ナルコレプシー治療薬の開発が活発化しています。武田薬品工業は自社創製のオレキシン受容体作動薬oveporexton(開発コード・TAK-861)の臨床第3相(P3)試験を今年開始し、早ければ25年度にも申請を行う方針。大型化を見込んでいます。アキュリスファーマも国内のライセンスを持つヒスタミンH3受容体拮抗薬/逆作動薬ピトリサントのP3試験で主要評価項目を達成。申請の準備を進めています。
タケキャブ以来の自社創製品
武田薬品工業は12月13日に開いたR&D説明会で、2025~29年度に承認申請を予定する6つの新薬候補について、ピーク時に計100~200億ドル(約1兆5000億~3兆円)の売上高を想定していると明らかにしました。そのうちの1つが、25~26年度の申請を見込むナルコレプシー治療薬oveporexton(開発コード・TAK-861)です。同社湘南研究所で創製されたオレキシン2受容体作動薬で、ピーク時の想定売上高は20~30億ドル(約3000~4500億円)。15年に発売した酸関連疾患治療薬「タケキャブ」以来の自社創製品としても期待をかけています。
ナルコレプシーは、日中の耐え難い眠気や繰り返す居眠りを主な症状とする睡眠障害。睡眠覚醒リズム(日中の覚醒と夜間の睡眠)を調節する神経ペプチド「オレキシン」が欠乏するなどして、睡眠覚醒リズムが不安定になることが原因で起こるとされます。
一部の患者では「楽しい」「驚いた」など感情が動いたときに筋肉に力が入らなくなる「カタプレキシー(情動脱力発作)」という症状も見られ、それ以外にも、入眠時の幻覚や睡眠麻痺(いわゆる金縛り)に悩まされることもあります。臨床では、カタプレキシーを伴う場合を「タイプ1」、伴わない場合を「タイプ2」と分類。タイプ1の患者は、オレキシン濃度の著しい低下も認められます。
ナルコレプシーは思春期に発症することが多く、試験や会議、運転といった場面でも本人の意思に反して睡眠発作が起こることから、生活に大きな影響を及ぼします。日本での有病率は10万人あたり5.0~27.1人程度。稀な疾患であり、症状の発現から診断までには平均で10年以上かかります。患者の多くは複数の診療科をたらい回しにされ、うつ病やADHDなどと診断されることも少なくありません。
現在の治療の中心は、症状を抑える対症療法や生活習慣の改善など。薬剤治療としては、眠気を抑える中枢神経刺激薬や、カタプレキシーを抑えるための抗うつ薬が使用されていますが、根本的な治療法はありません。オレキシン2受容体作動薬は病態生理に紐づく治療として注目されており、オレキシンに代わってオレキシン2受容体に結合し、下流の神経伝達物質の活性を回復させることで症状の改善をもたらすと期待されています。
武田の新薬 P3試験は「1年以内にリードアウト」
武田のoveporextonは、長時間作用型の経口薬。1日2回の投与で自然なオレキシン濃度の日内変動を模倣するよう設計されており、日中の覚醒を保つとともに夜間の覚醒を回避します。
予定適応症はナルコレプシータイプ1。4つの用量を検証したプラセボ対照のP2b試験では、投与8週時点で健常成人と同等レベルの覚醒維持を確認し、主要評価項目を達成しました。副次評価項目であるエプワース眠気尺度(複数の日常生活の状況を想像し、その時の眠気を評価する質問票)でも大部分の被験者が健康成人と同等のスコアを達成したほか、カタプレキシーの抑制が認められました。いずれも6カ月の追加投与でも効果の持続が確認されています。
グローバルP3試験は今年半ばに開始。データリードアウトは25年を予定しており、その後ただちに申請してファースト・イン・クラスとしての市場投入を目指します。米国ではブレークスルーセラピー指定を受けていて、日本でも米国と同じタイミングでの申請を目指します。
最大市場の米国には9万5000人から12万人の患者がいると推定されています。グローバルポートフォリオディビジョンプレジデントのラモナ・セケイラ氏は、普及に向けては50%未満ともされる診断率の向上が欠かせないとし、「武田は外部のパートナーと組んで診断精度向上に向けたデジタル技術の活用や、患者が自宅で検査できるソリューションの開発に取り組んでおり、これらによって10~20%診断率を高めることを目指す」と強調。また「多剤併用にもかかわらず残遺症状に悩む患者は8割に上り、治療をやめてしまう患者もいる。機能的回復をもたらす根本的な治療で、治療の継続・治療への期待値向上につなげたい」とし、将来的に30~50%の市場シェアを目指す考えを示しました。
同社ではこのほか、経口薬の「TAK-360」と静注剤の「TAK-925」が臨床開発段階。高用量のTAK-360はオレキシン欠乏を伴わない適応症に対する効果が見込まれているのが特徴で、ナルコレプシータイプ2と特発性過眠症(原因不明の過眠症)を対象に開発が行われています。今年度中にP2試験を開始する見通しです。
アキュリス、ピトリサントが申請間近
ナルコレプシー治療薬の開発は武田薬品以外でも進んでいます。国内では、21年設立のアキュリスファーマが仏バイオプロジェから導入したヒスタミンH3受容体拮抗薬/逆作動薬ピトリサントを開発中。今年10月、P3試験で主要評価項目のエプワース眠気尺度でプラセボに対する統計的有意差が確認されたと発表しており、同試験の結果をもとに申請準備を進めています。
ヒスタミンは覚醒作用をもつ脳内伝達物質で、ピトリサントはヒスタミンの産生を増やすことで日中の過度の眠気を抑えるなどの効果を発揮すると考えられています。海外では「Wakix」の製品名で16年に欧州で、19年に米国で承認されており、米国では7億ドル程度(24年見込み、約1000億円)を販売するヒット製品となっています。
オレキシン受容体作動薬では、エーザイと住友ファーマもそれぞれ自社創製品の開発を進めています。住友ファーマは日本と中国・一部アジアを除く全世界での開発・販売権をアイルランドのジャズ・ファーマシューティカルズに供与しており、海外ではジャズがP1試験を進行中です。
ネクセラファーマ創製のオレキシン2受容体作動薬ORX750は、導出先の英Centessaが先月、P2試験を開始。帝人ファーマは4月、自社創製のTPM-1116に関する全世界でのライセンスをバイオプロジェに供与しました。バイオプロジェはWakixの米国展開で提携する米ハーモニー・バイオサイエンスとともに開発を進めており、25年半ばには米国でIND申請を行う見通しです。
海外の開発動向をさらに詳しく見ていくと、後期開発段階のパイプラインがいくつか確認できます。P3試験の段階にあるのは、スイスNLSファーマのマジンドールER(徐放性製剤)と、米Axsomeの「AXS-12」(reboxetine)。マジンドールは日本では食欲抑制薬として承認されていますが、部分的なオレキシン受容体作動薬としての作用も持つと考えられています。AXS-12はノルアドレナリン再取り込み阻害と皮質ドーパミン調節作用を持つ薬剤で、今年11月、プラセボ対照のP3試験で主要評価項目のカタプレキシーの頻度を有意に改善したと発表。米国で申請の準備を進めています。