米国に本社を置くコンサルティング企業Decision Resources Groupのアナリストが、海外の新薬開発や医薬品市場の動向を解説する「DRG海外レポート」。スコットランドで始まった、重篤な疾患や希少疾患に対する医薬品へのアクセスを迅速化するための取り組みを紹介します。
(この記事は、Decision Resources Groupのアナリストが執筆した英文記事を、AnswersNewsが日本語に翻訳したものです。本記事の内容および解釈については英語の原文が優先します。正確な内容については原文を参照してください。原文はこちら)
サンドとピアが提携解消
ノバルティスの子会社が先月、大注目のデジタルセラピューティクスをめぐる提携から離脱したことは、この新しい治療のマーケットが持つポテンシャルについて、認識と展望を見直す機会になるだろう。
筆者のかつての同僚でMM&Mに所属するMarc Iskowitzは、彼らしい考察をめぐらせた記事で次のように述べている。
「サンドとピアの提携は、生まれたばかりの技術の普及を製薬企業がどう支援するかの試金石、という見方が一般的だった。今回の提携解消は、そうした協力が果たして可能なのかという疑問を投げかけている。同時に、両者の間には往々にして優先すべき事項の対立(製薬企業は本業である医薬品、デジタルセラピューティクス企業は資金の調達と運用)があることも浮き彫りとなった」
サンドとピアの提携解消は、製薬企業の利益中心主義がリスク志向を弱めた1つの事例であり、サンド側がマネジメントを転換して利益獲得の最重点化を進めていることが直接の原因になった、と彼は結んでいる。
ピアのソリューションである依存症患者向けの「reSET」とオピオイド中毒に対する「reSET-O」が特に注目される理由の1つは、真のデジタルセラピューティクスとして初めての製品と考えられているからだ。しかし、こうした製品やサービスを提供したとしても(それがデジタルセラピューティクスであろうと、デジタルメディスンやデジタルヘルス系の製品であろうと)、その収益が従来の医薬品に代わる兆しは何年たっても見えてこない、ということになってしまうのを製薬企業は懸念している。
需要はあるが収益は不確実
短期的な投資と不確実な収益を天秤にかけるのは、製薬企業や医療テクノロジー企業だけではない。保険会社も同じだ。筆者の同僚でDecision Resources Groupの市場アクセス専門家であるShruti Desaiは言う。
「PBM(薬剤給付管理会社)と保険会社の多くも、変化の波にもまれている。彼らが今、糖尿病用アプリに出資しても、疾患が顕在化するまで15~20年かかる。もしかしたら、そのとき患者は別の保険会社に移っているかもしれない。つまり、保険会社は自らが価値を実感することになるか見通せないのだ。雇用主医療保険は、動きが活発な領域の1つだろう。患者維持率が高く、デジタルセラピューティクスの長期的な効果を見るチャンスがあるからだ」
いずれにしても、製薬企業と医療テクノロジー企業の協業は続くだろう。最近では、サノフィがHappify Healthと多発性硬化症患者向けの支援サービスで提携した。一方、ブリストル・マイヤーズスクイブとファイザーは、心房細動検出アルゴリズムの開発でFitbitと組み、アップルウォッチに対抗する。
「こうしたパートナーシップは互いにとって大きな意味があるだろう」と話すのは、Decision Resources Groupのデジタル部門の専門家であるBen Katzだ。「製薬企業には人脈と規制対応のノウハウ、そして営業チームがある。一方、IT企業には、ソフトウェアのインフラがある」。多くの企業にとって、外部のディベロッパーと手を組むことが参入の足がかりになるとはいえ、本格的なデジタルセラピューティクスの開発に自社で取り組んでいる製薬会社と医療テクノロジー企業も、わずかながら存在する。
22%が使用に関心
デジタルセラピューティクスには需要がある。2019年にDecision Resources Groupが米国の成人を対象に行った調査によると、9%がデジタルセラピューティクスを使用したことがあり、22%が関心を持っていると答えた。
開発が活発な精神疾患の領域は特にニーズが高い。双極性障害はその1例で、デジタルセラピューティクスを経験した患者は4%にとどまるが、41%が興味を持っている。うつ病での使用経験は9%だが、32%が関心を示した。
医師の関心も高く、米国では44%が患者主体の医療アプリケーションに興味を持っている。ただ、それを処方した経験があるのは4%に過ぎない。米国の医師らは、デジタルセラピューティクスが患者の教育や支援に役立つと考えており、治療の追跡とデータの収集にも活用できると期待している。一方、質の高い製品やサービスが不足していることが懸念材料となっている。
規制当局はデジタルセラピューティクスを受け入れるための準備を整えており、中でも米国の取り組みは際立っている。FDA(食品医薬品局)は、ディベロッパー向けに認証準備プログラムを立ち上げるとともに、審査・承認の迅速化に向けたメニューも整備した。英国ではNICE(国立医療技術評価機構)とディベロッパーの提携が注目されているほか、デジタルヘルスソリューションのエビデンスの基準となるガイドラインも策定された。
誰が金を出すのか
デジタルセラピューティクスの対価は誰が払うのか。この最大に問いに答えは出ていない。ディベロッパーは、消費者に直接販売する形や、行政・雇用主・保険会社と連携する形など、さまざまなモデルを模索している。中でも、製薬企業と提携するモデルでは、デジタルセラピューティクスが従来型の治療薬を強化する役割を果たし、それが患者の転帰の改善につながれば、保険会社からすれば製品プロファイルが全体的に高まったように見える可能性がある。
CVSとエクスプレス・スクリプツはこのところ、保険会社や事業主によるデジタルヘルスの活用を支援しており、こうした動きは局面を打開する道を示唆するものだ。
こうしたソリューションは登場してまだ間もないが、患者はデジタルセラピューティクスを従来型治療薬に匹敵するものとはみなしておらず、自己負担で使用する考えもない。ほかの治療薬のようにデジタルセラピューティクスにも金を出すと答えたのは、わずか10%。従来型の処方薬のかわりにデジタルセラピューティクスを使うと答えたのは12%にとどまる。
アプリが収集する情報をほかのデータとどうつなげるか
数々の疑問はあるが、一部では成果も見られ始めている。
「高齢者など、適切な患者集団への普及がようやく緒に就いてきた」。こう語るのは、Decision Resources Groupでメドテック分野のディレクターを務めるLexie Codeだ。「おそらく影響がより大きいのは、アプリケーションが個人の健康にどう貢献するかではなく、アプリが収集する情報がほかのデータとどうつながるかだ。それによってベースラインの状態を数値化できるようになるし、いくつかの慢性疾患に対して大規模な予防措置を現実的に展開できるようになるだろう」
製薬企業と医療テクノロジー企業はいまのところ、デジタルセラピューティクスを軸とした「学び」「投資」「実験」を繰り返しながら、テクノロジーワールドへの道を築き、見通しを設定している段階だ。統合失調症治療薬「エビリファイ マイサイト」に関する大塚製薬とプロテウスの提携や、喘息やCOPDに対するスマートインヘイラーなどの取り組みが注目されるが、それ以外は控えめな戦略をとっている。
とはいえ、規制当局が明確なガイドラインを示し、パイプラインに有望なデジタルセラピューティクスソリューションが控えているとあっては、開発と償還に課題があるとしても、指をくわえて見ているわけにはいかないだろう。デジタルセラピューティクスが従来型の治療薬にとってライバルとなるであろうことは、ほどなく明らかになるはずだ。
(原文公開日:2019年11月15日)
この記事は、Decision Resources Groupのアナリストが執筆した英文記事を、AnswersNewsが日本語に翻訳したものです。
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