
署名した大統領令を手に記者会見するトランプ氏(ロイター)
[ワシントン ロイター]米国のドナルド・トランプ大統領は5月12日、薬価の引き下げを指示する大統領令に署名した。米国内の薬価を他国と同水準まで引き下げるよう求めているが、アナリストや法律専門家はその実現を疑問視している。
30日以内に目標価格提示
米国政府は30日以内に製薬企業に価格の目標を示す。企業が目標達成に向けた「顕著な進展」を見せなければ、価格引き下げに向けたさらなる措置を講じるといている。
投資家やアナリスト、薬価の専門家らは、大統領令は懸念されていたほど厳しいものではなかったとした上で、実行性に疑問を呈した。「最恵国待遇価格」の脅威によって下落していた製薬会社の株価は、12日に回復し上昇した。
トランプ氏は記者会見で、米国内の(医薬品)価格が他国と釣り合わない場合、政府は関税を課すと述べ、59%から90%の薬価引き下げを目指すと強調。「誰もが平等であるべきだ。誰もが同じ価格を支払うべきだ」と語った。
米国は処方薬に対して他国よりも高い価格を支払っており、他の先進国の3倍近くに達するケースも少なくない。トランプ氏は最初の大統領任期中にも米国の薬価を他国と同水準まで引き下げようと試みたが、裁判所に阻まれた。
今回の大統領令は、トランプ氏がインフレ対策と日用品の価格引き下げという選挙公約を果たそうとしている中で行われたものだ。トランプ氏は、今回の大統領令は、ロンドンで88ドルで手に入った減量注射薬が米国では1300ドルもしたと友人から聞いたことがきっかけだったと語った。
大統領令の写しによれば、製薬会社が価格引き下げの求めに応じない場合、政府は規則制定を用いて薬価を国際水準まで引き下げ、他の先進国からの医薬品輸入や輸出制限などといった追加措置を検討する。
大統領令は政府に対して、他国が支払う価格で医薬品を販売する「消費者直接購入プログラム」の促進を検討することも指示している。
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「数千ドルの対米投資計画危うく」
米国研究製薬工業協会(PhRMA)のスティーブン・ユーブルCEOは声明で「社会主義国のような価格規制の導入は、米国の患者や労働者にとって不利益となる。治療や治癒の機会が減り、PhRMA加盟企業による数千億ドルの対米投資計画を危うくする」と指摘。高薬価の真の理由は「他国が公平な負担をしていないこと、そして中間業者が価格をつり上げていることだ」と述べた。
大統領令は、米連邦取引委員会(FTC)に対し、製薬企業による反競争的慣行について積極的な調査を検討するよう指示している。ホワイトハウスの高官は、後発医薬品メーカーとの取引によって安価な代替品の市場参入を遅らせるなど、製薬企業が競争を阻害するために用いる戦術を調査対象に挙げた。
医療政策弁護士のポール・キム氏は、大統領令は法的な異議申し立てに直面する可能性が高く、特に海外からの医薬品輸入などは米国法が定める範囲を超えていると指摘。「大統領令はより広範な、あるいは消費者への直接的な輸入を示唆しており、法律で認められる範囲をはるかに超えている」と話す。
ジョージタウン大学ロースクールの医療法教授、ローレンス・ゴスティン氏によると、そうした異議申し立てには数カ月かかる見込み。大統領令に盛り込まれた「散発的な脅し」ではない、価格引き下げを強制する具体的な措置をトランプ政権が講じた後になると見通す。ゴスティン氏は「実際に影響が生じ、その実態を把握し、企業が薬価を下げざるを得ないと感じた時点で、訴訟が洪水のように押し寄せるだろう」と語った。
製薬株は軒並み上昇
FTCは、製薬会社やその他の医療関連企業に対して反トラスト法(独占禁止法)に基づく取締りを行ってきた長い歴史がある。トランプ氏は先月、FTCに対し、他の連邦機関と連携して製薬業界の反競争的慣行に関するヒアリング(意見聴取会)を行うよう指示した。
FTC報道官のジョー・シモンソン氏は、「トランプ氏は薬価引き下げを掲げて選挙を戦い、今日まさにそれを実行している。アメリカ国民はぼったくりにうんざりしている。FTCはこの新しい取り組みにおいて誇り高きパートナーとなるだろう」と話した。
主要な製薬会社の株価は、市場前取引で一旦下落したものの、12日には市場全体とともに上昇した。米メルクは5.8%高で取引を終え、ファイザーは3.6%、ギリアド・サイエンシズは7.1%上昇した。製薬企業で時価総額世界最大のイーライリリーも2.9%上昇した。
アナリストらは、大統領令には懸念を引き起こすような詳細な価格引き下げ計画は含まれていなかったと指摘。BMOキャピタルマーケッツのアナリスト、エヴァン・サイガーマン氏は「実行はかなり難しい。彼は以前にもこれをやろうとしたが、裁判所に止められた」と話した。
大統領令は、商務長官などに対して価格差の原因となりうる医薬品や成分の輸出に関する措置を調査し、対応を検討するよう命じている。商務省はコメントの要請に直ちに応じなかった。
(取材:Patrick Wingrove/Michael Erman/Steve Holland/Susan Heavey/Jarrett Renshaw/Jody Godoy/Karen Freifeld/Dietrich Knauth/Maggie Fick、編集:Caroline Humer/Mark Porter/Alistair Bell/Bill Berkrot、翻訳:AnswersNews)