高額な薬剤が相次いで登場する中、薬価の透明性向上を求める声が高まっています。日本では先月、1回3350万円のCAR-T細胞療法「キムリア」が保険適用され、米国では2億円を超える遺伝子治療薬「ゾルゲンスマ」が承認。先月開かれたWHO総会には、ギリシャやイタリアなどから薬価の透明性を高めるよう求める決議案が提出され、注目を集めました。
キムリア薬価に「ブラックボックス」
5月22日、白血病などの血液がんに対する新たな治療となるCAR-T細胞療法「キムリア」(一般名・チサゲンレクルユーセル)が、日本でも保険適用となりました。注目された薬価は、患者1人あたり3349万3407円。「なぜこんなに高くなるのか」「かなりの部分がブラックボックス」――。キムリアの保険適用を了承した同月15日の中央社会保険医療協議会(中医協)では、薬価算定のあり方に異論が相次ぎました。
キムリアの薬価は、製品総原価(原材料費や製造経費など)に企業の利益や流通経費を積み上げる「原価計算方式」で算定されました。中医協の資料によると、キムリアの製品総原価は2363万2062円。ここに、営業利益413万7694円や流通経費68万2000円が乗り、さらに有用性加算Iと市場性加算Iがつき、最終的に3349万3407円という薬価になりました。
原価の開示度は50%未満
中医協でキムリアの薬価算定に異論が出たのは、製品総原価の中身がほとんど開示されなかったからです。2018年度の薬価制度改革では、製品総原価の開示が少ない新薬は加算を減らす仕組みを導入。キムリアは有用性加算Iとして35%、市場性加算Iとして10%の加算がつきましたが、原価の開示度が50%未満だったことから加算は8割減らされました。
仮に加算が全額上乗せされていれば、キムリアの薬価は4400万円ほどになっていた計算です。加算の減額が透明性の高い薬価算定につながらなかったことに、中医協委員からは不満の声が漏れました。
原価開示 15製品中9製品が50%未満
原価計算方式による薬価算定はこれまでも、「製薬企業の言い値」との批判を受けてきました。原価の開示度に応じて加算を調整する仕組みはこうした声を受けて設けられましたが、これまでに開示度80%以上で補正加算を満額受けたのは15製品中わずか2製品。9製品は開示度50%未満で、透明性向上のインセンティブになっていないとの指摘も聞かれます。
キムリアは、医療機関で患者から採取したT細胞を、米国にあるノバルティスの製造施設に送り、遺伝子改変を行った上で、再び日本に送り返され患者に投与。価格が高くなるのはこうしたプロセスによるとされます。
キムリアに限ったことではありませんが、製造原価にはライセンス先との契約上、明らかにすることができない部分があり、それを全て開示するよう求めるのは無理のある話です。薬価の透明性向上は必要ですが、やみくもに開示を求めるのではなく、どこまで、どのような形で開示されれば納得感が得られるのか、十分な議論が必要でしょう。
キムリアの市場規模は77億円と予測されており、現時点での医療保険財政への影響は限定的。今後は費用対効果の評価が行われることになっています。根本匠厚生労働相はキムリアの薬価について「日本に輸入される価格が、日本以外の国が輸入する価格と比較して大きな際がないことなどを確認し、適切に算定できるようにしている」と指摘。開示度に応じて加算を減らす仕組みも「妥当なものだと考えている」としています。
WHOでも議論に
薬価の透明性向上を求める声が高まっているのは日本だけではありません。スイス・ジュネーブで先月開かれたWHO(世界保健機関)の総会では、イタリアやギリシャが提出した、薬価の透明性を求める決議案を提出。一部修正の上、採択されました。
決議では、加盟国に対し、医薬品に実勢価格に関する情報を共有するとともに、特許や臨床試験結果など、医薬品の価格に影響を及ぼすあらゆる要素について透明性を高めることを求めています。
決議をめぐっては激しい議論が行われたといい、最終的に全会一致での採択とはなりませんでした。国際製薬団体連合会(IFPMA)は「手頃な価格で品質が保証された医薬品・ワクチンへの適切なアクセスを確保するという目標をWHOやその加盟国と共有している」とする一方、「価格の透明性と知的財産に焦点を当てた今回の提案は、アクセスに対する解決を妨げることになると懸念している」とのコメントを発表。薬価には、単なるコストではなく、薬物治療の価値、そして患者や社会に対するアウトカムを反映すべきだと主張しています。
ゾルゲンスマ 日本でも1億円超えか
薬価の透明性向上を求める声が世界的に高まっているのは、高額な薬剤が相次いで登場し、財政を圧迫しかねないという懸念が強まっているからにほかなりません。折しも米国では5月24日、脊髄性筋萎縮症向けの遺伝子治療薬「ゾルゲンスマ」が承認され、世界最高となる212万5000ドル(約2億3000万円)という価格が設定されました。
同薬は既存薬と異なり、1回の投与で顕著な効果が期待されています。スイス・ノバルティスは、ゾルゲンスマの価格について、
▽既存薬(米バイオジェンのスピンラザ)を10年間投与した場合の費用(410万ドル)の半分
▽小児の遺伝性疾患の10年間の治療費(440~570万ドル)の半分以下
▽費用対効果は25万ドル/QALY(質調整生存年)で、米ICER(臨床経済的評価研究所)が定める閾値の半分以下
と妥当性を強調。ヴァサント・ナラシンハンCEOは「長期にわたって大幅なコスト削減を実現できると確信している」とコメントしました。
ゾルゲンスマは昨年11月に日本でも申請されており、先駆け審査指定制度の下で近く承認される見通し。日本でも薬価が1億円を超える可能性があり、算定根拠の明確化を求める声も高まりそうです。
(前田雄樹)
[PR]【がん・バイオのMR求人増加中】希望の求人お知らせサービス<MR BiZ>