先駆け審査指定制度の対象品目でありながら、申請から承認までに1年4カ月もの期間を要したノバルティスファーマの脊髄性筋萎縮症向け遺伝子治療薬「ゾルゲンスマ」。PMDAが公表した審査報告書で、同社が先駆け審査指定制度を事実上活用しなかったことなど、審査が長引いた経緯が明らかになりました。
「認識が極めて不十分」
「このような多数かつ多岐にわたる問題は、資料の十分性の問題にとどまらず、日本の患者に適用する製品の品質、安全性および有効性を担保するために重要な事項についての申請者の認識が極めて不十分であったことに起因すると考える」
4月14日、医薬品医療機器総合機構(PMDA)は脊髄性筋萎縮症(SMA)に対する遺伝子治療薬「ゾルゲンスマ」(一般名・オナセムノゲン アベパルボベク)の審査報告書を公表し、製造販売元であるノバルティスファーマの姿勢を厳しく非難しました。承認審査への対応をめぐり、PMDAが審査報告書で企業をここまでこき下ろすのは異例です。
ゾルゲンスマは、アデノ随伴ウイルス(AAV)にSMNタンパク質(SMN=Survival Motor Neuron=運動神経細胞生存)をコードするSMN遺伝子を組み込んだ遺伝子治療薬。SMAはSMN遺伝子の機能欠損が原因でSMNタンパク質をつくることができず、筋肉が萎縮して筋肉量と筋力が低下する難病です。ゾルゲンスマは、正常なSMN遺伝子を補うことでSNMタンパク質を発現させ、運動ニューロンの変性・消失を防ぎ、神経や筋肉の機能を高め、SMA患者の生命予後と運動機能を改善すると期待されています。
想定「6カ月」の倍以上
そんな画期的新薬が承認されたにもかかわらず、PMDAが怒り心頭なのは、ノバルティス側の不手際によって承認審査が大幅に遅れたからです。ゾルゲンスマは、世界に先駆けて日本での実用化を目指す革新的な医薬品・医療機器・再生医療等製品・体外診断用医薬品を迅速に承認する「先駆け審査指定制度」の対象品目に指定されており、本来なら2018年11月1日の承認から半年程度で承認されるはずでした。ところが、実際に承認されたのは今年3月19日。申請から承認まで1年4カ月を要し、「先駆け」の対象品目で想定される「6カ月」の倍以上の時間がかかりました。
なぜ、ゾルゲンスマの審査はこれほどまでに長引いたのか。PMDAは「機構(PMDA)は審査期間の短縮のための迅速な対応を行ったが、申請者(ノバルティス)の対応により審査スケジュールが大幅に遅延することとなった」とし、審査報告書でその詳しい経緯を明らかにしています。
「先駆け」活用せず
審査報告書で明かされた経緯を整理すると、審査の遅れにつながった要因は
(1)「先駆け」の対象品目に指定されているにもかかわらず、事実上それを活用していなかった
(2)PMDAからの指示や照会に対し、ノバルティス側の対応に時間がかかった
(3)ノバルティス子会社でゾルゲンスマを開発した米アベクシスによる治験製品の出荷試験で、不適切なデータ操作が行われていたことが発覚し、その対応に追われた
――の3点に集約できます。
PMDAが審査報告書でまず指摘したのが、ノバルティスが「先駆け」による審査期間短縮のためのプロセスを無視していたことです。「先駆け」の対象品目は原則として、申請前にPMDAと「先駆け総合評価相談」を行うことになっていますが、ノバルティスはその実施をPMDAに申し込んだにも関わらず、実際に相談を行う前に申請を行っていました。
先駆け総合評価相談は、提出可能なデータをもとに申請前から品質や有効性、安全性の評価を行い、実質的に審査を前倒しする仕組み。申請前にあらかじめ審査上の課題を指摘し、解決を図っておくことで、申請後の審査期間を短縮することを狙っています。先駆け総合評価相談は先駆け審査指定制度のキモ。これをすっ飛ばして申請を行ったということは「先駆け」を活用していなかったに等しいと言えます。
照会への回答に10カ月
加えて、PMDAからの指示や照会への対応にも遅れが目立ちました。審査報告書によれば、PMDAはゾルゲンスマの審査開始後、「申請資料に記載された情報やデータが限定的かつ解釈が困難」としてノバルティスに申請資料の改訂を求めましたが、改訂版の資料が出そろったのは申請から2カ月以上たった18年12月25日。PMDAからの照会に対する回答にも不備が多く、修正を重ねたことで多くの時間がかかったといいます。18年11月22日にはPMDAが「申請の重要な問題点」に関する照会を行いましたが、ノバルティスから最終的な回答が提出されたのは10カ月後の19年9月20日でした。
ノバルティスの先駆け指定「厳しく判断」
さらに追い打ちをかけたのが、治験製品の出荷試験で行われた不適切なデータ操作です。出荷試験は米国にあるアベクシスの研究所で行われたもので、内部通報をきっかけにノバルティスのスイス本社が行った社内調査によって、治験製品の品質に関する3つの力価試験のうち1つ(in vivo生物活性試験)で不適切なデータ操作が行われていた形跡を確認。スイス本社は19年6月末に社内調査の結果を米FDA(食品医薬品局)に報告し、日本法人も同年7月にPMDAに経緯を報告しました。
PMDAと厚生労働省は、▽問題の試験に基づいて出荷判定を行った治験製品は、別の力価試験によって品質の再評価が行われている▽臨床試験データを操作したものではない――といった理由から、「問題の出荷試験でデータ操作が行われていたとしても、ゾルゲンスマの品質や有効性、安全性に問題はないと」判断。しかし、審査の過程では、データ操作の影響を精査し、それを踏まえて申請資料や照会回答を修正したり(完了したのは19年9月30日)、追加で行った適合性調査で見つかった修正部分を修正したり(完了したのは同年11月22日)といった対応に追われました。
指定取り消すべきとの声も
以上が審査報告書に記された審査遅延の顛末ですが、PMDAは「こうした事態は極めて異例」と指摘。厚労省も「このような事案が起こったことは非常に遺憾」とし、ゾルゲンスマの審査結果が報告された4月8日の薬事・食品衛生審議会薬事分科会で、ノバルティスに再発防止策を講じるようを指導したことを明らかにしました。
同分科会では「申請者に何らかのペナルティを科す必要があるのではないか」「今からでも先駆け指定を取り消すべき」といった意見も出ており、厚労省は「再発防止策が講じられるまで、ノバルティスの先駆け指定については、指定要件への該当性について厳しく判断したい」としています。
今回のノバルティスの対応は、先駆け審査指定制度の趣旨をないがしろにするとのそしりは免れません。これまで厚労省の通知に基づいて運用されてきた同制度は、昨年成立した改正医薬品医療機器等法(薬機法)で法的な位置付けが明確化され、今年9月からは同法に基づく制度として再スタートすることになっています。重篤な疾患に対する画期的な治療を日本の患者にいち早く届けるため、企業にも適切な対応が求められます。
(前田雄樹)