的とする自社創製のペプチドワクチン「DSP-7888」(アデグラモチド酢酸塩/ネラチモチドトリフルオロ酢酸塩)を開発中。WT1に特異的なキラーT細胞を誘導するほか、ヘルパーT細胞を誘導するペプチドを配合することで、免疫系を両面から活性化します。
DSP-7888は日米で、膠芽腫を対象に抗がん剤ベバシズマブとの併用療法のP2試験を実施中。このほか、日本で小児悪性神経膠腫に対する単剤療法のP2試験を行っており、米国では、固形がんを対象に免疫チェックポイント阻害薬の抗PD-1抗体「オプジーボ」(ニボルマブ)または同「キイトルーダ」(ペムブロリズマブ)との併用でP1/2試験を行っています。
アステラス製薬は、WT1と糖脂質を搭載した人工アジュバントベクター細胞(aAVC)技術を使った細胞製剤「ASP7517」を理化学研究所から導入。抗原特異的T細胞を誘導して獲得免疫を活性化するとともに、糖脂質がナチュラルキラーT細胞を介して自然免疫を活性化する作用機序を持ちます。患者の白血球抗原の型によらず使用できるため、これまでのワクチンより多くの患者を対象にできると考えられています。
非臨床段階も含め、バイオベンチャーによる開発も活発です。ブライトパス・バイオは、4種のがん抗原ペプチドからなるがんペプチドワクチン「GRN-1201」を開発。非小細胞肺がんを対象に、キイトルーダとの併用療法で米国P2試験を行っています。
NEC AIで個別化ワクチン
電機大手の日本電気(NEC)もがんワクチンの開発に乗り出しています。2018年に仏バイオテクノロジー企業トランスジーンと提携し、ネオアンチゲンワクチン「TG4050」を開発。手術後の再発リスクのある頭頸部がん患者と、手術・アジュバント療法後の卵巣がん患者を対象に、今年1月から米国と欧州でP1試験を実施しています。
TG4050は、トランスジーンのウイルスベクター技術をベースに開発した治療用ワクチン。NECはAI(人工知能)を活用したネオアンチゲン予測システムを持っており、TG4050はこのシステムによって特定・選択した患者固有のネオアンチゲンをコードします。
NECは2016年、自社のAI技術「NEC the WISE」を使った創薬事業を開始。19年にはAI創薬に本格参入し、25年に事業価値3000億円を目指すと宣言しました。19年7月にはノルウェーのオンコイミュニティを買収し、同社独自のネオアンチゲンを同定するソフトウェア・技術を獲得。11月にはスイスVAXIMMと提携し、同社の経口T細胞免疫療法を活用した個別化がんワクチンの共同開発を始めました。固形がんを対象に、今年中のP1試験開始を目指しています。
海外ではP3試験が進行中
個別化ワクチンは現在、海外で▽仏OSEイミュノセラピューティクスの「Tedopi」▽米グラダリスの「Vigil」▽オランダVACCINOGENの「OncoVAX」――などがP3段階にあります。Tedopiは、免疫チェックポイント阻害薬による治療に失敗した非小細胞肺がんでP3試験を、進行膵がんでP2試験を実施中。Vigilはユーイング肉腫対象のP3試験や、卵巣がん、悪性黒色腫対象のP2試験など、複数のがん種で開発を進めています。OncoVAXは大腸がん対象のP3試験が進行中です。
スイス・ロシュ傘下の米ジェネンテックは、提携先の米BioNTechとmRNAワクチン「RG6180」を開発。悪性黒色腫の1次治療を対象にキイトルーダとの併用療法のP2試験を進めているほか、固形がんでP1試験を行っています。米モデルナは米メルクと提携し、個別化がんmRNAワクチン「mRNA-4157」(P2試験)とKRAS標的の「mRNA-5671」(P1試験)を共同で開発中です。
がんワクチンの市場は、今後5年間で年平均35%成長するとの予測もあり、現在開発中の製品が相次いで承認されれば、市場は急速に拡大することになりそうです。
(亀田真由)
【AnswersNews編集部が製薬企業をレポート】