製薬企業の間で、「クロスアポイントメント制度」を活用して大学教員を自社の研究員として受け入れる動きが出てきました。企業側はアカデミアの知を新薬創出につなげたい考えで、大学側も企業での実務経験の還元を期待します。
「産学の人材交流、イノベーションのデフォルトに」
クロスアポイントメント制度は、研究者が大学、公的研究機関、企業の中で2つ以上の機関に雇用されながら、一定のエフォート(業務割合)管理の下、各機関での役割に応じて研究開発や教育に従事することを可能にする仕組み。専門人材の流動化を促進し、イノベーションを創出することを目的に、経済産業省と文部科学省によって2014年に創設されました。
大学の研究者がクロスアポイントメントを活用して民間企業でも勤務する場合、大学と企業が業務割合などを定めた協定書を結び、大学が研究者に企業への出向(在籍出向)を命令。研究者は企業と新たな雇用契約を結び、企業は業務割合に応じて研究者の給与や社会保険料などを負担します。大学にとっては外部資金獲得ツールとしての側面もあり、給与の一部を企業に負担してもらうことで、浮いた資金を学内に再配分できるメリットがあります。
協和キリンは今年10月、クロスアポイントメント制度を活用して東京科学大生命理工学院から門之園哲哉准教授を研究員として迎えました。門之園准教授は、バイオ医薬品のデザイン技術などを研究しており、大学で教員として研究を続けながら、協和キリンの東京リサーチパーク(東京都町田市)で同社主任研究員として研究業務に従事します。
協和キリンは2023年4月、旧東京工業大(現東京科学大)生命理工学院と、創薬技術に関する共同研究と組織的連携のための契約を締結。提携は、同院の技術シーズと協和キリンの創薬技術を組み合わせることで画期的な医薬品の創出を目指すもので、これまでも研究紹介やワークショップなど両者の研究者が密に連携する機会を設けてきました。今回のクロスアポイントメント制度の活用も、こうした取り組みの一環です。
協和キリンは、門之園准教授が持つバイオ医薬品のデザイン技術に関する専門性を、画期的新薬の継続的な創出につなげたい考えです。一方、東京科学大生命理工学院は、企業での実務経験が実用化を見据えた研究能力の向上に寄与すると期待。梶原将学院長は「大学教員の産業界での実務経験が新たなイノベーションをもたらし、将来は産から学への一方向だけでなく、産学間の相互人材流動がイノベーションのデフォルトとなることを期待している」としています。
大学→企業の出向わずか
千葉大は今月11日、アステラス製薬とクロスアポイントメント協定を結んだと発表しました。同大理学研究院の村田武士教授が同社に在籍出向し、アステラスの研究専門職の1つであるPrincipal Investigator(PI)として研究に従事します。
村田教授は長年、膜タンパク質に焦点を当てた基盤技術の開発に取り組んでいます。アステラスは村田教授を迎えることで、膜タンパク質の構造解析系を社内に確立し、合理的な化合物デザインを可能にする創薬プラットフォームの構築を目指します。技術移転には熟練した経験に基づく判断があり、村田教授が直接、アステラスの研究者らに指導を行います。
アステラスは国立がん研究センター先端医療開発センターからも、クロスアポイントメント制度を活用し、昨年2月から2年間の予定で研究者をPIのポジションで受け入れています。
クロスアポイントメント制度は今年で創設から10年となりますが、特に大学から企業への派遣はなかなか広がりません。文科省の調査によると、22年度にクロスアポイントメント制度を活用して企業に出向した大学教職員は55人。18年度の17人と比較すると3倍以上に増えてはいるものの、企業以外への出向(22年度は474人)を大きく下回っています。他機関からの受け入れも、企業は企業以外の半分以下にとどまります。
経産省と文科省は、大学から企業へのクロスアポイントメントが広がらないのは、研究者本人へのインセンティブが乏しいことが要因の1つだと指摘。クロスアポイントを行う場合は、大学での給与水準と同程度とすることを前提とせず、受け入れ企業への貢献度に応じて手当などを支給することを推奨しています。