臨床試験の効率化やコスト削減への貢献に期待がかかる分散型臨床試験(DCT)。臨床研究中核病院などで活用が進んでおり、模擬治験から医師主導治験、さらには企業主導治験へと展開が広がっています。ここからさらに本格的な社会実装を実現するための課題は何なのか。
DCTプラットフォームを運用するMICIN(マイシン)と、デロイトトーマツコンサルティングは、臨床研究中核病院でDCTに取り組む医師らを集めてラウンドテーブルを開催。交わされた議論から、社会実装に向けたヒントを探ります。
がん領域で進むユースケースの探索
DCTの本格的な社会実装に向け、製薬企業や医師の関心が高い領域の1つががん領域。新型コロナウイルスの感染拡大を契機として、医療機関を中心に取り組みが進んでいます。
たとえば、愛知県がんセンターは2022年、内服の抗がん剤のフルリモートDCTに挑戦。パートナー施設(かかりつけ病院など)と協力して▽Doctor to Patient with Doctorによるオンライン診療(初診を含む)▽パートナー施設での検査▽被験者宅への治験薬の配送――を実現し、被験者が実施医療機関(=同センター)に一度も来院せず治験に参加できる体制を作りました。国立がん研究センターも昨年6月、希少がんの医師主導治験で同様のスキームを使ったフルリモートのDCTを開始しています。
ただ、これらフルリモートのDCTには難しさもあります。現在の規制では、被験者に対する治験薬の投与は実施医療機関しか行うことができず、配送などの選択肢がない注射薬では遠方の施設でリクルートした被験者も治験期間中は実施医療機関に通う必要が出てくるためです。ラウンドテーブルでも、腫瘍内科医の堀松高博氏(京都大学医学部附属病院)がこの点を指摘。「まず始めるとすれば、現場のニーズが高い被験者募集ではないか」とフルリモート以外の手法から整備していくことに言及しました。
実際、eConsentなどを使ったユースケースの探索も活発になっています。国立がん研究センターの希少がんの治験では、候補者はパートナー施設で治験の説明を受けることが可能となっていますし、企業主導治験でも今年2月、アムジェンが聖マリアンナ医科大学病院と行う未治療の進行がんに対する試験で遠隔での被験者募集を開始しました。発現頻度の低いバイオマーカーを対象にしていることから、パートナー施設を活用することで被験者の心理的負担が軽減し、症例登録にかかる期間を短縮できると両者は期待を寄せています。
今月8日には、中外製薬が進行固形がんを対象に、実施医療機関を国立がん研究センター、パートナー施設を大阪医科薬科大学病院とする臨床第1相(P1)試験を開始したと発表しました。同大が担うのは、臨床試験に関する検査や評価の一部。MICINのオンライン診療システムを活用し、実際に治療を行う期間も含めてハイブリッドで臨床試験を行う体制の構築を目指します。
カギは「いかにパートナー施設を巻き込むか」
DCTに対する期待としてよく挙がるのは、患者の利便性向上や負担軽減、被験者募集の加速による治験期間の短縮やコスト削減など。前者は主に患者の、後者は主に依頼者である製薬企業にとってのメリットです。一方、これまで医療機関側の期待は多くは語られていませんでした。
「一番の期待は最新の医療を日本に導入し続けるため」と話すのは岡山大学病院の櫻井淳氏。「日本が治験に参加し続けられるために、医療機関もDCTやフェアマーケットバリュー(海外で標準的に使われる治験費用算定方法)の導入に危機感を持って取り組んでいかなければならないと感じています」と言います。
その一方で、ラウンドテーブルの議論で重要な論点となったのは、「医療機関、とりわけパートナー施設の負担をどう考えていくか」です。
北海道大学病院の佐々木由紀氏は、「希少疾患や希少がんなど、症例数の少ない疾患のほうがDCTに適していると思いますが、少数のためにどれだけのリソースが動いているかも認識する必要があります」と、CRCの立場から施設ごとにスタッフが必要となることに対する負担感を指摘。京大の堀松氏も「費用や準備負担、人的リソースを考えると、仮に自分がパートナー施設の施設管理者だったら、『協力しない』と言ってしまうかもしれない」と、負担の大きさをにじませました。実施医療機関にモチベーションがあっても、パートナーの医療機関が同じだけの熱量を持ち続けられるとは限りません。
2人の発言を受け、医療DXに明るい東北大学病院の中川敦寛氏は「テクノロジーの導入を成功させるには、現場で働く人の満足度を考慮に入れる必要がある」とし、依頼者や実施医療機関がパートナー施設に働きかけていくことの重要性を提示しました。
阪大、医師のネットワークを有効活用
こうした観点でユースケースの1つと考えられるのが、大阪大学が塩野義製薬と進める新型コロナウイルス感染症の罹患後症状(いわゆるコロナ後遺症)に関する研究です。両者は今年3月、抗ウイルス薬「ゾコーバ」のコロナ後遺症に対する有効性と安全性を検討する臨床研究を行う目的で共同研究講座を設置。阪大が実施医療機関となり、150のパートナー施設とともに2000例のフルリモートの臨床研究を行う計画です。
ラウンドテーブルに参加した同大医学部附属病院の浅野健人氏は、パートナー施設との関係について「150の施設すべてではないが、コロナ診療に関する全国の医療機関のネットワークを通じて少なくない医療機関とつながりがあった」と説明。「コロナ対応で培った仲間意識を活用することでパートナーを巻き込むことができていると思いますし、そうでない先生とのコミュニケーションを惜しんではいけないということも実感しています」と、関係構築の重要性を強調しました。
浅野氏はさらに、「私が思うパートナー施設を活用する価値の1つは同意説明補助です。患者さんと主治医、治験担当医が顔を合わせることで安心感や一体感が生まれ、いい形で臨床研究を進められると思っています。ただ、工数が増えることは事実。症例集積性を担保するなど、トータルでペイできる形を考えて行く必要があると思っています」と、ソフト・ハードの両面で目配せが必要だと指摘。続く議論では、医療機関のネットワーク構築にかかる初期投資に対しても、継続的に複数の試験を実施することができれば投資を回収できるのではないかといった意見も出ました。
現場の負担にも目を配り、各医療機関が持つ強みやネットワークも踏まえた上で、いかに持続可能な形でDCTを活用していくか。本格的な展開には、医療機関と製薬企業の連携が重要です。浅野氏は「企業にはできるだけ早く医療機関に相談に来てほしいと思っています」と話します。「患者さんやパートナー施設にDCTを使う意義が共有できていないと、DCTが手段ではなく目的になって、失敗につながる。それは非常にもったいないことです。早い段階から一緒に考えることができれば、もっと様々な取り組みができると思います」(同氏)。
垣根を越え、医療者と製薬企業が密に手を取り合い、長期的な視点に立って患者のためのDCTのあり方を模索していくことが「三方よし」の社会実装につながっていくのでしょう。