塩野義製薬の「ゾフルーザ」が大きな話題となった2018/19年シーズンの抗インフルエンザウイルス薬市場。中外製薬の「タミフル」に後発医薬品も登場しましたが、勢力図はどう変化したのか、振り返ります。
市場シェア ゾフルーザ4割、タミフル・イナビル2割
各社の決算発表から2018年度(18年4月~19年3月)の抗インフルエンザウイルス薬の売上高を見てみると、トップとなったのは塩野義製薬の「ゾフルーザ」(一般名・バロキサビル)でした。18年3月に発売された同薬は、1回の服用で治療が完結することで話題となり、売り上げが爆発的に拡大。想定(130億円)の約2倍となる263億円(前年度比995.8%増)を売り上げました。
一方、ゾフルーザ以外の抗インフルエンザウイルス薬は、軒並み売り上げを大きく減らしました。17年度は売上高トップだった第一三共の「イナビル」(ラニナミビル)は前年度比28.0%減の182億円、中外製薬の「タミフル」(オセルタミビル)は43.6%減の101億円。塩野義の「ラピアクタ」(ペラミビル)も39.4%減の20億円と落ち込みました。
18/19年シーズンは、ゾフルーザの販売が本格化したほか、タミフルには沢井製薬の後発医薬品が参入し、市場シェアも大きく変動しました。
シーズン中、厚生労働省が毎月公表している医薬品卸売業者から医療機関への供給数をもとに各製品のシェアを集計してみると、18年10月~19年3月に供給された1343.4万人分のうち、ゾフルーザが39.3%(528.3万人分)を占めてトップシェアに。2位はイナビル(20.0%)で、以下、タミフル(19.1%)、タミフル後発品(14.7%)と続きました。
発売後初のシーズンとなったタミフル後発品は、先発品に対して43.5%のシェアを獲得したことになります。これまでイナビルとタミフルが市場を二分していた状況は、ゾフルーザとタミフル後発品の登場で一変し、勢力図は大きく塗り替えられました。
ゾフルーザに耐性ウイルス、シーズン後半に勢い衰え
18/19年のインフルエンザシーズン、一気にシェアを広げたゾフルーザですが、シーズン後半に入るとその勢いは衰えを見せました。1月24日、国立感染症研究所(感染研)がゾフルーザを投与された小児2人から耐性変異を持つウイルスが検出されたと発表。メディアでも大きく取り上げられ、耐性の問題がクローズアップされるようになりました。
耐性ウイルスの出現で臨床現場がゾフルーザの使用に慎重になったであろうことは、市場シェアの動きからも見てとれます。卸から医療機関への供給量をベースに集計してみると、シーズン前半(18年10~12月)はゾフルーザが47.0%を占めたものの、後半(19年1~3月)は36.7%と10ポイント以上減少。特に2月は、タミフルやイナビル、タミフル後発品に続く4番手に後退しました。
ゾフルーザの耐性出現率の高さは、昨年3月の発売時点から分かっていたことではありました。臨床第3相(P3)試験では、12歳未満の小児で77例中18例(23.4%)、成人と12歳以上の小児で370例中36例(9.7%)から耐性ウイルスを検出。添付文書には、耐性ウイルスが検出された患者では、投与3日目以降に一時的にウイルス力価が上昇することも明記されています。
日本感染症学会のインフルエンザ委員会は昨年10月、添付文書の情報をもとにゾフルーザの特徴をまとめた文書を公表し、耐性変異の出現率の高さを指摘。日本小児科学会も同月公表した18/19シーズンの治療指針で、「使用について十分なデータを持たない」と治療薬の選択肢から除外しました。それでもやはり「経口で1回」というメッセージは強力。亀田総合病院(千葉県鴨川市)が採用を見送るなど一部には使用に慎重な動きもありましたが、利便性の高さを背景に相当な患者に使われることとなりました。
感染研の「抗インフルエンザ薬耐性株サーベイランス」(今年5月31日現在)によると、ゾフルーザはA香港型312例中30例(9.6%)から、Aソ連型306例中5例(1.6%)から、耐性変異を持つウイルスを検出。A香港型で耐性ウイルスが見つかった30例のうち4例は、ゾフルーザの投与を受けていない患者で、耐性ウイルスが人から人に感染している可能性も指摘されています。
ゾフルーザ 来シーズンも販売増を計画
塩野義は19年度、ゾフルーザについて280億円(前年度比6.5%)とさらなる販売増を計画。19/20シーズンに入る前の今年夏ごろには、実施済み臨床試験の耐性変異ウイルスに関する追加解析データや、耐性ウイルスの検出頻度データなどを公表する予定で「臨床・非臨床およびサーベイランス研究を重点的に実施し、順次データを公表していくことで社会的責務を果たす」としています。
一方、インフルエンザを専門とする医師からは、使用制限を求める意見も上がっています。日本感染症学会も19/20シーズンに向けてゾフルーザを含む抗インフルエンザウイルス薬の使用指針をまとめる方針です。
薬剤耐性との戦いは感染症治療薬の常で、日本でも10年ほど前にタミフルに耐性を持つインフルエンザウイルスが流行しました。ゾフルーザについては、耐性変異が実際の治療効果にどのような影響を及ぼすのかも、まだはっきりとわかっていません。
タミフルやイナビルといったノイラミニダーゼ阻害薬と、キャップエンドヌクレアーゼ阻害薬のゾフルーザ。人類がインフルエンザと戦う上で、作用機序の異なる複数の薬剤を持っておくことがメリットになるのは言うまでもありません。しかしそれも適正使用があってこそで、耐性ウイルスが広がってしまえばせっかくの新薬も無駄になってしまいます。
大切な薬をどう使っていくのか。塩野義には次のシーズンに向け、積極的に情報を公開し、それを確実に医療現場に届けることが求められます。
(前田雄樹)
製薬業界 企業研究 |