1. Answers>
  2. AnswersNews>
  3. ニュース解説>
  4. LGBTQ+当事者が医療にアクセスしやすい環境をつくりたい―ノバルティスが「Ally表明医師マップ」を作成したワケ
ニュース解説

LGBTQ+当事者が医療にアクセスしやすい環境をつくりたい―ノバルティスが「Ally表明医師マップ」を作成したワケ

更新日

亀田真由

人口の3~9%を占めるとされるLGBTQ+。社会的な関心が高まる一方、存在が見えにくく周縁化されてしまいがちで、医療の分野でも受診時に不快な思いをしたり、適切な医療を受けられなかったりといった課題があるといいます。このため、医療機関から足が遠のく性的マイノリティ当事者も少なくない上、生活上の困難に起因する抑うつや依存症などさまざまな健康リスクにさらされており、健康格差の一つの遠因となっています。

 

こうした中、ノバルティスファーマは昨年、LGBTQ+を理解して支援する(=Ally・アライ)医師を検索できる「Ally(アライ)表明医師マップ」を公開しました。マップには同社が提供するe-ラーニングを修了し、アライであることを表明した全国の医師約80人(今年8月時点)が登録。アライの医師を見える化し、当事者が医療にアクセスしやすい環境づくりを目指しています。マップ作成を主導した同社の「M’Ally(マリー、Medical Allyの略)プロジェクト」の大山由紀子さんは「アライの医師が増えれば、誰もが公正な医療を受けられる社会の実現につながる」と話します。

 

 

医療機関で不快な思いをする患者、受診をためらう患者を減らしたい

――「アライ表明医師マップ」はどのようなものなのでしょうか。

アライ表明医師マップは、LGBTQ+の当事者が安心して医療を受けられることを目指した取り組みです。

 

アライであることを表明し、LGBTQ+の患者さんの支援に取り組む医師を紹介するもので、疾患情報などを掲載している患者・一般向けサイト「ノバルティス ヘルスケア」で公開しています。患者さんは地図上でアライの医師を検索することができ、所属施設と診療科、施設でのLGBTQ+の研修の有無、小児・思春期患者への対応状況などを確認することができます。

 

登録されている医師は、ノバルティスの医療者向けサイト「DR’s NET」で提供しているe-ラーニングを必ず修了しています。学習する内容は、LGBTQ+と医療について医療者が知っておくべきことや、患者さんへの声かけで気をつけるべきこと、先行施設での取り組み事例など。一定のラインを設けることで患者さんへの対応の質を担保しています。

 

ノバルティスの「Allyドクター表明書」

e-ラーニングを修了した医師が受け取るアライ表明証。学習コンテンツの作成には、アライの医療者を中心に構成される「にじいろドクターズ」や「まるっとインクルーシブ病院の実装支援プロジェクト」が協力している。

 

――作成の経緯を教えてください。

ノバルティスファーマでは、アライの医師を増やしたいという思いで2021年から医療者向けの講演会を行っています。アライ表明医師マップはその経験を踏まえて生まれたものです。

 

講演会を始めたきっかけは、医療機関の受診に困っているLGBTQ+の存在を知ったことです。医療機関の対応でいやな思いをしてしまい、受診をためらう患者さんが少なくないことを知り、私たちが働きかけることで当事者が当たり前に医療を受けられる環境をつくれたらと考え、社内で有志を募って運営を行ってきました。

 

そのとき、自分が旗振り役を買って出たのには、個人的な経験や想いもありました。ちょうど講演会をやろうと動き始める少し前、十数年来の友人から性自認のカミングアウトを受けたんです。長い付き合いでしたが私はまったく気付いておらず、「今まで傷つけていなかっただろうか」という思いで頭がいっぱいになって、上手く言葉が出てこなかった。「そうなんだ」と言うのが精一杯でした。その後、あの時何と言ってあげるのが良かったのかと調べていく中で、医療の現場では「話してくれてありがとう」と伝えることが望ましいとされていることを知りました。当時のことについては、今も少し後悔が残っています。

 

受診でいやな思いをする患者さんがいるのは、私がそうだったように、きっと医療者がどう対応していいかわからないからだと思うんです。少しでも、こういった困りごとがあることを知っていれば、対応を知っていれば、もっと社会は良くなるはず。知らないことで大事な人を傷つけたり、患者さんの信頼を損なったりするとしたら、悔しいし、怖い。そういう「もったいなさ」を解消したいと会社に伝えたところ、講演会をやるなら予算を出すよと背中を押してもらいました。

 

講演会には当事者の方にも登壇者として協力してもらい、これまでに5回行ってきました。累計で2200人の医師が参加し、医療者の関心は年々高まっていると感じています。その一方で、アライの医師の存在が当事者に伝わらないと医療アクセスの改善までは実現できないという課題も当初から感じていました。回を重ねるごとにそうした思いが強くなってきたとき、社内でコンペが立ち上がり、「いまだ!」と有志3人で応募したのがマップ作成の始まりでした。

 

医療者同士のネットワーク構築も

――困っている患者さんの存在と自身の経験がリンクしたんですね。

課題の根っこにあるのは、医療者がLGBTQ+に関する教育・トレーニングを受ける機会が少ないことです。若い医師は違うかもしれませんが、ベテランの先生ほど学生時代や研修医時代にそうした機会はほとんどなかった。実際、講演会を始めた3年前はまだ「うちの患者さんには(当事者は)いない」という声を聞くこともありました。医療現場を含め、この数年で社会の意識は大きく変わりつつあると思っています。

 

LGBTQ+当事者と医療者がいつどこで出会うかはわかりません。人口に占める割合から考えると、すでにどこかで会っていてもおかしくないわけですが、受診時に性自認を伝えずに済むなら伝えないという患者さんは少なくないと思います。大切なのは、来たら対応するということではなく、どんな背景を持った人にも不快な思いをさせないこと。それが、誰もが受診しやすい医療機関だと思います。プロジェクトの出発点はLGBTQ+の患者さんの困りごとでしたが、アライの医師が増えれば、誰もが公正に医療を受けられる社会の実現につながっていくと考えています。

 

LGBTQ+に関する医療者向けe-ラーニングを作ったのも、1番の目的はマップに登録する医師の質の担保でしたが、講演会に参加した医師の「いつでも勉強できるコンテンツがほしい」という声に応えたかったという背景もあります。実際、講演会には繰り返し参加してくれる医師が多くいるんです。e-ラーニングは何度でも受講できるようにしていますし、受講後に内容を振り返ることができる資料も用意しています。

 

アライ表明医師マップは、医療者向けのものもDR’s NETに掲載しているんですが、そこではそれぞれの医師が自身の連絡先を任意で記載できるようにしています。かかりつけ医から大病院に紹介するといった医療連携をシームレスにすることや、医師同士で情報交換をしやすくすることを狙って追加した機能です。アライの医師は増えていますが、まだあちこちに散らばっているのが現状。「入院対応をどうすべきか」「こんな仕組みを作りたいけどどうか」といった相談ができるネットワークを構築していくことも重要だと考えています。

 

ノバルティスファーマの大山由紀子さん(左)。社員有志によるマリープロジェクトの一員で、日ごろは固形腫瘍領域事業部でシニアエコシステムリードを務める。隣は人事統括部ダイバーシティ推進室室長のアンソニー・エストレラさん。同社ではLGBTQ+のほか、ジェンダー、障がい者、育児・介護、多文化を主なテーマにDIを推進しているという。

 

まずは登録医師の増加と認知の拡大を目指す

――医療連携まで目指すとなると、登録医師を増やしていくことが必要になりますね。

まさにそうなんです。マップの登録医師は現在約80人(24年8月時点)。医療連携を実現していくためにも、まずは都道府県・診療科ごとに登録医師が1人ずついる状態を目指します。すべての都道府県でどの科にかかろうと思ってもアライの医師に見てもらえるというのが最初の理想です。核となる先生の登録が進めば、自ずと登録医師は増えていくのではないかとも考えています。

 

登録医師を増やすとともに、一般の方に存在を知ってもらう活動も加速させます。今年4月に行われた東京レインボープライド(LGBTQ+当事者と支援者が参加するイベント)にブースを出展し、アライ表明医師マップを紹介するリーフレットを5000枚ほど配布しました。「ずっとなんとかならないかと思っていたけど、この問題にこんなに真剣に取り組んでくれる人がいて嬉しい」と声をかけてくれる当事者の方や、「(当事者の)家族に伝えよう」「ママ友に教えよう」と言ってくれる人がいて、当事者や周囲の人にとって必要な取り組みだと太鼓判を押してもらえたことでモチベーションがぐっと上がりました。

 

東京レインボープライドのブースの様子。来場者からアライ表明医師マップへの期待や医療者へのメッセージを募ったという(同社提供)

 

志を同じくする仲間と協力することで輪を広げ、ノバルティスだけでは届けられないところにも存在を伝えていきたいと燃えています。私は、本業ではオンコロジー領域でエコシステムをつくる部署の責任者をしているのですが、本業でもマリープロジェクトでも、根底にあるのは医療アクセスを改善したいという想いなんです。

 

――といいますと。

医療アクセスの課題は、医薬品が革新的であればあるほど困難です。研究開発のトレンドがスペシャリティ化する中、ますます重要な課題になっています。

 

普段の業務では、がんの薬剤に患者さんがきちんとアクセスできる環境をつくる仕事をしています。がんの薬は限られた施設でしか投与できないことも多く、検査など投与前のステップも複雑です。全国のどこにいても治療選択肢が提供されるよう、病院と病院の連携をはじめ、自治体や異業種などあらゆるパートナーとのネットワークを作るべく奔走しています。大切にしているのは、患者さんが困っていることを出発点にすること。実際に私たちが組めるかどうかはさて置き、患者さんの課題を解決するために必要なステークホルダーを探してコンタクトをとっています。

 

革新的な医薬品を届けるのも、LGBTQ+の問題を解決するのも、1企業、1業界でできるものではなくなってきています。そんな中で、私たち製薬企業ができることだけで解決策を考えるのは無理がありますよね。会社や業界の枠をとっぱらって、世の中全体で患者さんの抱える課題を突き詰めて考えていく必要があると思います。それがエコシステムを考える一歩目です。「LGBTQ+と医療」は、困っている患者さんが目に見えている課題です。自分たちができないことも含めて、何があればいいのか、誰とどう動けばいいのか、そうした大きな視点を持つことで、さらにこの課題に取り組んでいきたいと思います。

 

あわせて読みたい

メールでニュースを受け取る

  • 新着記事が届く
  • 業界ニュースがコンパクトにわかる

オススメの記事

人気記事

メールでニュースを受け取る

メールでニュースを受け取る

  • 新着記事が届く
  • 業界ニュースがコンパクトにわかる