日本イーライリリーのアルツハイマー病(AD)治療薬「ケサンラ」(一般名・ドナネマブ)がきょう11月20日、薬価収載されました。エーザイとバイオジェンが手がける「レケンビ」(レカネマブ)の登場から約1年。2剤による競合と市場の掘り起こしが始まります。
ピーク時販売予測796億円
ケサンラとレケンビはいずれも、脳内にたまったアミロイドβを除去することで早期AD(ADによる軽度認知障害や軽度の認知症)の進行を抑制する薬剤。どちらも点滴薬ですが、レケンビが2週間に1回、約1時間かけて投与するのに対し、ケサンラは4週間に1回、30分以上と、投与頻度が少なく投与時間も短くなっています。
投与期間はレケンビが原則18カ月で、医師の判断でさらに投与を継続することも可能。ケサンラも原則18カ月ですが、投与開始後12カ月を目安に行う評価でアミロイドβプラークの除去が確認された場合は投与を完了します。国際共同臨床第3相試験(TRAILBLAZER-ALZ2)では、ケサンラの投与を受けた患者の66%が投与12カ月後にアミロイドβプラークの除去を達成しました。
ケサンラの薬価は、レケンビを対照薬とした類似薬効比較方式で算定されました。12カ月で投与完了できることが評価され、5%の有用性加算IIが上乗せされた結果、薬価は1バイアル6万6948円(1日薬価8560円)となりました。体重50kgの患者に1年間投与すると308万円かかる計算です。ピーク時の売り上げ予測は796億円(投与患者数2万6000人)で、レケンビの986億円(3万2000人)を下回っています。
薬価収載を審議した11月13日の中央社会保険医療協議会(中医協)総会では、レケンビとケサンラの切り替えについても議論になりました。厚生労働省は「基本的には1つの薬剤を継続することが大前提」との考えを示し、仮にそうした事態が発生した場合には「最適使用推進ガイドライン」などへの記載も含め、安全性や医療経済上の観点から厳格に規定されることになるとしています。切り替えは「実際の医療現場では起こり得ない」(神戸大大学院の古和久朋教授)と考えてよさそうですが、市場拡大には医療保険上の制約が強くかかることになります。
レケンビは売り上げ拡大期に
ケサンラは今年7月2日に米国で承認を取得。直後に販売を開始し、7~9月期に140万ドル(約2億1500万円、米国外10万ドルを含む)の売り上げを計上しています。一方、レケンビは昨年7月6日の正式承認をまたぐ同年4~9月期に4億円を販売していました。先行する米国での市場浸透は緩やかです。
レケンビはその後、昨年12月20日に日本で販売を開始。今年1月に中国、8月に英国で承認を取得するなど展開を広げており、売り上げも拡大期に入ってきました。今年4~9月期の売上収益は163億円。7~9月期は日本が42億円、米国が105億円、中国などが16億円で、それぞれ4~6月期と比べて27億円増、59億円増、2億円増となりました。ただ、最大市場の米国では投与施設のキャパシティの問題で6000人の待機患者が発生し、通期の売り上げ予想を期初の435億円から265億円に引き下げています。
レケンビは、欧州でも今月、欧州医薬品委員会(CHMP)から承認勧告を受けました。これを受けて、EMA(欧州医薬品庁)が近く最終的な承認の可否を判断する見通しです。CHMPは今年7月に承認に否定的な見解を示し、エーザイとバイオジェンが再審議を請求。一転して承認勧告となりましたが、日本や米国では投与が認められている一部の患者については、副作用リスクの観点で対象から除外されました。オーストラリアでは欧州同様、初期の審査結果として「早期ADの治療法として推奨しない」との判断が公表されています。英国では承認されたものの、保険適用はなされていません。ADの新治療の扱いをめぐっては、各国・地域で判断が分かれています。
市場浸透、医療機関の体制確保も課題に
AD治療薬の効果に対しては、医師と一般の人で期待に大きな乖離があります。
東京大大学院の佐藤謙一郎助教らのグループは、認知症診療に関わる専門医約1000人と非医療者約2000人にAD新薬の印象などを調査。認知機能の悪化を2~3割遅らせる効果についてどう感じるかを、「全く役に立たなさそう」から「非常に役に立ちそう」まで5段階で聞いたところ、専門医では「3」が最も多く「1」と「5」が低い正規分布に近い形となりました。自身の患者に投与したいかについては、「投与したい」がやや多いものの、最も多いのはやはり「3」でした。
一方、一般の人では、新薬治療を受けてみたいかどうかで「5」が最大となっており、研究グループは「専門医と比べて、より疾患修飾薬の可能性に期待している」と分析。両者の受け止め方の差が明らかになるとともに、医療の現場で丁寧・正確なコミュニケーションが必要なポイントがどこにあるかを示しているとしています。
今後、レケンビとケサンラが医療現場に浸透していく中でも、さまざまな課題が出てきそうです。リリーが先月開催した「ヘルスケア・イノベーションフォーラム」では、東大大学院医学研究科の岩坪威教授が、実際に使用した上での問題点について関係学会や厚労省の研究班が詳細な調査を始めていることを紹介しました。
AD新薬は治療開始から6カ月を超えると、より身近な医療機関でも投与が可能になる一方で、岩坪氏は「そうしたフォローアップ投与に対して最低限のインセンティブも保障されていない」と指摘。点滴治療のための病床確保をはじめ、さまざまなチェックや投与後の観察まで3時間以上かかるにも関わらず「それだけの医療リソースを割くのにまったくペイしない」と問題視しました。医療機関から「(患者を)受け入れたいができないという声が複数から出ている」といい、新薬の市場浸透には医療機関側の体制確保もテーマとなりそうです。