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【インタビュー】中外製薬・小坂CEO 厳しさ増す経営環境、画期的新薬で立ち向かう

更新日

今年、3カ年の新たな中期経営計画「IBI 21」をスタートさせた中外製薬。薬価抑制にバイオシミラー参入と、厳しさを増す経営環境にどう立ち向かっていくのか。小坂達朗社長CEO(最高経営責任者)に話を聞きました。

 (聞き手・前田雄樹)

 

抗体にはまだまだチャンスがある

――前の中期経営計画「IBI 18」(2016~18年)は定量目標を大幅に上回って着地。期中には血友病治療薬「ヘムライブラ」を発売するなど、実りの多い3年間だったのではないでしょうか。

IBI 18は定量面・定性面ともに当初の見込みを上回る業績を達成できたし、2010年代後半に目指していた「トップ製薬企業像」も達成することができた。

 

IBI 18ではコアEPSの年平均成長率を1ケタ台前半(1~3%)と見込んでいたが、実績は17.1%と大幅に上回ったし、17年、18年は2年連続で過去最高業績を更新した。要因としては、肺がん治療薬「アレセンサ」のスイス・ロシュ向け輸出が大きく増えたこと、国内の主力品が想定より順調に推移したこと、長期収載品を売却した太陽ファルマや経口GLP-1受容体作動薬を導出した米イーライリリーから一時金を受け取ったこと、この3つが挙げられる。

 

3年間を振り返ってみると、抗体プロジェクトを連続的に創出できたし、抗体と低分子に続く第3のモダリティとして取り組んでいる中分子もしっかりと進展させることができた。ヘムライブラは、市場の大きいノンインヒビターも含めて想定以上に早く承認が取れたのも大きい。

 

ヘムライブラの米FDAのGMP査察を一発でクリアできたのも非常に大きな収穫だ。FDAの査察は、特にバイオの場合は非常に大変で、目に見えないエントリーバリアだと思っている。事前にしっかりと準備をしたことでうまくいった。

 

中外製薬の業績推移の棒グラフ。【2015年】売上高:4988億円、コア営業利益:907億円。【2016年】売上高:4918億円、コア営業利益:806億円。【2017年】売上高:5342億円、コア営業利益:1032億円。【2018年】売上高:5798億円、コア営業利益:1303億円。【2019年】売上高:5925億円、コア営業利益:1430億円。

 

抗体 常に10~15プロジェクト

――そうした3年間を引き継ぐ形で今年から新たな中期経営計画「IBI 21」(19~21年)がスタートしましたが、強みとする抗体改変技術はどのような展開を考えていますか。

これまで、「リサイクリング抗体」「スイーピング抗体」「バイスペシフィック抗体」と、さまざまな技術を開発してきたが、抗体にはまだまだチャンスがあると思っている。今も新たな次世代技術を開発に取り組んでいるところだ。

 

12年に研究子会社「中外ファーマボディ・リサーチ」をシンガポールに設立し、10年間で約400億円を投資しようということでやってきたが、創薬のモダリティとしてまだまだ活用できるということで、期間を5年間延長して200億円を追加で投資することにした。最近では、御殿場研究所を中心に日本でも抗体技術の開発に取り組んでいる。

 

今は常に10~15のプロジェクトを走らせている。IBI 21の期間中には、シンガポールから少なくとも1つ以上、全体では複数の抗体プロジェクトを臨床入りさせるのが目標だ。

 

――先ほど言及があった中分子ですが、何を期待し、どう開発を進めていきますか。

中分子は抗体と低分子の“いいところ取り”で、第3の柱として考えている。IBI21の3年間で臨床入りを目指していきたい。

 

中分子は、経口で細胞の中に入れるという低分子の利点と、大きなターゲットを狙うことができるという抗体の利点を兼ね備えている。つまり、経口で細胞の中に入り、プロテイン・プロテイン・インタラクションのような大きなターゲットを狙うことができる。これによって、低分子でも抗体でも狙えなかった非常に難しいターゲットにチャレンジしていこうということだ。

 

中外は技術ドリブンの研究戦略をとっている。どんな疾患を対象にしたものが出てくるかはわからないが、アンメットメディカルニーズが非常に高いものであれば、疾患領域にかかわらず開発していく。

 

小坂達朗(こさか・たつろう)中外製薬代表取締役社長CEO。1953年生まれ。76年中外製薬入社。2012年代表取締役社長COO(最高執行責任者)。18年3月から現職。

小坂達朗(こさか・たつろう)中外製薬代表取締役社長CEO。1953年生まれ。北海道大農学部卒業後、76年中外製薬入社。2012年代表取締役社長COO(最高執行責任者)。18年3月から現職。

 

がんゲノム医療 会社の責任として進める

――新しいモダリティという点では、オンコリスバイオファーマから腫瘍溶解性ウイルス「テロメライシン」を導入しました。

まだ臨床第1/2相試験のデータではあるが、食道がんに対して放射線療法との併用で非常にいい効果が出ている。進行食道がんは治療が難しく、アンメットメディカルニーズも高い。免疫チェックポイント阻害薬との併用も期待できる。

 

テロメライシンは厚生労働省から「先駆け審査指定制度」の対象に指定されている。大いに期待しており、これから臨床試験をスピードアップさせていきたい。グローバルのオプション権も獲得したので、開発の進展に応じて判断をしたいと思っている。

 

――がん領域ではCAR-T細胞療法も注目されていますが、細胞治療についてはどう考えていますか。

細胞治療も非常に有力なモダリティだと思う。CAR-Tは特に血液がんで著効を示しているが、固形がんに広がるかどうかというところが1つのポイントになるだろう。

 

中外としては、研究開発費年間約1000億円という限られたリソースを、抗体と低分子、そして中分子の3つに集中させたいと思っている。ただ、細胞治療や核酸医薬、遺伝子治療といった新しいモダリティもしっかりウォッチしていきたいし、シナジーが出るものは手がけていきたい。

 

遺伝子治療では、ロシュが米スパーク・セラピューティクスを買収した。血友病などでプロジェクトがあるようなので、ロシュとも協力しながら幅を広げていきたい。

 

パネル検査 今年半ばごろには発売

――IBI 21では「個別化医療の高度化」を戦略の1つに掲げています。昨年12月にがん遺伝子パネル検査「FoundationOne CDx がんゲノムプロファイル」の承認も取得しましたが、どのように展開していきますか。

IBI 21では、個別化医療を推進していくことが大きな目標の1つだ。中外はがんのリーディングカンパニーなので、会社の責任としてもがんゲノム医療を進めていきたい。FoundationOne CDxは今、保険診療の点数をいただくのを待っている。読みにくいところはあるが、今年半ばくらいには患者さんにお届けしたいと思っている。

 

がんの分野では、臓器別から遺伝子変異別という大きな流れがある。当社もNTRK融合遺伝子変異のある固形がんを対象に、先駆け指定を受けているエヌトレクチニブを申請中だ。

 

FoundationOne CDxはほかのバイオファーマとも一緒にやっていくので、例えばバスケット・トライアルのような形の治験も非常に大事なところだと思う。製薬企業としては創薬にもつなげることができるので、将来的には8割9割、できれば10割の患者に治療薬が見つかるような、そういう展望を期待して進めていきたい。

 

もうひとつの流れはデータだ。ロシュは昨年、フラットアイアンというベンチャー企業を買収したが、ここは米国の主要ながんセンターの電子カルテをほとんど全部押さえている。遺伝子変異と診療データ、これら2つの円が重なったところを活用することで、がん治療がさらに進展していくということも期待している。

 

こういうデータは、いわゆるリアルワールドデータとして申請にも使える。米FDAは最近、男性乳がんに対する治療薬をリアルワールドデータだけで承認した。これは特殊な例だが、対照群を設けなくても臨床試験ができる時代になる。製薬企業としては開発費を大きく減らすことができるし、いい薬を早く患者に届けることができる。

 

当社としてはそういったところでもリードして、日本にリアルワールドデータを定着させることに貢献したい。

 

中期経営計画「IBI21」5つの戦略。【グローバル成長ドライバーの創出と価値最大化】<戦略1>Value Creation 治癒/疾患コントロールを目指した革新的新薬の創製。<戦略2>Value Delivery 患者中心のソリューション提供による成長ドライバー(革新的新薬とサービス)の価値最大化。<戦略3>個別化医療の高度化 デジタルを活用した高度な個別化医療の実現とR&Dプロセスの革新。【事業を支える人財・基盤の強化】<戦略4>人財の強化と抜本的な構造改革 イノベーションを支える人財の育成と、抜本的なコスト・組織・プロセスの改革。<戦略5>Sustainable基盤強化 企業の成長と社会の持続的な発展の同時実現。

 

――IBI 21では、「デジタルソリューションの強化による成長ドライバー(革新的新薬+サービス)の価値最大化」ということも戦略に掲げました。FoundationOne CDxのビジネスはまさにそうだと思いますが、ほかに中外として提供できるサービスとは何ですか。

当社のミッションステートメントには、革新的な医薬品とサービスによって価値をつくっていくということがもともと入っている。

 

では具体的に何かということだが、いろいろあると思う。ひとつは先ほど申し上げたがんゲノム医療、そしてリアルワールドエビデンスの創出。あとは、安全性情報をリアルタイムで届けていくというのもサービスだし、患者さん一人ひとりに合った治療を提案するコンサルティング活動とか、地域医療連携も、広い意味でのサービスだろうと思っている。

 

これからは、ますますデジタルとデータが重要になってくる。デジタルの活用もサービスの大きなポイントだろう。当社ウェブサイトの医療従事者向け情報ページでは、最近、製品に関する問い合わせに対応するチャットボットを導入した。まずは「タミフル」で始めたが、全製品に広げようということで進めている。「ゼローダ」などでは医療従事者と患者をつなぐ治療支援アプリも開発した。

 

バイオシミラー よりよい製品で置き換えていく

――国内市場の現状と将来をどう見ていますか。

やはり厳しい。今後はマイナス、良くてフラットだと思う。私自身、肌で感じているが、薬価の抑制策はこれからさらに厳しくなるだろう。

 

対応策は明快だ。われわれ研究開発型の企業としては、画期的新薬をつくること、そして海外市場で収益をあげていくこと、この2つがポイントだ。言うは易しで実行するのはなかなか難しいが、これをしっかりやっていくというのが大きな方針だ。

 

一方で、日本のライフサイエンスのレベルは非常に高いし、今後はデジタルが社会や医療、さらには創薬も変えていくと思う。このあたりは、ビジネスの機会、創薬の機会が出てくるところだ。

 

――市場全体の環境に加え、抗がん剤「リツキサン」「ハーセプチン」「アバスチン」といった主力品へのバイオシミラー参入という中外特有の事情もあります。

ビジネスという意味ではバイオシミラーは大きな脅威だ。どのくらいのスピードで浸透していくのか注視していきたいと思っている。

 

はっきり言って、バイオシミラーの浸透から守るのは簡単ではない。私の持論だが、バイオ医薬品でも低分子のジェネリックのような時代が来るのは間違いない。低分子より時間はかかるだろうが、国も政策として推進している。

 

では具体的に中外が何をするのかということだが、対応策は3つある。1つ目は、よりよい製品で置き換えていくということ。これが正攻法だ。リツキサンについては、昨年、濾胞性リンパ腫の適応で「ガザイバ」を発売した。ガザイバは直接比較試験でリツキサンを上回った製品だ。ハーセプチンでは、「パージェタ」との配合剤を開発している。皮下投与なので利便性もよくなる。

 

2つ目は特許。知的財産は研究開発から生まれた資産で、合法的に使える。3つ目は、安全性データの訴求。バイオシミラーは先行品と全く同じものではない。蓄積したデータを活用していく。

 

バイオセイムはやらない

――他社ではバイオのオーソライズド・ジェネリック(バイオセイム)も承認されました。バイオセイムも含め、自らバイオシミラーを手がける考えはありませんか。

バイオシミラーもバイオセイムも、今のところやる気はない。先ほど申し上げた通り、できるだけよりよい製品で置き換えていくということをやっていきたい。

 

バイオシミラーもいずれジェネリックと同じようになると申し上げたが、価格もどんどん落ちていく。そうなるとビジネスにならない。中外としては、そういうことはやらず、イノベーションでしっかりとやっていく。方針ははっきりしている。

 

適正人員、常に考えている

――製薬業界では早期退職も相次いでいますが、人員体制についてはどうお考えですか。

コスト構造改革は絶えずやっている。中外のOPEX(Operating Expense)は業界でもかなり低く、それくらい常に見直している。従業員についても、適正な数というのはいつも考えていかなければいけないし、とはいえ組織のケーパビリティもしっかり守っていかなければならない。そういうことは常に考え、実行している。

 

(【注】インタビューは中外製薬が早期退職の実施を発表した4月24日より前に実施)

 

――永山治会長からCEOを引き継いで1年がたちました。

2012年の社長COO(最高執行責任者)就任からは8年目になるが、IBI 18は非常にうまくいったし、トップ製薬企業像も達成することができた。そういう意味ではうれしく思っている。

 

ただ、先ほども申し上げた通り、経営環境はますます厳しくなる。日本はもちろんだが、米国でも薬価の議論が行われているし、欧州はすでに日本と同じくらい厳しくなっている。全世界的に薬価の抑制策が進んでいくだろう。創薬への投資は大きくなっており、そのハードルも非常に高くなっている。中外としては、ロシュとの戦略提携を活用しながら、自らのイノベーションを進めていきたい。

 

今、社内では、患者中心の医療ということをかなりはっきりと伝えている。目の前のビジネスや疾患、医療関係者ではなく、その先にいる患者のことをしっかり考えてほしいと。そういうことを通して、持続可能な医療に貢献していきたい。

 

特にこの3年間は、個別化医療をしっかり進め、社会とともに中外製薬も発展していきたいと思っている。

 

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