製薬業界の悲願がようやく実現することになりました。
2016年度薬価制度改革では、医療現場で長く使われている「基礎的医薬品」の薬価を維持するルールが新設されます。採算割れを防いで安定供給を担保する、いわば“セーフティーネット”のような仕組みで、製薬業界が長年に渡り要望を続けてきたものです。業界にとってはマイナス面が目立つ今回の薬価制度改革の中で、数少ない明るい話題と言えます。
一方、2010年度に試行導入された「新薬創出・適応外薬解消等促進加算」は、今回もこれまで通り試行という形で継続することになりました。加算の“費用対効果”に対しては依然として疑問の声も多く、制度の在り方をめぐっては次回の薬価制度改革でも議論が続くことになります。
INDEX
対象に134成分617品目、薬価引き下げ行わず
今回新たに設けられる基礎的医薬品の薬価維持ルールは、医療機関で長年使われ、治療に欠かすことのできない医薬品が採算割れに陥って供給不能になってしまうのを防ぐためのもの。継続的な安定供給を確保するのが狙いです。
基礎的医薬品は
(1) 薬価収載から25年以上経過し、乖離率が薬価収載されている全ての医薬品の平均以下
(2) 一般的なガイドラインに記載され、広く医療機関で使われているなど、汎用性のあるもの
(3) 過去に不採算品再算定を受けた品目、古くから医療の基盤となっている病原性物に対する医薬品及び医療用麻薬
の要件を満たす医薬品。基礎的医薬品に指定された品目は、薬価改定の際に市場実勢価格に基づく引き下げは行わず、改定前の薬価を維持します。同じ成分で複数の品目がある場合は、成分ごとに最も販売額が大きい品目に薬価を集約した上で維持することになります。
2016年度の薬価改定で基礎的医薬品として薬価が維持されるのは、134成分617品目。抗菌薬「アモリン細粒」や抗HIV薬「レトロビルカプセル」、モルヒネ製剤「MSコンチン錠」、副甲状腺ホルモン製剤「チラーヂンS散」などが対象となっています。
厚労省によると、事前に製薬企業から申請のあった品目の7~8割が対象に選ばれたといいます。
「不採算品再算定」「最低薬価」の前に薬価下支え
現行の薬価制度にも、医薬品の安定供給を確保するための措置があります。「不採算品再算定」と「最低薬価」です。今回、新設される基礎的医薬品の薬価維持ルールは、これら2つの措置が適用される前に、薬価を下支えする制度として位置付けられます。
不採算品再算定は、採算が困難になった医薬品の薬価を引き上げる制度。対象は▽保険医療上の必要性が高い▽薬価が著しく低く製造販売を継続することが困難――の要件を満たす医薬品です。
不採算品再算定の対象となった場合、市場実勢価格による薬価の引き下げは行わず、製造原価などのコストを積み上げる「原価計算方式」によって薬価を決めます。
一方、最低薬価は剤形ごとに最低限の供給コストを確保するため、成分に関係なく剤形ごとに設定しているもの。これ以上薬価が下がることはない、という最低ラインです。市場実勢価格に基づいて算定された薬価がこれを下回った場合、最低薬価がその医薬品の薬価となります。
今回新設される基礎的医薬品の薬価維持ルールは、従来からあるこれら2つの措置の上に位置するイメージです。
不採算品再算定や最低薬価に陥ってしまわないよう、その前に薬価の下落を食い止めるのです。
収載から25年で薬価半減…それでも供給コストはかかる
不採算品再算定と最低薬価という2つの薬価上の措置がありながら、今回新たに基礎的医薬品の薬価を維持するルールを導入するのは、従来からある2つの措置がそれぞれ課題を抱えていたからです。
日本製薬団体連合会が中央社会保険医療協議会(中医協)に提出した資料によると、1990年の薬価を100円とした場合、平均的な引き下げ幅が適用されたケースでも、薬価は2014年には44.6円まで低下してしまっています。
一方、長年にわたって安定供給を続けていくためにはコストもかかります。
日薬連が過去に不採算品再算定を受けた品目について不採算に陥ってしまった理由を調べたところ、「製造設備老朽化に伴う設備更新費用の発生」「使用量減少に伴う生産効率の低下」「薬事規制改正への対応によるコストの増加」などが挙がりました。
一度引き上げてもいずれ不採算に
こうした理由で採算がとれなくなった医薬品の薬価を不採算品再算定によって引き上げたとしても、その後は薬価改定のたびに薬価はまた下がっていきます。いずれ再び不採算に陥ってしまうことになり、実際、繰り返し不採算品再算定の適用を受けている品目も少なくありません。
最低薬価にも課題があります。そもそも最低薬価が設定されていない剤形があるほか、品目によっては最低薬価まで下落する前に不採算に陥ってしまう医薬品もあると、製薬業界は指摘しています。
16年度は限定的な実施に、対象拡大が今後の課題
基礎的医薬品の薬価を維持するルールは、こうした課題を解決するために導入されます。
しかし、医療費負担の面から薬価が下がらなくなることを懸念する意見もあり、2016年度薬価制度改革では試行的な取り組みとされ、対象も限定した形で導入されることになりました。
製薬業界側は新ルールの導入を「継続的な安定供給確保に資するものとして高く評価する」(日薬連)、「企業の安定供給努力を評価し、医療上必要性の高い医薬品の安定供給につながるものとして評価できる」(日本製薬工業協会)と評価しています。
その一方で製薬企業の供給責任が増したとも言え、企業側には安定供給の継続に向けたより一層の努力が求められます。
基礎的医薬品の対象はひとまず、過去に不採算品再算定を受けた品目と病原生物に対する医薬品、医療用麻薬に限定されました。
しかし、これら以外にも長年医療機関で使われている必要不可欠な医薬品は存在します。WHO(世界保健機関)が基本的な医療に最低限必要な医薬品としてリスト化している、いわゆるエッセンシャルドラッグは現在約300成分。基礎的医薬品の対象範囲をめぐっては、今後も議論が続きそうです。
新薬創出加算“投資効果”依然納得得られず
2010年度の薬価制度改革で試行導入され、2012年度、2014年度と試行が続いていた「新薬創出・適応外薬解消等促進加算」は、2016年度も試行の形で現行要件のまま継続することが決まりました。
新薬創出加算は▽薬価収載から15年以内で後発品が発売されていない▽乖離率が全医薬品の平均以内―などの要件を満たす新薬が対象。後発品が発売されるまでの間は加算によって薬価を維持することで、新薬創出やドラッグ・ラグの解消を目指すものです。
後発品が発売された、あるいは薬価収載から15年が経過したあとの薬価改定では、それまで加算によって維持されていた分の薬価を一括して引き下げます。
新薬創出加算をめぐっては、過去の薬価制度改革でも、その“費用対効果”が議論になってきました。2010年度の導入以降、新薬創出加算に使われた財源は累計2180億円。それに見合うだけの新薬創出やドラッグ・ラグの解消ができているかとの指摘が繰り返しなされてきたのです。
今回の薬価制度改革に向けても、こうした点が議論になりました。
製薬業界側は、新薬創出加算の試行導入以降、新薬開発への投資が増加したことなどを訴えましたが、中央社会保険医療協議会(中医協)では「企業がどれだけ開発投資を行っているかということではなく、それによってどうなったかというアウトカムを検証しなければならない」(支払い側委員の幸野庄司・健康保険組合連合会理事)といった指摘が出るなど、依然として納得が得られませんでした。
恒久化・制度化、次期改革でも議論に
もっとも、今回の薬価制度改革で製薬業界側は、これまで求めていた新薬創出加算の「恒久化」や「制度化」(現在「経過措置」として実施されている新薬創出加算を薬価制度の「本則」に位置付ける)ではなく、加算の「維持・継続」を求めていました。基礎的医薬品の薬価維持ルールなどほかの要望の実現を優先したためです。
もちろん、製薬業界側には「制度化していただきたいという気持ちはある」(日本製薬団体連合会の野木森雅郁会長)といいます。恒久化・制度化を含めた加算の在り方については、2018年度薬価制度改革でも引き続き議論が行われることになります。
新薬創出加算をめぐっては、その効果に加え、平均乖離率に収まった新薬を対象としていることについて「『価格の下落率』という形式面に着目しており、真に有用な医薬品を評価する仕組みとなっていない」(財務省)といった指摘もあり、議論は一筋縄ではいかなそうです。
新薬創出加算の恒久化・制度化は、対象品目の選定方法の妥当性と、加算に見合った客観的な成果を、製薬業界が示せるかどうかにかかっています。