化学及血清療法研究所(化血研)をめぐる問題が、混迷を極めています。
長年にわたって血液製剤を不正製造していたとして過去最長となる110日間の業務停止処分を受けた化血研ですが、今度は日本脳炎ワクチンを承認書とは異なる方法で製造していたと厚生労働省が発表。アステラス製薬への事業譲渡交渉も破談となりました。
化血研は日本脳炎ワクチンの不正製造を真っ向から否定。厚労省は「化血研解体」へのプレッシャーを強めていますが、化血研は存続を模索しているとも伝えられ、先行きは不透明感を増しています。
「安全な医薬品を供給する」約束の裏で…
化血研はインフルエンザや日本脳炎、DPT-IPV(百日せき・ジフテリア・破傷風・不活化ポリオ4種混合)、B型肝炎などの人用ワクチンや血液製剤、動物用ワクチンなどを手がける一般財団法人。戦後間もない1945年12月に熊本医科大の研究所を母体に、熊本市で設立されました。
血液製剤の不正製造が発覚したのは昨年5月。約40年間にわたり、国の承認書とは異なる方法で血液製剤を製造していたことが明らかになりました。偽の製造記録に紫外線を浴びせて変色させ、作成時期を古く見せかけるなど、常軌を逸した隠蔽工作が行われていました。
しかも化血研は薬害エイズ事件の被告企業の一つ。「安全な医薬品を消費者に供給する義務があることを改めて深く自覚し、本件のような医薬品による悲惨な被害を再び発生させることがないよう、最善、最大の努カを重ねることを確約する」。1996年の和解時に原告団と交わした確認書でこう約束していながら、裏では不正を続けていました。
厚労省は今年1月、化血研を医薬品・医療機器法に基づき、過去最長となる110日間の業務停止処分に。あわせて「本来なら医薬品製造販売許可の取消処分をすべき事案。化血研という組織のまま製造販売を続けることはない」(塩崎恭久厚生労働相)と、化血研に“解体”を迫りました。
問題を受けて化血研は今年6月、経営陣を刷新。その2カ月前にはアステラス製薬との間で事業譲渡に向けた交渉を行っていることも明らかになりました。再生への道を歩き始めたはずでした。
厚労省と化血研、互いに高まる不信感 事業譲渡も振り出しに
しかし、ここから事態は混迷の度合いを深めていきます。
「化血研が自ら何をしてこのような事態になっているかを、もう一度胸に手を当てて考えていただいた方がいい」
9月、一部報道で化血研が事業譲渡は難しいとして存続の希望を厚労省に伝えたことが明るみに出ました。塩崎厚労相は同月6日の記者会見で化血研の「存続意向」にこう反論しました。
「化血研としての医薬品製造販売業の継続を前提としない、体制の抜本的な見直しを求めて、事業譲渡を行うように指導してきた。こういう考え方をもう一度思い出していただき、その通りにやっていただくことが大事だ。私どもも指導をきっちり継続していく」
厚労省が一製薬企業に対して合併などを命じる法的な権限はありません。しかし、塩崎厚労相は「存続は許さない」という意思を強く示しました。
塩崎厚労相が言及した“指導”の一環なのかは分かりませんが、厚労省は化血研の存続意向が報じられたその日、化血研に対して医薬品医療機器法に基づく抜き打ちの立入検査に入りました。そして10月4日、立ち入り検査の結果、日本脳炎ワクチン「エンセバック」で新たな不正製造が見つかったと発表しました。
厚労省の発表によると、化血研は「エンセバック」の製造工程で、承認書に書かれた病原体の不活化処理工程を経ていない原材料を使っていたといいます。厚労省は化血研に対し、不正の経緯を報告するよう命令するとともに、「このような事態が続く場合には、医薬品製造販売業許可の取消処分に発展する可能性がある」と化血研に伝達しました。
エンセバック「製造法は承認通り」 泥仕合の様相も
化血研はこれに強く反発します。
まずは報告命令を受けたその日「一部の報道機関において、9月の厚労省の立ち入り検査で本件が発覚したと報道されているが、立入検査以前に弊所から厚労省に自主的に報告したものだ」とのプレスリリースを発表。これに対して厚労省は「化血研のプレスリリースに厚労省の事実認識が誤っているかのような印象を与える表現があるが、厚労省の認識とは大きく異なるものだ」とする報道発表を行い、泥仕合の様相も呈しました。
10月18日には、「エンセバック」の不正製造に関する指摘に対しても「製造方法は承認された内容の通り」と全面否定する弁明書を提出しました。製薬企業が監督官庁である厚労省の処分通知に反論するのは極めて異例です。
アステラスとの事業譲渡交渉も結局、打ち切りに。厚労省が求めていた化血研の“解体”は振り出しに戻りました。厚労省は引き続き事業譲渡を求めていますが、化血研が自主再建を模索しているとの報道も出ています。厚労省と化血研の間では、互いに対する不満や不信感が高まっており、両社の対立は深まるばかりです。
高まる再編圧力、見えない再生への道筋
こうした中、化血研問題を受けて設置された厚労省の「ワクチン・血液製剤産業タスクフォース」が10月18日、ワクチン・血液製剤業界の再編を促す提言をまとめました。
提言では「国内ワクチンメーカーは、これまでの護送船団方式から脱却し、新規ワクチンの研究開発力や国際競争力を十分に持つ規模・形態・組織能力を確保することが必要」と指摘。「統廃合による企業規模の拡大や、株式会社等への組織体制の見直し、透明性の高い強固なガバナンスや高い倫理観に基づくコンプライアンスの強化を強く促し、ワクチン産業の業界再編を推進する」としました。
血液製剤についても問題意識は同様で、提言では「国内メーカーは小規模・寡占状態で研究開発費も小規模であり、欧米と比較して研究開発能力や国際競争力が脆弱」とし、企業間連携や統廃合によるスケールメリットの確保を求めました。
現在、ワクチンを製造する国内メーカーは6社、血液製剤は3社。この一部は、化血研や阪大微生物病研究会、日本血液製剤機構のような財団法人や社団法人です。一方、欧米ではワクチンメーカーの統廃合が進んでおり、英グラクソ・スミスクラインなどメガファーマ4社が世界市場の7割を握っています。
世界市場での存在感も乏しく、例えば厚労省によると、官民共同で途上国などでのワクチン接種を推進する国際機関「GAVIアライアンス」でも日本メーカーのワクチンは使われていないのが現状です。一連の問題では化血研のコンプライアンスが大きくクローズアップされましたが、タスクフォースの提言は産業構造の転換という観点からもM&Aを後押しするものとなっています。
化血研は存続の意向を持っているとも伝えられますが、仮に日本脳炎ワクチンでも不正製造が行われていたとすれば、再建の道はさらに険しくなります。
血液製剤の不正製造問題を調べた第三者委員会の報告書では「ワクチン部門では重大な不整合および不整合の隠蔽工作を認める証拠は存在しない」とされ、血液製剤部門が当時、化血研内で大きな売り上げを占める中で力を持ち、限られた企業が大半の製品供給を担う市場構造もあいまって、おごりと閉鎖性を強めたのが問題の原因だと結論付けられていたからです。
化血研は否定しているものの、厚労省の指摘が事実なら、不正は一部門の問題ではなく、化血研全体の体質との批判も免れないでしょう。
化血研問題を機に高まる業界再編の外圧と、見えない化血研再生への道筋。ワクチン・血液製剤産業の転換点となる可能性もあるだけに、今後も事態の推移から目が離せません。