スイスのフェリング・ファーマシューティカルズが、日本市場で新たな成長段階を迎えようとしています。2023年に米国で発売した膀胱がんに対する遺伝子治療薬は日本でも開発の最終段階に入っており、26~27年にも市場投入する計画。9月に日本法人フェリング・ファーマの社長CEOに就任したジョン・プルバー氏に日本事業の展望を聞きました。
「泌尿器・遺伝子治療でもリーダーに」
米国で23年に発売した遺伝子治療薬「Adstiladrin」(一般名・nadofaragene firadenovec)は、スイス・フェリングが成長ドライバーとして大型化を期待する製品。米国では「BCG不応性の筋層非浸潤性膀胱がん(NMIBC)」の適応で22年12月に承認を取得しており、日本では「FE999326」の開発コードで臨床第3相(P3)試験が進行中です。プルバー氏は「米国の次に投入を目指すのは日本。26~27年の市場投入を目指したい」と話します。
フェリング・ファーマのジョン・プルバー社長
「日本では年間約2万5000人が膀胱がんと診断される一方、治療オプションは限定的で、膀胱切除の選択を迫られることもあります。FE999326は、手術介入の前に提供できる治療薬で、膀胱全摘除術を回避したり、手術のタイミングを遅らせたりすることが期待されています」(プルバー氏)
同薬は、遺伝子インターフェロンα-2bを含有する非増殖型アデノウイルスベクターを使った遺伝子治療薬で、3カ月ごとにカテーテルを使って投与します。投与されたベクターは膀胱壁の細胞に入り込んで遺伝子を放出。インターフェロンα-2bが大量に分泌されるようになり、これによって抗腫瘍効果を発揮します。
「米国ではすでに実臨床で数千人の患者に使用されており、医師や患者からのフィードバックはポジティブ。売り上げも期待通り推移しています。十分な供給もできているし、将来の需要を満たすこともできるでしょう」(プルバー氏)。スイス・フェリングは今月3日、フィンランドに同薬の原薬製造拠点を新設したと発表しており、さらなる供給量の増加に向けて米国でも新たな製造施設の整備を急いでいます。
国内販売 体制強化に着手
日本法人では自社販売を予定しているといい、発売に向けて販売体制の構築を進めています。泌尿器・泌尿器がんをカバーするスペシャリティメディスン事業部全体で、マーケティング、セールス、メディカルアフェアーズの各チームの拡大に向けた人員増に着手。プルバー氏は「FE999326の上市時には十分な教育を済ませた状態とし、すぐに国内の患者さんに使用してもらえる体制を作っていく」と話します。
スペシャリティメディスン事業部は23年1月に立ち上げ、23年3月から前立腺がん治療薬「ゴナックス」(注射用デガレリクス酢酸塩)の自社販売を行っています。プルバー氏は「生殖医療に続き、泌尿器や遺伝子治療領域でもリーダーとなることを目指します。新製品の発売を通じてリーダーシップを発揮していきたい」と話し、FE999326への期待の大きさを伺わせました。
生殖医療、安定供給確保で事業拡大
フェリング・ファーマは向こう3年間で年平均15%の売り上げ成長を目指しています。牽引するのは現在の主力領域である生殖補助医療の製品群と、開発中のFE999326です。
現在の主力製品は、不妊治療の生殖補助医療(ART)に使用する卵胞刺激ホルモン(FSH)製剤「レコベル皮下注」(ホリトロピン デルタ)です。プルバー氏は「不妊治療の保険適用から約2年半が経ちますが、ARTによる出生児は21年度から22年度にかけて11%増加しました。一方、出生率は21年に1.30、22年に1.26、23年に1.20と下がり続けています」と指摘。「レコベルは、日本の出生率低下のスピードを遅らせることに貢献してきました」と話します。
同薬への需要は世界的に増加しており、日本でも保険適用の直後には急激な需要増と他社製品の供給不安の煽りを受けて限定出荷を余儀なくされました。スイス・フェリングはグローバルで生産量を引き上げるとともに供給網の強化に取り組んでおり、プルバー氏は「日本は米国に次ぐトッププライオリティの市場。需要を満たせるよう今後も積極的に取り組んでいく」と強調します。
プルバー氏は「過去数年間、足元のビジネスは好調でしたが、供給が何度も滞ってしまい、真の意味での業績やパフォーマンスを測れる状況になかった」と言い、安定供給を確保して来年以降は事業をさらに推進していきたいとしています。
マイクロバイオーム製品は「開発検討中」
スイス・フェリングは米国で22年にC.Difficile感染症に対するマイクロバイオーム医薬品「RBX2660」(米国製品名・Rebyota)の承認を取得し、注目を集めました。日本でも開発を検討していますが、プルバー氏は「マイクロバイオーム製品については現在、日本市場にどういったニーズがあるのか、それを満たすことができるのかを確認している段階」と述べるにとどめました。
プルバー氏は仏サノフィの出身。フェリング・ファーマの社長に就任した経緯を「家族を築きたい、よりよい生活をしたいと願う方を支援するフェリングのミッションに共感しました。個人的にもずっと日本に来たいと思っていた」と話します。フェリングでは、日本のほか、韓国、オーストラリア、ニュージーランドの事業を統括。「フェリングのプライオリティは人。各国の従業員がいきいきと働ける状況を作り、社会にインパクトを与えられる人材を育成していきたい」と言い、そうした志向を持つ人材が多く門を叩いてくることが嬉しいと話します。
「特に日本や韓国では、医療制度や人口問題が大きくなっています。こうした社会課題に応えるのがフェリング」とプルバー氏。「医療従事者、患者団体、政府との連携を強めるとともに、患者・市民への教育啓発活動を強化し、ペイシェントジャーニーを支えていきます。われわれは、お子さんを望む方々の妊娠率の向上に貢献したい」と強調します。「たとえば、35歳を過ぎると妊孕性が急速に低下することがまだ若年層に十分に理解されていない部分があると感じます。キーパートナーと連携しながらこういったことを啓蒙していきますし、同時に患者さんの心配事やニーズを社会に訴えていくことも進めます」と語りました。