遺伝性の希少疾患に対するRNAi治療薬を展開するアルナイラム・ジャパンが、より患者数の多いスペシャリティ領域に事業展開を広げようとしています。トランスサイレチン型家族性アミロイドポリニューロパチー(TTR-FAP)治療薬「アムヴトラ」について、今秋以降、トランスサイレチン型心アミロイドーシス(ATTR-CM)への適応拡大の申請を予定。現在数百人の対象患者は潜在患者を含めて一気に数万人に広がります。
同社の岡田裕社長はAnswersNewsのインタビューに応じ、事業領域の拡大に合わせて営業や開発を中心に国内でも組織を拡大する方針を表明。「キーアカウントマネジャー(KAM=医薬情報担当者)やメディカルサイエンスリエゾン(MSL)は現在の2倍程度を目指す」と話しました。
アムヴトラが牽引、国内売り上げは毎年2桁増
――2019年9月にTTR-FAP治療薬「オンパットロ」(一般名・パチシラン)を発売して日本市場に本格参入しました。日本事業の状況はいかがですか。
アルナイラムはRNAi(RNA干渉)治療薬の研究開発・製造販売を行う企業として2002年に米国で設立された企業です。日本法人は18年に発足し、今年で7年目を迎えました。
国内ではこれまで、オンパットロを皮切りに、急性肝性ポルフィリン症(AHP)治療薬「ギブラーリ」(ギボシラン)、第二世代のTTR-FAP治療薬「アムヴトラ」(ブトリシラン)と、3つの新薬を発売してきました。詳細は公表していませんが、業績も順調に推移しており、毎年2桁以上の売り上げ成長を遂げています。
われわれが扱っているのは、いずれも治療選択肢が限られた希少疾患に対する医薬品です。
業績をリードしているのはTTRフランチャイズで、中心は第二世代のアムヴトラです。オンパットロが3週に1回の静脈投与なのに対し、アムヴトラは3カ月に1回の皮下投与。TTR-FAPは進行すると筋力が低下して歩行が困難になることもありますし、アムヴトラは投与間隔と投与時間の観点で患者さんやケアギバー、医療従事者の負担を相当軽減できるメリットがあります。そのため、われわれの想定を上回るスピードでアムヴトラへの切り替えが進んでいる状況です。加えて、疾患の上流に作用する機序への支持もあり、多くのシェアを獲得できていると考えています。
一方、ギブラーリが対象とするAHPはいわゆる「ウルトラレア」の疾患領域で、患者さんは100人いるかいないか。もともとほとんど治療選択肢のない疾患ですから、現在は薬物療法が必要な患者さんのほとんどがギブラーリを使っている状況と認識しています。
アルナイラム・ジャパンの岡田裕社長
RNAi治療薬は、特定のmRNAの分解を誘導し、疾患の原因となるタンパク質の産生を抑制します。病気を水道の水漏れにたとえるなら、水漏れ箇所を直接修理するアプローチです。産生された原因タンパクを標的とする従来の医薬品よりも上流に作用するため、高い有効性と安全性が期待できます。
技術がモジュール化されていることから再現性が高いのもポイントです。臨床第1相(P1)試験からP3試験までの通しの成功確率は60%程度と、業界指標の10%以下を大きく上回っています。RNAi治療薬はゲノム上のすべての遺伝子の不活性化に適用できると考えられています。アルナイラムとしては、今ある製品やパイプラインは始まりに過ぎず、希少疾患だけでなくより患者数の多いスペシャリティ領域、さらには一般疾患の領域に使われていく、大きな可能性を秘めた技術だと考えています。
アムヴトラ、有病者数万人のATTR-CMに適応拡大へ
――パイプラインを見てみると、希少疾患以外の領域でも開発が進んでいますね。
アルナイラムはグローバルで「2025年までに世界トップクラスの独立したバイオ医薬品企業になる」という目標を掲げており、25年末までに年平均40%以上の売り上げ成長を達成したいと考えています。そのための直近のマイルストンが、スペシャリティ領域への参入です。
アムヴトラは今年6月、トランスサイレチン型心アミロイドーシス(ATTR-CM)を対象としたP3試験で非常にポジティブな結果を得ました。これをもとに、今年後半以降、日米欧で申請を行っていく予定です。ATTR-CMはTTR-FAPより患者数が多く、潜在的な患者さんも含めると国内に数万人の有病者がいると想定しています。
――グローバルのパイプラインには高血圧や糖尿病といった疾患も並びます。
希少疾患からスペシャリティ領域に展開したあとは、高血圧症やアルツハイマー病など一般疾患にも拡大していく方針です。グローバルでは現在、P1からP3段階に12を超える開発プログラムを有しています。
このうち、国内では▽IgA腎症などで承認取得を目指すcemdisiran▽心血管リスクの高い高血圧に対するzilebesiran▽アルツハイマー病などをターゲットとするmivelsiran――の開発を行っていくことを公表しています。
アムヴトラの後継品に当たる「ALN-TTRsc04」の開発も進行中です。sc04には、標的への特異性を高めることで治療効果を長時間持続させる独自技術「イカリア」を適用しており、6カ月~1年に1回の投与を目指しています。
これらもアムヴトラの適応拡大と同様に、日米欧で同時期に申請を行うことを目指しています。ほかのパイプラインについては言及できませんが、アルナイラムにとって日本は米国に次ぐ市場で、戦略的な期待も高い。多くのパイプラインを日本でしっかり開発していきたいというのが基本的な考え方です。その中で、日本の医療ニーズを踏まえて開発品の選択を行っています。
――アルナイラム創製のLDLコレステロール低下RNAi治療薬「レクビオ」は、グローバルで導出先のノバルティスが開発・販売を行っています。今後のパイプラインはどの程度自社で進める考えですか。
高血圧に対するzilebesiranについては、昨年7月にスイス・ロシュとグローバル共同開発・販売(共同販売は米国のみ)のパートナーシップ契約を結びました。日本では中外製薬が商業化権を取得しており、グローバルP3試験に参加するためのファースト・イン・ヒューマン試験をアルナイラム主導で近々開始する見込みです。
それ以外のパイプラインの商業化については、対象疾患の特性や市場性を考慮しながら個別に判断していくことになるでしょう。
付け加えるとすれば、アムヴトラの新適応については自社で情報提供活動を行っていく方針で、その段階で組織も拡大していきたいと考えています。ここまで3つの遺伝性希少疾患治療薬の開発・販売を成功させ、アルナイラム単独でやっていく力は増していると思います。今後の開発パイプラインについては、グローバルでも日本でも自社開発・商業化の割合を増やしていくつもりです。
KAM・MSLは2倍程度に、開発も増員へ
――どのように組織を拡大していきますか。
従来よりも幅広い医療機関への情報提供が必要になるので、MRにあたるKAMやMSLを現在の2倍程度に増やすことを目指しています。マーケティング職も増員を予定していますし、開発部門もパイプラインの進展に伴って強化していく方針です。これまで以上に採用が重要となっていくと思っていますし、アルナイラムに興味を持っていただける方とは対話する用意ができています。
アルナイラム・ジャパンは現在、80人くらいの組織です。大手とはカルチャーも目指しているところも違いますし、今回の規模の拡大は目的というより結果です。この先もRNAiテクノロジーの専門性に特化した機敏な組織であり続けたいですし、そのためにも主体性の高い方、われわれが普段使っている言葉で言うと「Challenge Accepted」な方と歩んでいきたいと思っています。
――Challenge Acceptedとは?
日本語にすると「挑戦を受けて立ちます」でしょうか。アルナイラムの成り立ちそのものを表す言葉だと思っています。
アルナイラムは、06年にノーベル生理学・医学賞を受賞した米国の2人の研究者の発見をもとに02年に設立された企業です。世界初のsiRNA製剤を発売したのが18年で、発足から16年間、研究開発だけを続けてきた。米国本社のメンバーは「薬物送達を実現するのに苦労してきた」と口をそろえます。RNAiテクノロジーの進展はデリバリー技術の進展でもありました。
現在承認されているRNAi治療薬は、いずれも肝臓に送達されます。オンパットロは脂質ナノ粒子(LNP)を活用していますし、アムヴトラをはじめとする皮下注製剤はsiRNAにリガンドを結合させる技術を使っています。中枢神経系への送達も実現しましたし(mivelsiranなどに応用)、筋肉や脂肪などへのデリバリーに関する研究開発も進んでいます。
私が夢を感じるのは、2つのsiRNAを組み合わせる「Gemini」というテクノロジー。たとえばですが、レクビオのような脂質を抑える薬と、zilebesiranのように血圧を抑える薬を将来的には1つの薬にできるかもしれない。アルナイラムはこうした技術を、時に失敗し、時に資金調達に苦しみながらも、サイエンスを突き詰めて辛抱強く開発を続けてきました。
「患者さんのためになるなら」と自ら挑戦する心と、その結果失敗したとしてもそこから何かを学ぶ力を指す言葉がChallenge Acceptedです。日本でも直近、KAMから営業部長に昇進したメンバーがいました。彼の挑戦を受け入れ、バックアップする体制を即座に作り上げたこともその1つの表れだと思っています。採用を通じて外部から新たな風を入れる一方で、社員一人ひとりの主体性を尊重し、啓蒙することにも力を入れていきます。