厚生労働省やPMDA(医薬品医療機器総合機構)で薬事行政に携わった有志が、「みんなが使える」をコンセプトに昨年6月に立ち上げたIRB(治験審査委員会)「Centriol-ONE」。PMDAで専門調査員などを経験し、製薬企業を退職してCentriol-ONEを立ち上げた一法師兼茂さんに、設立1年の活動や今後の展望を聞きました。
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3月に初の委員会を開催
――「Centriol-ONE」(セントリオール・ワン、正式名称は日本臨床試験倫理審査機構治験審査委員会)を立ち上げて1年がたちました。どのような活動を行ってきましたか。
ひたすら周知活動に取り組んだ1年でした。メーカーやCRO、SMO、医療機関、治験ネットワークの方々と意見交換し、収集したニーズを運営に反映させるとともに、われわれの理念や運営についてお伝えしてきました。地道な活動でしたが、徐々に賛同してくれる医療機関も増え、今年3月にようやく初めての委員会を開催することができました。
現時点で、すでに初回審査済みのものを含めて7つの試験の審査を受託しており、さらに別の2つの試験でスポンサーと具体的な調整を進めています。この2試験は、国内で参加するすべての医療機関の審査をCentriol-ONEで一括して行う、いわゆる「シングルIRB」とすることを前提に調整・協議していますので、実現すれば大きな実績になると考えています。
――最初の審査依頼を受けるまでに思いの外、時間がかかった印象を受けます。
もちろん、立ち上げてすぐに審査の依頼をいただけるとは考えていませんでした。「みんなが使える」をコンセプトに掲げ、あらゆる治験関係者から独立したIRBであることに強くこだわったため、どこか特定の施設や治験ネットワークから必ず依頼をもらえるという確約もない状態でのスタートでした。最初の受託までは苦労するだろうと覚悟はしていましたが、おっしゃる通り、想定より時間がかかったなというのが正直なところです。
Centriol-ONEは組織の垣根を越えた一括審査ができることを特徴の1つとしています。スポンサー側のシングルIRBに対するニーズはかねてから高く、それを志向した依頼を比較的早い時期にいただけるのではないかと期待していましたが、「ここなら安心して審査を任せられる」と判断していただくための重要な要素の1つである審査実績がわれわれには当然なかったので、その点が実質的に制約になっていたと思います。
そこで、まずはシングルIRBに固執せず、提携医療機関を増やしていくことに力を入れることにしました。いろいろな医療機関の方々と話をしたり、治験事務局のコミュニティのようなところで紹介させていただいたりする中で、賛同してくれる医療機関も増え、現在は10を超える施設と審査の委受託に関する基本契約を結んでいます。
立ち上げ時から受け入れ体制は整備していて、いつでも審査できるように委員にも予定を確保してもらっていたので、最初の審査依頼が来るまでは辛かったですね。
一括審査をいかに増やしていくか
――医療機関はどんな理由でCentoriol-ONEに審査を依頼してくるのでしょうか。
最も大きいのは、受託する臨床試験の数を増やしたいというニーズだと感じています。先ほどもお話しした通り、スポンサー側は一括審査を望んでいるので、依頼者目線で考えると、われわれとあらかじめ契約している医療機関を選定すれば審査を一括化できる可能性が高くなります。つまり、医療機関側からするとCentoriol-ONEと契約することで治験実施施設の候補に上がりやすく、また、実際に選定される見込みも高くなることが期待できるわけです。
IRB事務局の手間や委員の負担を減らすためにIRB審査を院外に出したいというニーズもあります。実際、受託中の試験のうちのいくつかはそうした理由で依頼をいただきました。また、自施設にIRBがなく、いろんなところに掛け合ったもののスピードや費用の面で折り合いがつかず、「Centriol-ONEではできますか」という問い合わせがあって依頼を受けたこともあります。
――活動の手応えについてはどのように感じていますか。
認知も少しずつ広がっているように感じています。3月に第1回の委員会を開く少し前くらいから具体的な相談が立て続けに入るようになり、それらを確実に受託につなげられてきたのではないかと思っています。実績を積むにつれ、ステークホルダーからの信用も得られると思いますし、事務局や委員の習熟度も上がっていきますで、今後は良いサイクルで回していけるのではないでしょうか。
審査を受託したのはまだ7試験ですが、それ以外にも話を聞きたいという依頼者は確実に増えています。IRB関連で困りごとを抱えている医療機関も潜在的には多くあると聞いているので、Centriol-ONEの活動を通してそういった方々のお役に立てればと考えています。
今後、審査依頼がさらに増えた場合、複数の委員会を設置して対応する予定ですが、国内で行われている治験の数を考えると、われわれだけでできることには限りがあることは理解しています。それでも、地道な活動によって日本の治験の効率化に少しでも貢献できればと思っています。
――課題に感じていることはありますか。
課題は主に2つあると考えています。
1つ目は、皆さんにとっての理想のIRBにどれだけ近づくことができるかです。今でも依頼者側、医療機関側両方の方々と継続的に意見交換をしていますが、皆さんが考える「理想のIRB」の幅はかなり広く、10人に意見を聞けば10通りの答えがあるとあらためて感じています。
率直に言うと、すべての人に満足してもらえる委員会にすることは現実的にはほぼ不可能に近いと思っていますが、それでもできるだけ多くの方の希望・要望に沿ったIRBとなるべく、体制や運営方針については今後もフレキシブルに見直しをしていきます。ただ、そうした中でも「被験者保護」と「治験の信頼性確保」という本質だけは損なわれることがないよう気をつけていきたいです。
もう1つは、やはり一括審査する施設の割合をいかに大きくしていくかです。例えば、国内で10施設が実施施設に選定された場合、そのうち1施設だけCentriol-ONEで審査してもスポンサー側にはあまりメリットがありません。2施設、3施設をまとめて審査できるとなれば、スピードやコスト、かける労力といった面で依頼者側にもメリットが出てきますし、さらにすべての施設を一括でとなればメリットは最大化されます。一括審査を広げてシングルIRBの事例を増やしていくことで、治験の効率化につなげられたらと思っています。
一方で、一括審査でないもの、つまり医療機関から個別にいただく審査依頼を減らしていくつもりはありません。先ほどお話した通り、施設側にもニーズや困りごとはあります。「みんなが使える」とうたっていますので、要望があれば今後もそういった審査の依頼は受けていくつもりです。
一法師 兼茂(いっぽうし・かねしげ)一般社団法人日本臨床試験倫理審査機構代表理事、日本臨床試験倫理審査機構治験審査委員会(通称=セントリオール・ワン)委員長。2003年静岡県庁入庁。厚生労働省に出向し、PMDAでGCP実地調査などに従事。静岡県庁に戻り、治験ネットワークの運営と医療機関IRB事務局を経験したあと、11年に民間に転職。CROや製薬企業で治験関連業務に携わる。23年に外資系製薬企業を退職し、日本臨床試験倫理審査機構を設立。薬剤師。 |
一括審査推進「IRBの質も求められるべき」
――セントラル化をめぐっては、政府の規制改革会議の答申に「欧米と同程度の水準とする方向で、わが国における一括審査の実施状況に関する数値目標を設定する」と書き込まれるなど、普及に向けた動きが活発になってきています。
スポンサー側の要望は以前から継続して強いですが、ここ数年は特に顕著で、各業界団体の具体的なアクションにも結びついてきているように感じます。
一括化を推進しようという国の方針は歓迎しますが、個人的には「どんなIRBで一括審査を行うのか」が議論されているかどうか、あまり見えてこないことに少しだけ懸念を感じています。
一括審査は治験を効率化するための手段であり、目的ではありません。ですから、体制や運営が理想的とは言い難いIRB、例えば「開催頻度が低い」「審査案件がスタックしていて数カ月の初回審査待ちが発生している」「審議資料は紙媒体で委員の人数分の提出が必要、かつ提出期限から委員会当日までの期間が不必要に長い」「審査の結果、毎回、本質的でないところに対する指摘で資料修正を命じられる」といった運営をしているIRBで一括審査を行ったとしても、真の意味での効率化にはつながりません。
一括化の推進と同時に、IRBの質や運営についても求められなければならないと思っています。
――Centriol-ONEの今後の展望を教えてください。
繰り返しになりますが、シングルIRBもしくはそれに近い案件を増やしていきたいです。それが最もインパクトがありますし、業界への貢献という点でも大きいと思っています。困っている医療機関を外部IRBとしてサポートしていくことも大事なので、両輪で案件を増やしていけたらと思っています。
一括審査を増やしていくにはスポンサーとの連携が不可欠です。ただ、どのIRBで審査するかを判断するのは医療機関の長なので、スポンサーが特定のIRBの利用を推奨することに懸念を持つ方々がいるのも事実です。スポンサーがIRBを指定する理由がただ「安いから」「早いから」では客観的に見て妥当な理由とは言えないでしょう。
Centriol-ONEの特徴は、▽あらゆる治験関係者から独立した中立な立場で公平な審査ができる▽PMDAの専門調査員として適合性調査を経験した者や、製薬企業で臨床開発関連業務に携わっていた者が委員におり、多様な視点での審査と医薬品開発全体を俯瞰した評価ができる▽外部にアドバイザーがおり、疾患の専門性に応じた審査ができる――の3点で、推奨IRBとして選んでもらう際の妥当性を提供できるようにしています。
いずれにしても、引き受けた審査を1件1件、丁寧かつ迅速に対応し、実績と信頼を積み上げていくことに力を入れていきたいと考えています。