近年、さまざまな疾患との関連が明らかになり、治療応用への研究が盛んに行われている腸内細菌叢。健康な人の便から抽出した腸内細菌叢を製剤化した医薬品が海外で実用化されるなど、注目が高まっています。国内でも潰瘍性大腸炎などを対象に研究が進められる中、国立がん研究センターなどは今月、胃がん・食道がんの患者に免疫チェックポイント阻害薬と腸内細菌叢移植を併用する治療法の臨床試験を始めたと発表しました。腸内細菌叢の状態を改善することで、免疫チェックポイント阻害薬の効果を高められる可能性があるといいます。
免疫と関連
国立がん研究センターと順天堂大、メタジェンセラピューティクスは8月9日、切除不能の進行または再発食道がん・胃がん患者を対象に、免疫チェックポイント阻害薬と腸内細菌叢移植(FMT)の併用療法の安全性と有効性を検討する臨床第1/2相(P1/2)試験「BioRich2試験」を開始したと発表しました。
試験では、抗菌薬を投与していったん腸内細菌を減らした上で移植する「抗菌薬併用腸内細菌叢移植」(A-FMT)を行い、そのあとに免疫チェックポイント阻害薬を含む標準的な治療を実施。45人の患者の登録を予定しています。試験は安全性確認パートと有効性確認パートで構成され、少人数(10人程度)の患者で安全性を確認したあと、FMTが免疫チェックポイントの治療効果を高めるかどうかを検証します。
がん患者を対象としたFMTの臨床試験は国内初。国がん中央病院の庄司広和・消化管内科医長は「免疫チェックポイント阻害薬は、一部の患者で長期にわたって効果が持続する一方、まったく効果を得られない患者も少なくない。複数の免疫チェックポイント阻害薬を併用するなど打開策の模索が行われているが、克服には至っていない。腸内細菌叢は免疫にも関係するとされており、期待できるのではないかと考えた」と話します。
悪性黒色腫では奏効率改善が示唆
腸内細菌叢はヒトの腸に生息する1000種類以上の細菌の集合体(=叢・そう)で、含まれる細菌の数は100兆個とも言われます。健康状態や免疫機能に影響を及ぼしていることが知られており、近年では腸内細菌叢の乱れとさまざまな疾患の関連が研究で明らかになってきました。腸内細菌叢のバランスは、生活習慣、ストレス、加齢、特定の薬剤の服用といった要因で変化することがわかっています。
FMTは、健康なドナー便から抽出した腸内細菌叢を患者に移植し、バランスの取れた腸内細菌叢の構築を図る治療法。すでに海外では医薬品としての実用化も進んでおり、たとえば米国では液体製剤の「Rebyota」(スイス・フェリング ファーマシューティカルズ)と経口カプセルの「Vowst」(米セレス・セラピューティクス)が、再発クロストリジオイデス・ディフィシル感染症(CDI)に対する治療薬として承認されています。
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国内では、CDIと潰瘍性大腸炎に対するFMTが先進医療Bとして行われています。その実施医療機関の1つである順天堂大の石川大准教授は「(同大では)2014年からこれまでに臨床研究として240例以上の移植を行ってきた。あくまで1つの症例だが、潰瘍性大腸炎では術後2年にわたって寛解を維持できたケースもある」と言います。
腸疾患だけでなく、がんや中枢神経疾患といった分野でもFMTの研究が盛んです。がんでは、悪性黒色腫患者の腸内細菌叢を調整することで免疫チェックポイント阻害薬の奏功率が改善することを示唆する研究成果が報告されています。「以前から、抗菌薬を使うと免疫チェックポイント阻害薬の効果が下がることが知られており、そこから腸内細菌叢と免疫チェックポイント阻害薬の治療効果に関する研究が進んできた」と石川氏。メカニズムの全貌が明らかになっているわけではありませんが、腸内細菌に多様性がもたらされることで免疫機能が上がり、CD8陽性T細胞や樹状細胞を活性化させると考えられています。
記者発表会に登壇した国がん中央病院の庄司広和・消化管内科医長(左)、順天堂大の石川大准教授
「腸内細菌叢バンク」も活用しドナー募集
今回の臨床試験で、胃がん・食道がんを対象にした理由について庄司氏は、「胃がんや食道がんは免疫チェックポイントの効き方が中程度と言われる。ここで良い結果が得られれば効きが良いとされる肺がんや悪性黒色腫でも良い結果が得られるだろうし、臓器横断的な治療戦略になり得るのではないか」と話します。
国がんなどは、今回の試験で有効性が示唆されれば将来的にはランダム化比較試験などを行っていきたい考え。何百人単位で試験を行うとなると、現在のFMTの手法では実施が難しいため、製剤に関する検討も視野に入るとしています。
「今回の結果によって、まずは先進医療技術として承認してもらい、多くの患者さんに届ける体制を作っていきたい。そこから医薬品としての承認については、規制面の議論も注視しながらできるだけ早く患者さんに届ける方法を考えていく。そこは両にらみで進めたい」。メタジェンセラピューティクスでCMOも務める石川氏は、創薬(製剤化)はベンチャーがやるべき仕事だと意気込みます。
今回の試験では、順天堂大とメタジェンセラピューティクスは共同で腸内細菌叢溶液の調製などを担当します。ドナー候補者は同大で募集するほか、同社が4月に運用を開始した腸内細菌叢バンク「J-Kinsoバンク」でも募る予定で、通過率1割程度の適格性検査を通った人がドナーとして正式に試験に協力することとなります。腸内細菌叢溶液の調製・製造は同大で共同して行い、安全性試験・スクリーニングを通じて安全性を担保していく方針です。
メタジェンセラピューティクスは腸内細菌バンクの運用と並行して、ドナーが便を提供するための「献便施設」の設置を進めています。来年4月には、同社が本社を置く山形県鶴岡市に開設する予定で、その後も数を増やしていく考え。今回の臨床試験の結果が明らかになるには短くて2年ほどかかると言いますが、実用化に向けてサプライチェーンの構築を進めます。