
(写真:ロイター)
[ロンドン ロイター]ドナルド・トランプ米大統領が米国内の医薬品価格引き下げに向けた大統領令に署名し、世界の製薬業界に混乱を招く中、トランプ氏が言うように米国が他国に処方薬のコスト負担を強制することが可能なのかどうか、欧州諸国が注視している。
欧州委、影響を評価
トランプ氏は今月12日、他の先進国が処方薬のコストの多くを米国民に転嫁していると批判し、貿易政策も動員して他国に費用負担を求めるよう指示した。トランプ政権は、欧州など他の先進国との医薬品の価格差を縮小したい考えだ。欧州諸国の処方薬の価格は、平均で米国の3分の1に抑えられている。
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デンマークのモルテン・ボツコフ産業ビジネス相は、大統領令について協議するため同国に拠点を置く製薬企業と会談する予定だ。ボツコフ氏はロイターの取材に対し「米国が引き起こす不確実性は世界にとって悪影響だ」と指摘。「デンマークの製薬企業は世界でもトップクラスであり、デンマークにとって極めて重要だ。トランプ氏のメッセージによって、そのことが変わることはない」と語った。会談の詳細については明らかにしなかった。
デンマークは、同国を本拠とするノボノルディスクの事業拡大と、同社の糖尿病治療薬「オゼンピック」や肥満症治療薬「ウゴービ」への旺盛な需要の恩恵を受けてきた。トランプ氏は他国との価格差が大きい医薬品として肥満症薬を名指ししている。時価総額2650億ユーロ(約2957億ドル)で欧州第3位の上場企業であるノボは、ボツコフ氏との会談に期待していると述べた。
米国の医薬品価格は、製薬会社と雇用主や保険会社との間の仲介役を担う薬剤給付管理業者(PBM)が関与する複雑な交渉によって決まる。PBMは米国の医薬品価格を釣り上げているとして批判を受け続けている。一方、欧州では、多くの国が公的医療制度を通じて政府が製薬企業と直接交渉し、コストを抑えている。
EU(欧州連合)の執行機関である欧州委員会の報道官は13日、トランプ氏の大統領令が欧州企業に与える影響を評価する予定だと記者団に語った。報道官は「製薬業界が米国とEUの双方で課題に直面していることは理解している」と述べ、欧州委のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長が先月、製薬業界幹部らと会談し、米国の医薬品関税の脅威に関する懸念に対応したことを指摘した。
トランプ氏「米国は他国の医療費を補助しない」
トランプ氏は最初の任期中にも薬価引き下げに向けた大統領令を発令した。このときはメディケアの対象となる特定の医薬品に焦点が当てられ、今回の大統領令よりも限定的なものだったが、裁判所によって実行を阻止された。
トランプ氏は、他国の製薬企業が価格引き下げに応じない場合、関税を課す可能性があると述べている。政権は先月、医薬品への関税導入に向けた調査を開始した。トランプ氏は12日、「もはや米国は他国の医療費を補助することはない。逆に言えば、これまではそうしていたということだ」とし、「製薬企業を批判しているわけではない。企業よりも各国を批判しているのだ」と語った。
米国人は他国に比べて多額の費用を医薬品に支払う一方で、より多くの治療を受けることができる。英国の医学雑誌に掲載された2024年の研究によると、過去30年間に米国で発売されたがん治療薬の数は英国の1.5倍に上る。
英アストラゼネカの広報担当者は、同社は医薬品コストを世界が公平に分担することを支持しているとした一方、変更にあたっては「ケアの混乱、米国のバイオテクノロジー分野でのリーダーシップの弱体化、イノベーションの阻害」を避けなければならないと指摘した。
ロイターが取材した7人の薬価専門家や弁護士は、製薬企業と各国政府との間の機密契約の詳細をトランプ政権がどのように法的に要求できるかは不明だと話した。大統領令では30日以内に製薬企業に対して価格の目標を提示することが求められているが、それには他国の価格の詳細に関する情報が必要になる。
説得力ある脅威
医薬品価格に関する制度は国によって異なり、各国の財政事情も絡む。リーズ大の医療経済学者であるダニエル・ホウドン氏は、英国の国民健康サービス(NHS)は財政難から厳格なコスト抑制策と償還政策をとっており、製薬企業は新薬により高い価格を求めることはできないと指摘。「法律や政策が何らかの形で見直されない限り、トランプ氏が求めるコスト負担を英国で実現することはできないだろう」と話している。
ドイツ保健省の広報担当者は、米国の大統領令がどのように実行されるか予測が難しいとし、「ドイツには公的医療保険と製薬業界の間で医薬品の価格交渉を行うための明確な枠組みがある」と話した。
USBのアナリスト、チュン・フイン氏は、関税の脅威があったとしても、人口の高齢化や医療予算の逼迫によって各国政府が医薬品への支出を増やすのは難しいと指摘した。
英国政府はNHSの医薬品の価格を公表していない。英保健社会福祉省の関係者によると、一部の医薬品の価格は米国のおよそ4分の1にとどまるという。
それでも、トランプ政権は各国政府に対し、国民医療制度に根付いた長年の価格設定慣行の見直しを迫る可能性があると、欧州製薬企業の関係者はロイターに語った。ヴァーダント・リサーチの医療経済学者、アンナ・カルテンボック氏は「トランプ氏が製薬業界に対し、自らが持つあらゆる交渉手段を示し、関税導入の意欲に基づいてある程度説得力のある脅威を与えていると解釈できる」と話した。
(取材:Maggie Fick/Stine Jacobsen/Andrew Silver/Andreas Rinke/Bart Meijer/ Michael Erman/Patrick Wingrove、編集:Josephine Mason/Bill Berkrot、翻訳:AnswersNews)