治療効果が高く画期的な新薬との評価がある一方、高額な薬価が議論を呼んでいる免疫チェックポイント阻害薬。抗PD-1抗体「オプジーボ」の独壇場だった日本でも、同じ作用機序の「キイトルーダ」が近く発売される見通しで、いよいよ本格的な市場競争が始まります。
こうした中、これら2つの薬剤に関する注目の臨床試験結果が、デンマーク・コペンハーゲンで開かれた欧州臨床腫瘍学会(ESMO)総会で発表されました。非小細胞肺がんに対するファーストライン治療としての有効性を化学療法と比較した臨床第3相試験で、「オプジーボ」が優越性を示せなかった一方、「キイトルーダ」は無増悪生存期間を有意に延長。くっきりと明暗が分かれる結果となりました。
試験デザインが異なるため両試験を単純に比較することはできませんが、非小細胞肺がんのファーストラインは市場としても大きいだけに、影響が注目されます。
オプジーボ、化学療法に対する優越性示せず
小野薬品工業と米ブリストルマイヤーズ・スクイブ(BMS)が共同展開する抗PD-1抗体「オプジーボ」(ニボルマブ)。非小細胞肺がんに対するファーストライン治療としての「オプジーボ」単剤療法の可能性を探った臨床第3相(P3)試験が、「CheckMate-026試験」です。
BMSは8月、試験結果の速報を発表し、主要評価項目の無増悪生存期間(PFS=病勢進行までの期間)で化学療法に対する優越性を示すことができなかったことを明らかにしていました。「試験失敗」の知らせは関係者に大きな衝撃を与え、小野薬品、BMSともに株価は急落。小野薬品がすでに承認を取得している適応での使用に影響はない▽申請中の適応の審査に影響はない▽ほかのがん種での開発に影響はない―などといったプレスリリースを出すまでに至りました。
今回、欧州臨床主要学会(ESMO)総会で発表されたのは、この「CheckMate-026試験」の主要解析の最終結果です。
試験には、腫瘍細胞の1%以上にPD-L1が発現している未治療の非小細胞肺がん患者541人が登録。EGFRやALKの変異陽性の患者は除外されています。患者は1対1の割合で、
▽「オプジーボ」(3mg/kgを2週に1回投与)群
▽プラチナ製剤を含む化学療法群
に無作為に割り付け。化学療法群の患者は、病勢進行後に2次治療として「オプジーボ」に切り替える(クロスオーバー)ことも可能で、化学療法群の60%が切り替えました。
主要評価項目のPFSの解析対象は、登録患者のうちPD-L1が5%以上発現している患者423人に限定されました。主な結果は次の図の通りです。
主要評価項目であるPFSの中央値は、化学療法群の5.9カ月に対し、オプジーボ群では4.2カ月で、オプジーボは化学療法に対する優越性を示すことができませんでした(ハザード比〈HR〉=1.15、95%信頼区間:0.91-1.45、P=0.25)。副次的評価項目の全生存期間(OS=死亡までの期間)は、オプジーボ群で14.4カ月、化学療法群で13.2カ月でした(HR=1.02、95%信頼区間:0.80-1.30)。
安全性は、これまで実施してきた「オプジーボ」の臨床試験と一貫しており、グレード(重症度)を問わない有害事象の発現率は、オプジーボ群で71%だった一方、化学療法では92%。グレード3~4(中等度から重度)の有害事象に限れば、オプジーボ群は18%、化学療法群は51%でした。
PFS延長のキイトルーダ、進行リスクを50%低減
対照的な結果となったのが、米メルク(日本はMSD)の「キイトルーダ」(ペムブロリズマブ)単剤を非小細胞肺がんのファーストライン治療に使った場合の有効性を調べたP3試験「KEYNOTE-024試験」です。
米メルクは今年6月、主要評価項目のPFSと副次的評価項目のPS、いずれの指標でも「キイトルーダ」が化学療法に対して優越性を示したと発表。「キイトルーダ」の有効性が早期に立証されたため患者利益の観点から試験を中止するなど、好結果が期待されており、詳細な試験結果の発表に注目が集まっていました。
試験の対象となったのは、PD-L1の発現率が50%以上の未治療の非小細胞肺がん患者305人。CheckMate-026試験と同様、EGFRやALKの変異陽性の患者は除外されました。患者は1対1の割合で
▽「キイトルーダ」(200mgを3週に1回)群
▽プラチナ製剤を含む化学療群
に無作為に割り付け。クロスオーバーも可能で、化学療法群の44%が病勢進行後に2次治療として「キイトルーダ」に切り替えました。
主要評価項目のPFSは、化学療法群6.0カ月に対し、キイトルーダ群は10.3カ月(HR=0.50、95%信頼区間:0.37-0.68、P<0.001)。キイトルーダ群はPFSを有意に延長し、病勢進行のリスクを化学療法に比べて50%低減しました。
副次的評価項目のOSでは、投与開始6カ月時点でキイトルーダ群の患者の80%が生存していたのに対し、化学療法群では72%が生存(HR=0.60、95%信頼区間:0.41-0.89、P=0.005)。こちらも、キイトルーダ群が有意に延長しました。奏効率(ORR、腫瘍が一定以上縮小した割合)は、キイトルーダ群で45%、化学療法群で28%でした。
安全性は、これまで非小細胞肺がんを対象に行ってきた「キイトルーダ」の臨床試験と一致していたといいます。グレードを問わない有害事象の発現率は、キイトルーダ群で73%、化学療法群で90%。グレード3~5(中等度から重度)の有害事象は、キイトルーダ群の27%、化学療法群の53%で見られました。
明暗分かれた要因は?対象患者に大きな違い
対象的な結果となった「CheckMate-026試験」と「KEYNOTE-024試験」。明暗を分けた要因は何だったのでしょうか。
両試験で大きく異なったのが、対象患者です。「CheckMate-026試験」ではPD-L1発現率が5%以上の患者を主要評価項目の解析対象としていた一方、「KEYNOTE-024試験」はPD-L1発現率が50%と以上と、より高い患者を対象としていました。高い効果が期待できる患者に対象を絞ったことが好結果をもたらした可能性があります。
「KEYNOTE-024試験」の結果について、ルーヴァン・カトリック大付属病院(ベルギー)のJohan Vansteenkiste教授は「ほかの試験とは対照的に主要評価項目を達成できた理由は、PD-L1発現率50%以上というペムブロリズマブでの治療に最適な患者が対象となっていたからだ」とコメントしています。
一方、「CheckMate-026試験」論文の筆頭著者を努めた米フロリダ病院がん研究所のMark A. Socinski氏は「残念な結果となったのにはいくつかの理由がある」とし、OSで差がつかなかったことについてはクロスオーバーした患者の割合が多かったことなどを挙げています。
「オプジーボ」と「キイトルーダ」では標的に対する親和性(結合力)が高いことも知られており、これが有効性の差を生んでいるとの見方もあります。
今後の開発・市場競争への影響は?
「027試験」にかけるオプジーボ
「オプジーボ」は2015年12月に非小細胞肺がんのセカンドラインの適応を取得。ファーストラインへの対象拡大を目指して行ったのが「CheckMate-026試験」でした。
同試験は失敗に終わったものの、ファーストラインでの▽「オプジーボ」単剤▽抗CTLA-4抗体「ヤーボイ」(イピリムマブ、BMS)との併用療法▽化学療法との併用療法―の有効性の可能性を探る「CheckMate-027試験」は継続中。027試験の結果次第では、ファーストラインへの対象拡大に道が開ける可能性も残っています。
キイトルーダ、好結果を規制当局に提出
一方の「キイトルーダ」は、今年2月に非小細胞肺がんへの適応拡大を申請。年内にも承認を取得する可能性があります。
もともとはセカンドラインの適応で申請を行っていますが、好結果となった「KEYNOTE-024試験」の結果はすでに日米欧の規制当局に提出済み。日本での承認が申請通りセカンドラインになるのか、試験結果が評価され、ファーストラインも含めて承認されるかは、現時点では分かりません。
(【追記】「キイトルーダ」は2016年12月、PD-L1陽性の非小細胞肺がんの適応について、ファーストラインも含めたかたちで適応拡大が承認されました)
非小細胞肺がんは肺がんの85%を占め、ファーストラインの適応を取れるかどうかは販売額にも大きく影響しそうです。
ただし、KEYNOTE-024試験が対象としたPD-L1高発現の患者は進行性非小細胞肺がん患者の3割程度とされ、同試験結果をもとに「キイトルーダ」がファーストライン適応を取得した場合、使用できる患者は一部に限定される可能性もあります。Johan Vansteenkiste教授は「PD-L1の発現レベルが低い患者でも、化学療法に比べてペムブロリズマブが有益かどうか確認する追加の研究がなされるべきだ」とコメントしています。
「オプジーボ」の薬価引き下げや、最適使用推進ガイドラインの策定による適正使用の厳格化が検討されている中で出てきた、2つの試験結果。今後の動きにも目が離せません。