第一三共のがん事業が、抗体薬物複合体(ADC)「エンハーツ」を軸に急成長しています。グローバルな事業基盤が確立され、ポートフォリオも広がってきました。同社はがん領域で世界トップ10入りを目標に掲げていますが、眞鍋淳会長CEOは「どの程度(上を)目指せるか考えてみたい」と上位への食い込みに意欲を示します。
エンハーツ、承認の全適応でトップシェア
第一三共は現在、5つのADCの開発に力を入れており、いずれも欧米の大手製薬企業と開発・商業化で提携しています。▽抗HER2 ADC「エンハーツ」(一般名・トラスツズマブ デルクステカン)▽抗TROP2 ADC「Dato-DXd」(ダトポタマブ デルクステカン)――では英アストラゼネカと戦略的提携を結び、米メルクとは▽抗HER3 ADC「HER3-DXd」(パトリツマブ デルクステカン)▽抗B7-H3 ADC「I-DXd」(イフィナタマブ デルクステカン)▽抗CDH6 ADC「R-DXd」(raludotatug deruxtecan)――を共同開発。このほか、「ネクストウェーブ」として2つのADCが臨床開発の初期段階にあり、これらは単独で開発を進めています。
エンハーツは2020年1月の米国を皮切りに日本と欧州で承認を取得し、急速に処方を拡大しています。23年度の売上収益(アストラゼネカが売り上げ計上している国・地域での共同販促収入を含む)は前年度比85.0%増の3839億円を予想。期初に立てた計画の3200億円を大きく上回り、抗凝固薬「エドキサバン」を抜いて同社トップ製品に躍り出ます。
第一三共は3月、エンハーツに関する事業説明会を開き、順調に進展する開発・販売の状況を詳しく明かしました。
エンハーツは、現在承認されている4適応とも発売したすべての国・地域で市場シェアナンバー1を達成。最初に承認された「HER2陽性転移性乳がん(2次治療以降)」では、米仏伊で「圧倒的なマーケットリーダー」(オンコロジービジネスユニット長のケン・ケラー氏)になっているといい、市場シェアは5~6割、国によっては7割を超えるところもあります。「HER2低発現乳がん(化学療法既治療)」の適応でも先行した米国で浸透が進んでおり、成長段階にあるほかの国・地域でも米国のレベルに達するのは「時間の問題」(同氏)と見ています。
急速に浸透が進んだこともあり、足元では売り上げの6割近くを占める米国で伸びが鈍化していますが、ケラー氏は「高いマーケットシェアだが、なお成長の余地はある」との認識を表明。処方しにくいと言われている高齢者に対しても臨床試験では良好な成績が示されているとし、医師への啓発を進める考えです。
26年までに7適応追加
エンハーツは今後、26年までにさらに7つの適応で承認取得を目指しています。中でも24年の承認を見込む「HER2発現固形がん」は、承認されればADCとして初めてのHER2標的がん種横断的治療となります。臨床試験では37.1%の奏効率が示されており、胆道、膀胱、子宮、卵巣、膵臓など幅広い臓器をカバー。対象となる患者は世界に1万人程度いると第一三共は見ています。
同社は25年をエンハーツにとって重要な年と位置付けており、5つの適応で承認取得を予定。5適応あわせて対象患者は6万5000人に上ると推計しています。ケラー氏は、26年までに承認取得を目指す7適応はすべて「標準治療を変える可能性がある」とし、26年には既承認の適応も含めてエンハーツによる治療を受ける患者が世界で10万人に達すると予測しています。
HER3とTROP2も今年承認へ
エンハーツに続くADCも開発が進んでおり、今年は2つの新薬の承認取得を見込んでいます。
1つはHER3を標的とするHER3-DXdで、EGFR変異のある非小細胞肺がん(NSCLC)の3次治療を対象に年内の承認取得を想定。2次治療でも25年をめどに承認を得たい考えです。NSCLCの3次治療は、現在の治療選択肢の薬効が限定的なためアンメットニーズが大きく、複数の臨床試験がアウトカムを改善できずに失敗しているといい、第一三共は臨床試験で得たHER3-DXdの生存データに自信を示しています。
もう1つはTROP2を標的とするDato-DXdで、まず非扁平上皮NSCLCの2次治療で年内の承認が見込まれます。ドセタキセルに対して統計学的に有意な改善を示した初のADCで、承認後は急速に普及すると見ており、ケラー氏は「かなり速く化学療法から置き換わり、エンハーツと同様に標準治療になると思う」と話しています。対象患者数は8万人です。25年は3つの適応症追加を見込んでおり、このうちHR陽性/HER2陰性転移性乳がんでは今月2日に米FDA(食品医薬品局)が申請を受理。審査終了目標日は25年1月29日に設定されました。
第一三共は2030年までに、これら3ADCにI-DXdとR-DXdを加えた5ADCの承認を取得し、30以上の適応症を獲得することを目指しています。同社はがん領域で世界トップ10入り目標を掲げていますが、眞鍋淳会長兼CEOは「エンハーツを含め予想以上の成長を遂げている。どの程度(上を)目指せるか考えてみたい」と上位をうかがうことに意欲を示しました。
23年のがん領域製品の世界売上高は、米ブリストルマイヤーズスクイブが同メルクをわずかに抑えてトップとなり、スイス・ロシュ、アストラゼネカ、米ジョンソン&ジョンソンと続いています。第一三共は15位ですが、成長率は最大でした。
これまでは海外大手との協業で事業の基盤を築いてきましたが、今後について眞鍋氏は「提携を通じて経験を積んだ。売り上げ、利益とも順調に積み上がっており、今後は独自で実施したい」と強調。研究開発費の負担は増加するものの、単独展開で利益を最大化したい考えを示しました。